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消えゆく光に果敢に挑め!

 140億年前、ビッグバンが起きた。そして燃えカスだけが、残った。

「りんごの木を持っているおじいさんがいます。おじいさんは近所の男の子に、りんごの木の世話を頼みます。おじいさんはお礼として、男の子にりんごを一つあげます。 男の子は一生懸命、りんごの木を世話したのに、一個しかりんごを食べられません。でもおじいさんは、何もしていないのにりんごをたくさん食べることが出来ます」。

 「作戦名・5055」が発動されたが、国土交通省の不備もあり、在日米軍が参戦することはなかった。本間と安藤は美浜原発へ向かう装甲車両の中で、それを知った。

「ヤンキーどもは、屁のツッパリにもならない」

 安藤はタクティカルベストの弾倉や音響閃光弾を確認しながら、唾を吐いた。

「それは違うな。マリーンズの将校連中にも、分かっている奴等がいる」

 本間は首に巻いたスロートマイクの通信テストを行いながら、マルボロの紫煙を吐く。空気で渦を巻く白煙の向こうに、覆面姿のZEROが四人。本間と安藤は、彼等の名前も顔も知らないが、何の問題もなかった。彼等はこの戦いで、死ぬからだ。そうであっても、本間と安藤には、どうでもいい。死への畏怖、奉職と殉職への尊厳は理解しているが、それ以上に大切なモノがある。諜報における残酷さと、任務達成の困難さだ。何より、殺しの美学。

「肥え太ったペンタゴンの豚どもが、何を分かっていると?」

「ペンタゴンじゃない。大統領直下のマリーンズどもだ」

 本間は左手首に、目を落とした。手首に巻いたミニ液晶型マヤ。文革とリンクしており、液晶には光速で素数が流れていく。「仕掛けるとしたら、アルカイダ辺りか」本間は呟いた。不幸なことに、それは的中する。米海兵隊の将校は何人か気付いていたが、同時多発テロは防げなかった。結論は「CIAとFBIの想像力の欠如」であったが、そればかりではない。

「本間、到着だ」

「よし、お前等。制圧するぞ」

 装甲車の後部ハッチが開く。完全防音だった装甲車内に、戦場の轟音と生々しい臭気が飛び込んでくる。

 四百を超える北の特殊部隊は、半数にまで減っていた。西日本で発生した震災、霞ヶ関のサリンテロ。さらに安が発動した「作戦名・福井麻生」により、敦賀半島に北の潜水艦が座礁し、イージス艦は乗っ取られた。

 自衛隊と機動隊はこれらにその多くを割いていたが、空を我が物顔で飛ぶ早期警戒機の情報を頼りに、SATと特殊作戦群の混成部隊達が、粛々と制圧している。原発内部からは、機動隊で構成された「警戒隊(原子力関連施設警戒隊)」が、その狙撃能力を発揮している。建前上、「警察比例の原則」はあるが、誰も従わない。彼等は分かっている、ここは「戦場」であり、今は「戦時下」であると。

 北の連中は天然痘と炭素菌をバラ撒いたが、山田以外の「公務員」は皆、ワクチンを接種している。防毒マスク無しで戦えた事実が、戦況を有利に動かしている。

「よし行け」

 本間が命じると、全身黒ずくめの隊員達が装甲車から、血と肉体の破片が飛び散った大地に足をつく。

 本間と安藤を含めた六人は、閃光音響弾を投擲する。原発は周囲を山に囲まれているため、屋外でも相手の聴覚を潰せる。昼間でも、百万カンデラの光は網膜を通じて、敵兵の脳を焼き切る。それでも特殊部隊は、猛火を浴びせてくる。覆面が一人、また一人と殺されていく。本間と安藤は覆面のZEROを盾に、グレネードランチャー付M4A1で倍の数を射殺し、百倍の数を爆破した。

 そうして本間と安藤は、原発内まで辿り着いた。

「指揮官は……田中義一か」

 本間はマヤを見ながら、特殊作戦群の田中二佐に接近する。田中は十六面あるモニターを脚を組んで見ながら、マイルドセブン十ミリを吸っていた。

「二佐、状況は?」

 全身血塗れの本間と安藤が原発地下にある指揮官所に入ってきても、田中はモニターから目を離さない。

「設計上、原子炉中枢部への侵入は困難だ。これに変わりはない」

 田中が灰皿でマイルドセブンを潰し、新しい葉っぱに火を点ける。本間は自分もマルボロをくわえながらジッポで火を点け、田中に火をやる。

「内部に土台人がいるんだな?」

 重いマルボロを軽々と吸いながら、本間はモニターと手首のマヤを見る。田中は、軽く頷いた。両者は全く、目を合わせない。嫌煙派の安藤は顔をしかめているが。

「そいつをとっとと殺して、この野蛮なテロリズムを終わりにしてやる」

 そう言って、本間は指揮所を出た。本間と安藤は、返り血を拭わない。まだ、血を浴びるからだ。今日という日だけではなく、彼等が生きている間はずっと、血を浴びる。それが、諜報という名の戦争だ。

 安藤は手首のマヤを見ながら、声を落とす。

「ここで土台人を殺しても、フミは止められない。フミはすでに、次の作戦に入った」

 本間は安藤を殴り倒そうと思ったが、思いとどまった。こいつとは、長い付き合いになる。

「大人しく闇をむかえるな。闇の時にこそ、賢者は輝く。消えゆく光に果敢に挑め!」

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