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タクシーおじさん(アジョシ)の理想。三つ指ついてお出迎え。

2003年ソウル留学中の話。

ある日の学校帰り、途中駅にある大きなスーパーマーケットに寄ったら、想定外に荷物が重くなり、タクシーをつかまえた。

行き先を告げて、やれやれ、はぁ疲れた。
シートにもたれかかる。

と、私の発音が下手だったのか

「お客さん、どこからきたの?」

と聞かれた。

「日本です。東京から」

答えると

「そうかい! ワシは昔、旅行で行ったことがあるよ」

弾んだ声から、これはお喋りさんがくると予感した。タクシー運転手は、ムッツリ愛想ないか、よく喋るか、おおかた二極化している。

おじさんはやはり、日本酒や寿司が美味しかった。富士山も美しかった。温泉も良かったなどなど思い出話を始めた。

てか、ノンストップだ。

仕方なくところどころだけ相槌をうっていると、おじさんが急に黙り込んだ。

そして

「アジョシはねぇぇ日本の女性と結婚したかった……」

と、言う。藪から棒になんや。

「どうしてですか」

これがいけなかった。蓋を開けてしまった。

そこからは日本女性に対する熱き理想が語られた。大きな勘違いを伴って。

おじさんは言う。

旦那が家に帰ったら玄関まで来て、三つ指ついて迎えてくれるだろ?

性格は穏やかで、優しいだろ?

女性らしいだろ?

三歩下がって男の後ろを歩くだろ?

やまとな、で、しこだろう?



そして大きなため息をつき

「ウチの嫁はん……韓国の女とはぜんっぜんちがうだろ」

ピピピーッ放言放言。あーあ言っちゃったね。知ぃらないっ。

それにしても時代錯誤が甚だしないか。
古い映画、時代劇ばっかり観てたんか。
それともこれが日本女性ですって、変なビデオでも出回ってんのか。

とにかくだ。

あまりに日本女性を女神化してるもんだから

つい、訂正モードに入ってしまった。

「アジョシィ(おじさん)ノーノー、違いますよ。今、日本に、そんな嫁さんはいません。玄関に座る嫁は、いないですよ」

驚くおじさん。

そこで終わっとけばええのに追い打ちをかけてしまった。だって思い出してしまったのだ、何年か前にもあった事件。

「夫を殺した嫁もいますよ」

「えええええええええ!! 嘘だろう!」

ショックを隠しきれないおじさん。

あらら、かわいそうに(って、お前やっ)おじさんは何度も、アイゴ本当か、そうなのか、日本女性がそんなことをアイゴーー

ハンドルに顔をうずめて嘆く。 
えええちゃんと前見てー!

初心なタクシードライバーが、絶望のあまりヤケを起こされたらエラいことだ。

私は慌てて弁明にまわる。

「おじさん、昔の日本にはよーけ、そないなおなご、いたぁ思いますよ。まちごーちょるは、最近のおなごじゃき。おじさんの思いよる時代もたしかにあったがじゃ、あ、いや、今も探せばおりよる、そうじゃ、きっとおりよるがや」

(神木隆之介君は、この時まだ万太郎を演じてないけど、雰囲気真似、笑)

と、私は到着まで、おじさんをなだめた。

思わぬ展開とはいえ、おじさんの日本女性への初恋のような淡い気持ちを打ち砕いた悪い嫁代表は私です。

ごめんね。あの時のアジョシ。ミアネヨ〜。

続く




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