スロー、リバーブ、一時間

最近Youtubeを見ていて気付いたんですが、特定の曲の動画で「slowed+reverb」とか「1 hour」と言ったバリエーションの動画が投稿されている事が多くなってきているようです。なぜかわからないけど、Youtube上でこのような動画をアップすることが一つのミームのように広まってきている状況のようで、一体これは何なのか?Vaporwaveとはどう違うのか?という所を実際の動画を見ていきながら適当に語っていきます。

とりあえず見て分かるのは、「slowed+reverb」というのはその言葉どおり、再生速度を遅くして、リバーブをかけたバージョンです。Vaporwaveと違うのは、既存の楽曲をそのまんま全部スローにしてリバーブをかけただけという所です。あとはリバーブだけでなく雨の音や雷の音などの効果音を足している動画もあります。基本的には一般のYoutubeユーザーが勝手に既存の曲の「slowed+reverb」バージョンを作成して、映像については各々が好きな映像を適当に当てているというパターンが多いようです。

まずはこれ、

Mr.KittyのAfter Darkという曲をスロー再生した上に、リバーブをかけ、さらに雨の音を足したのを、一時間にわたってループ再生するという動画です。
この動画はもちろん公式のものでは無く、一般のユーザーが勝手に編集してアップしたものでしょう。

一応原曲の方も見てみましょうか。

こっちの動画の方も公式の動画ではなく、ユーザーが勝手に動画を付けてアップしたバージョンです・・・。実は公式の動画もちゃんとあるんですが、公式のバージョンよりこっちの動画の方が再生回数が断然伸びているという事態になっています。まあそれはこの映像によるところが大きいと思うんですが、この映像は曲自体とは何の関係もなく、1991年の映画「恋の時給は4ドル44セント」(ジェニファー・コネリー主演)から拝借されたものです。この映画自体は見たことないですが、レビューを見る限りはどうでもいい内容の映画のようで、ジェニファー・コネリー以外に見るところは無さそうな映画です。ただ、この映画の素材に色んな音楽を合わせて、あたかも疑似MVのような動画を制作してしまう事がちょっとしたミームになっていて、この曲以外にもいろんな曲のバージョンが存在しています。

だいぶ話がそれてしまいましたが、この曲については、デペッシュ・モード以降の伝統的なメランコリックで陰りのあるエレポップというか、一言で言えばSynthwave世代にとっての「Enjoy the silence」とも言えるような、そういう曲です。そんな曲を、スローにしてリバーブをかけたうえで、雨の音を足して聴くという何とも厭世的なリスニング体験をしたい人のために、冒頭で紹介したような動画をアップしている人がいるという事なんです。これ以外にも普通にこの曲を1時間ループさせたバージョンや、スロー+リバーブのみのバージョンなど、探してみるときりがないほど、この「After Dark」をユーザーが勝手に編集した動画がアップされています。


もう一つ別の曲を紹介しましょう。MGMTの「Little Dark Age」です。

こちらもスローにされたりリバーブをかけられたり1時間ループされたりと、色んなバージョンがユーザーによって勝手に編集されてアップされています。その数の多さでは「After Dark」と双璧を成しています。

原曲はこちらです。オフィシャルの動画で見ていただきましょう。

もろに80年代のポストパンクというか、ザ・キュアーみたいな出で立ちで歌うというなかなかパンチの効いたMVで、サウンドの方もデペッシュ・モードやザ・キュアーを彷彿とさせるものがあり、そういうのが好きな人には完全にストライクゾーンに入る曲です。
After Darkもそうですが、スローにして再生するとFMシンセ的な音のシンセベースは深みと艶が増して聞こえる気がします。

これもなかなか退廃的な曲だと思うんですが、それに輪をかけてさらに退廃的な聴き方をしたい人たちがたくさんいるようで、slowed+reverb動画を作る人たちの餌食になってしまったようです。ちなみにこの曲は一時期なぜかtik tokでも流行ったらしく、ちょっとそれについて調べてみたのですが、非常に自己肯定感の高すぎる人たちの日常風景を垣間見せられる羽目になって辟易してしまっただけで、結局なんで流行ったのか分からずじまいでした・・・。


次は、karamel kelというアーティストの曲「aglow」のイントロの部分をスローにして1時間ループした動画です。

イントロだけというのがなかなか思い切っていますが、聴いてみるとが確かにこれはいつまでも聴いていられるイントロで、一時間ループにするのも納得です。イントロだけなので本当に短いフレーズのループですが、仕事に疲れて帰ってきて何もしたくない時とかに聴くのに最高だと思います。


定番と言えるような曲のSlowed+Reverbバージョンもたくさんあります。New Orderの代表曲Blue Mondayとか。


あとはNirvanaなんかもあります。

しかしこれは曲と映像が合ってなさ過ぎて何がしたいのか分からない…


そして何と言ってもDepeche Modeですね。やはりDepeche ModeをSlowed+Reverbで聴きたいという需要は多いようで、たくさんアップされています。色々ありますがその中でも個人的にDepecheの中でもかなり好きな曲の一つであるこれを選んでみました。

この曲は歌詞も素晴らしく、まるでDoomerのために書かれたのではないかと思ってしまうような内容ですが心にしみるものがあります。


さて、Hyperpopをスローで聴いてみようという試みも行われています。

まあこの曲はスローにすると普通のテンポ感で普通の音程になりますね、当たり前ですが…。


Chillsynthの原点としていままで何百回となく聴いてきたこの曲もやっぱりスローにされた上で1時間ループさせられています。アニメーションもこの動画の意図にマッチして良い感じ。完全に心を空にして1時間じっと画面を見つめていたい人にはかなりお勧めです。


日本の曲でSlowed+Reverbバージョンが作られているのは全然見当たらないんですが、なぜかBuck-Tickの曲がありました。意外にも結構外人にもファンが多いんですね。
この曲はスローにしても全然違和感がなく、普通にこのバージョンでも良曲です。原曲を知らずに先のこっちのバージョンから聴いたとしても全然違和感はないでしょう。



DoomerWave

(Doomerとは何か?についてはこちらの記事をご覧ください)

Slowed+Reverbと多少関わりがあるかもしれない物に、DoomerWaveというムーブメントがあります。といってもほとんどが一人の投稿者によって行われているようなのでムーブメントと言っていいのかどうか不明ですが。この投稿者がアップした動画には「DoomerWave」と銘打ってありますが、他の人がアップしたものについては単に「Doomer」とだけ付いている動画が多いです。基本的にやっていることはSlowed+Reverbと同じですが、かなり音質をローファイでこもり気味にし、レコードノイズのような音も付加してめっちゃ陰鬱な独特の音質になっていて、そして名前の通りDoomerの顔がずっと画面に出ています。これを作っているのはRussianDoomerMusicのシリーズを作っているのとおなじ投稿者ですが、そこそこ長期間にわたって細々とこのシリーズも続けているようです。Slowed+Reverbの動画で雨の音が足されている物は、もしかしたらこのレコードノイズが元になっているのかもしれません。


それとは別にこれもDoomer向けと思われる動画です。こちらはDidoのThank youという曲のSlowed+Reverbバージョンで、なんと10時間のループになっています。しかも雨と雷の音付き。10時間全部聴く人はいるんでしょうか…?映像はDoomerの顔のアニメとなっていて、完全にDoomer向けを意図して作られた動画です。確かにこれは気分がめっちゃ盛り下がります。さっきちょっとした作業をする間にずっとこれを流していたんですが、割と作業用BGMとしては良いかも。普段の仕事もオフィスにこれを流しっぱなしにすれば完全にムードと調和したBGMとして機能するかもしれません。


こちらもNirvanaの曲のDoomerバージョンですが、コメント欄に「この曲はスローにしてなくてもDoomerだろ」というコメントが付いていて、たしかにそれはごもっともです。



というわけで色々見てきましたが、Slowed+Reverbとは何なのか?何が目的なのか?という所については大体わかったような気がしますが、その起源はどこにあるのか?ということについては私のリサーチ能力では分かりません。何年か前にメタリカなどのスラッシュメタルとかの曲をスロー再生するという動画を見たことがありますが、それはあくまでおもしろ動画として作られたもののようで出オチのような一発ネタだったと思います。

現在のSlowed+Reverbに関しては、何となくVaporwaveの影響があるのは予想できます。しかしVaporwaveそのものではなく、ただ単に既存の曲をスローにしてリバーブをかけたりしているだけなので、動画をアップしている人たちはVaporwaveをやっているという認識は全然無いだろうと思われます。Vaporwaveのようにチョップド&スクリュードをして新たな作品として命を吹き込むわけでもなく、あくまで既存の楽曲を普通とは違う聴き方で聴いてみたいというリスナー視点での行為がSlowed+Reverbだと言えるでしょう。Youtubeの文化が、新たなリスニング体験を生み出してしまったわけですね。
最近はオーディオ業界においてはハイレゾの次のリスニング体験として、3Dオーディオとか空間オーディオ再生に力を入れているようで、まあ技術の進歩という観点から新しい物を提示するならそうなんでしょうけど、もしかするとユーザーが本当に求めているリスニング体験はSlowed+Reverbの方なのかもしれません。それは時代が求めている気分というか空気がそういう方向に向かっていて、Slowed+Reverbが今の人々の気分にマッチしているようだからです。そういう時代なんですね。人々が求めているのはもはや「チル」を通り越して「鬱」を求めているのではないかという気がします。それが良い事なのかどうかは知りません。

まあ、本当に素晴らしい音楽はスローにして聴いてもやっぱり素晴らしいし、1時間ぶっ通しでもずっと聴いていられるもんなんですね。