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美容師さんを質問攻めにしたら、新しい世界がはじまった


美容院に行ってきました。


お世話になっておいてこんなことを言うのもいけませんが、美容院に行くことは私にとって「罰ゲームかな?」というくらいの苦行です。あのおしゃれーな雰囲気。美男美女の美容師さんたち。髪染めの匂い。そして何より。あの、美容師さん特有のアッパーなテンションの会話がなかなか楽しめないのです。


ただ、髪は伸びる。ショップカードを見たら、最後に行ったのが去年の4月でした。もう1年以上経っている。これはそろそろ行かないと、と思ったのは、シャンプーの泡が地肌に届かないくらい髪が分厚くなっていることに気づいたからでした。頭皮が洗えなくて痒い。


・・・仕方ない。某サロン予約サイトのページを、今年もどんよりした気持ちで開きます。


私はいつも、店長さんを指名します。私の行く美容院は、指名料が1000円なのですが、店長さんだけ2500円なんです。それでも指名する理由。それは、中学の頃のすごく信用できる美容師さんに「引越しをするけど、美容院が多すぎてどこを選べばいいのかわからない」と悩みを打ち明けたところ、「この先、美容院で失敗したくなかったらお金かかっても店長を指名すること」とアドバイスを受けたからです。


そしてそのアドバイスを守っている以上、失敗することは一度もありませんでした。どんな美容院でも、店長さんの腕前は確か、ということなんですね。


だからこの美容院でも、店長さんを指名してお願いしています。若い、生き生きとした店長さんです。

 

ただ、生き生きは素晴らしいことなんですけれども、どうしてもそのパワーに見合うだけのエネルギー量をこちらは用意できないんです。さすが店長さん、きちんと前回までの会話を覚えてくれているんですね。それでその続きを、という感じで話しかけてくれるんです。が、わたしは全然覚えてない。


去年の今頃、ナイキエアマックスについて熱く語っていたようで(多分、熱く語ってなくて、会話を持続させようと必死だった)、その続きを、という感じだったのですが、あっさり白状。「すいません、もう熱冷めました」と言って笑っておきました。


そしてそこからは、通常通り、質問攻め(と私が感じている)にはいります。最近はお家で何してるんですか、夏休み旅行とか行きましたか、ご家族コロナ大丈夫ですか、とまあ、延々と続きます。わたしも失礼にならないよう必死に答えます。緊張と疲れで、頭が痛くなってきました。そろそろ終わりかな。時計を見ると、


え!まだ15分しか経ってないの?


すると店長さん、他のお客さんの対応のため少し席を立ちます。私は深呼吸しました。疲れた。このままではもたない。どうしたらこの状況を逃れられるか。興味のない雑誌とにらめっこして無視することもできますが、こちらから指名した人に対してあんまり失礼なことはしたくありません。


店長さんがこちらに向かって歩いてきます。ああ、どうしよう。今からまた質問攻めが続くのなら、もうこの濡れた髪のままで美容院を飛び出してしまいたい。


どうしようか。


すると、ピンとくるものがありました。私が質問されてるから苦しんじゃないか。私が美容師さんに質問したらどうか、と。


店長さんが帰ってきました。すいません、いえいえ、と言い合っているうちも「向こうの質問が始まる前にこっちから質問しなきゃ」ということで頭がいっぱいです。そして店長さんが口を開きかけた時、私は前から気になっていたことを思い出しました。



美容師さんって、どうやってご自身の髪を切るんですか?



気になりませんか?自分でやるのかな。それとも仲間と切り合いっこするのかな。


そしたら、店長さんは言いました。


僕は、髪は自分のためではなくて勉強のために切りに行くんです。だから東京にいるヘアメイクのカリスマに何ヶ月も前から予約とって、習いに行くつもりで切りに行きます。髪の毛伸びたら「切りたい!」とかよりも「よし、また勉強できる!」って思いますね。


ほーう。

・・・。

なんか面白い。



次の質問は、自然と生まれてきました。



具体的に、どういうところを見て学んでるんですか。


(店長さん、もう熱が入っちゃって、手が止まってます。生き生きしてます)


すべてっすねー。テクニックはもちろんだけど、接客を見ることが多いですかね。美容院に来る人って、もちろんワクワクしている人が多いんですけど、十中八九、緊張してるんですよ。


おお、緊張しているのは私だけじゃないらしい。


だから、その緊張をどういう風にほぐそうとしてるか、あるいは、もうほぐそうとせずに突っ走る人もいて、それはそれで美容院を特別な場所にできるからかっこいいなって。


なるほどなー。と私が呟くと、もう質問していないのにさらに続きます。(さすがに髪を切るのは再開しました)


わざとパーマとか時間がかかるメニューを頼むんですよ。すると、待ち時間も長いから、店内を落ち着いて見られるんです。ディスプレイを見ることもあるし、店員さんたちの服装とか。あ!あと・・・


あと?


そう、アシスタントの子達をよく見ますね。どういう接客してるか、言葉遣いとかお辞儀とか。それで帰ってきて、うちのアシ達に教える。難しいんですよ、アシスタントって。丁寧すぎてもホテルマンみたいになっちゃうし、変に親近感出しても生意気だし。でもアシって、美容師よりもお客さんと仲良くなれるポジションなんですよ。


たしかに。妙な親近感を感じることがあります。私は、また質問してみました。


店長さんが見た中で、いいな、と思えたアシスタントさんの行動ってどんなものでしたか。


店長さんは「いろいろあるけど、一番はねー・・」と前置きして


パワーワードかな。ある女性のアシスタントさんが、女性のお客さんから相談受けてて。「私、髪太くて嫌なんですよ」って。そしたら、その子の髪触りながら「外国人の女の子みたいに可愛い髪してますよ」って言ってたの。これってすごい褒められてる感ありますよね。「いい髪質ですよ」だったら誰でも言えるけど「外国の女の子みたい」って言われたらどきっとするっていうか。


うわー、なんかわかる。わかるわかる。そういうパワーワード持ってる人、たまにいるもん。


アシスタントは切れないから、その他の行動でおもてなしするしかない。でも、掃除とか挨拶なんて当たり前だからおもてなしのうちに入らない。
誰にでも言え、ってわけじゃないけど、一人いくつか、そういうパワーワードをもってて、お客さんが緊張してたり退屈してる時に言ってあげれば、それだけで相手を喜ばせられると思ったの。


私は先ほどまでの自分の態度を恥じました。勝手に美容師さんとの会話が苦手と決めつけて、相手のしてくれるサービスを迷惑だと感じていました。ここまでこちらのことを考えて接してくれていたのに。


店長さんのパワーワードは何か聞いてみよう。


と思って顔を上げたら、店長さんが後ろで鏡を広げて後頭部を見せてくれていました。すっきりしましたね、お疲れ様でーす。はい、荷物、はい、お会計。あれ、いつの間に終わってた?時計を見るとあれから1時間も経っていました。


お会計を済ませ、お礼を言って、恒例のお見送り。これも苦手でしたが、店長さんに「またお話ししましょう!」と言われて、それもいいな、と思いました。そんな風に感じたのは初めてでした。


質問されるのを耐えるのではなく、こちらから質問する。相手を知りたいと思う気持ちを大切にする。そんな一歩を踏み出した私の前には、新しい世界が広がっていました。それは、もう、美容院が嫌じゃないという世界でした。


にやつきながら、軽くなった頭をなで、帰路につきました。

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