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Homesick

納豆ご飯の朝食。最近はサザンばかり聴いてしまうし、日本の文章を読むし、ホームシックなのかな。今の生活に少し、飽きている、または息が詰まっているのは、事実と思う。でもこの、「ああ、ここに私の居場所はないのかな」という、帰るべき場所に帰りたいという感覚は、日本にいる頃から、家族と住んでいた子供のころから、ずっと繰り返し訪れたから、私は、この感情に対応する「帰る場所」は少なくとも現在の現実には存在しないことを了解している。それは特定の場所や、人々の元で安定して得られるものではなくて、過去いくつかの刹那に実現した、私が何の心配も苦しみもなく”innocent”でいられた時間に他ならない。

The word innocence is composed of in – ‘not’ and nocere – ‘hurt’, that is, ‘not to hurt’. Hikari’s music was in this sense a natural effusion of the composer’s own innocence.

"Japan, The Ambiguous, and Myself" by Kenzaburo Oe
 https://www.nobelprize.org/prizes/literature/1994/oe/lecture/



自分がinnocentでいることを許された短く断続的な時間。私のinnocenceそのもの。
思えば私が愛を求めるのも、相思相愛の恋人の庇護の下では、人は容易にinnocent でいられるからなのかもしれない。あるいは、私がこれまでに深く愛した人たちは、いずれも私をinnocentでいさせてくれた人たちだったかも。

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