「お腹が空いていないお客様」

これを書こうと思ったきっかけは以下のツイート。
「お腹が空いていないお客様」が登場するこのツイートをまだご覧になっていない方は、まずこちらからご覧ください。

https://twitter.com/BacchusVinVino/status/1184358018655240192?s=19

改めて概要を説明すると、リストランテのディナーに訪れた親子が、前菜もメインも頼まずパスタだけ注文し、それに対してリストランテなのでパスタだけの注文は受け付けておらず席料を頂戴しようとしたところ、「二人ともあまりお腹が空いていないんですけど…」と言われたとのこと。それに対して食に対する意識の低さを嘆く、というのがツイ主の主張かと思います。

さて、なぜこのツイートにnoteをわざわざ開設してまで僕が長文コメントを書こうと思ったかというと、僕サービスしていたときにこれとほぼ同じ経験をしたことがあるんですよね。んでその時はほぼ同じ感想を持ったんですよ。そのときのオーナーシェフからも同様のことを散々言われました。だから痛いほどツイ主の嘆く気持ちは分かるんです。

ただ、今はどうかというと全然違うふうに考えているんですよね。むしろそういうお客様ほど、歓迎の意を全面に表したいと思います。

この思考の変化を説明するために僕の働いていた経歴などをいくつか紹介させてください。

僕が最初に働いたのはとある地方都市のイタリアンリストランテでした。そこにいたのはもう10年以上前のことです。
ホールは僕1人で、オーナーシェフとアシスタントの料理人、あとバーが暇なときは手伝ってくれるソムリエ兼バーテンダーがいまして、その4人で回していました。食事スペースとしてはたった14席、5組しか入らない小さなリストランテです。

オーナーシェフは関西で修行をしてきた方で、当時のイタリアンにしては珍しくソースをうまく使う料理が得意でした。
客単価は8000円くらい、アラカルトは一皿1500~3000円くらいの幅です。お医者様や経営者の方などステータスのある方もいらっしゃいましたし、歓楽街の近くにあるその店には同伴などで来店されるお客様もいました。もう長らく行っていませんが、今まで働いた店のなかでも機会があれば食事に行きたいなと思えるお店の一つです。

ただし、その街は地方ではあるがゆえ、リストランテの楽しみ方のようなものを知っているお客様は多くありませんでした。
「羊って臭いんでしょ?食べられないわ」
「手打ちじゃなくて、スパゲッティはないの?」
「ここはイタリアンなのにピザはおいてないの?」みたいなことをよく言われていました。
その度に僕は
「羊の野性味の良さがわからないとか大丈夫?」
「手打ちの方が価値があるのに」
「ファーストフードがリストランテにあるわけないじゃん…そもそもピザじゃなくてピッツァだし」
みたいなことを思いながら、オーナーシェフにこんなことをお客様言ってましたよ、って報告しながら「ほんとこの街の客はレベルが低いよね」みたいなことを言われてました。

ある時のお客様で、40代くらいの女性三人組だったかと思います、メニューをお持ちしてだいぶあれやこれや話していました。決まったような感じになってオーダーを聞きに行ったら1人1人がそれぞれ一皿パスタを頼むだけでした。なお頼んだパスタは安い方から3種類でした。
僕は聞きました。
「前菜とかメインのお肉とかお魚はよろしいですか…?」
その三人は目をお互い合わせたりしながらそのうちの1人が言いました。

「私たちそんなに食べられないんで…」

僕はやれやれと思いながらキッチンに行き、シェフにオーダーを伝えました。
シェフは、え?パスタだけ?と僕に聞きました。
はい、と答えたら、どんな人?と聞かれたので40代くらいのあんまり慣れてなさそうな人たちですね、と話しました。
まぁいいけど、とシェフは言い、パスタを作り、美味しかったです、とお客様は言い、ものの40分くらいで帰っていかれました。

営業後のスタッフミーティングで、シェフからは「あの人たち帰り際何か言ってた?」と聞かれたので「美味しかったですって言ってましたよ」と答えました。「まぁ、なんていうか不幸だよね、お互いに」みたいなことをシェフは言っていた気がします。僕はこんなところに来なければいいのに、調べたらすぐにどういう店かわかるだろうに、本当に恥ずかしい大人だな、みたいなことを思っていました。

さて、だいぶ時が経ち、僕が最後に働いたリストランテに舞台は移ります。最初のリストランテで働き初めてから7年くらいたったときですかね。横浜のとあるリストランテです。たまに僕がツイートで話題に出す店長はこのお店の店長です。サービスについてすごく厳しい方でいつもお客様がどうしたら楽しく過ごすことができるのか考えていて、それを僕に教えてくれたり議論してくれたりしていました。そのお店はしつらえがとても高級で、ドレスコードはスマートカジュアルではありましたが、ジャケットを着ていった方が良いだろうなと思えるような店構えでもありました。

あるクリスマスディナーの夜でした。満席で2回転目の席もあるような予約状況。来店される方は男性はスーツに、女性はドレスアップをして来られる方ばかりでした。すごく雰囲気もよく、お客様も順調に来店され、半分くらいご案内したときにいらしたんですよね。

龍のギラギラしたスカジャンを着た30歳くらいの男性が、女性を連れて。

テーブルのサービスをしながら、うわーすごいの来たなー、店長何か言うのかなーと思って見ていたら受付が席に案内するのにも何も言わず、そのあともずっと何も言いませんでした。まぁなら一生懸命やろうと思い、サービスに入りました。テーブルの間隔はそれほど広くはなかったので、あぁ周りのお客様に対しては雰囲気壊しちゃって申し訳ないなと思いながら、他のお客様の視線の壁になるようにサービスしてた気がします。

食事も無事終わり、帰りに受付のスタッフが女性の上着などを渡しているときに、その男性がこう言ったんですよね。
「すいません、こんな格好で」
受付のスタッフは
「いやいや、大丈夫ですよ!」とだけ笑顔でひたすら返していました。

それを少し離れたところで片付けなどしながら見てた僕に店長が

「あれさ、なんて返すのがいいと思う?」

って聞いてきました。
え、どうですかね、気にしないでいいですよ、くらいしか思いつかないですけど…(むしろあれだと雰囲気壊しちゃうしでもせっかくクリスマスのカップルで来てるのにそれは言えないし…)みたいなこと言ってたら、店長がこう言ったんですよね。

「俺ならさ、(スーツの襟をただすような動作をして)『次は、ビシッと決めて来てくださいね!またお越しいただけるのをお待ちしています!』って返すよ。だってさ、あのお客様はすでに今の服装が店の雰囲気に合わないって分かってるわけでしょ。もうそれ以上こちらが何かを言うことはないし、ましてやせっかくのクリスマスなのに自分が場違いだったっていう気持ちだけで帰してしまうのは申し訳ない。こちらがお客様を歓迎していることを最大限伝えたいと思うよね。あとここ横浜だしね。単に慣れてなくてこういうことについて知らなかっただけなんだから、次は準備してきてくれてうちを楽しみに来てくれればそれでいいわけだし」

そんなこと思いつきもしなかったし、そもそも自分は本当にお客様の気持ちに寄り添って考えていたのかと気づかされました。
もしかしたらレストランなんか一回も行ったことがなかったのかもしれない。クリスマスに美味しいものを彼女に食べてもらいたくて、一生懸命インターネットとかで調べて、張り切って1人15000円もするレストランの予約を取ったのかもしれない。それをただ「何か」を知らなかったということだけで僕はもしかしたらそのお客様の気持ちを無下にしようとしていたのだと、僕は店長の言葉を聞いて思いました。

そこから振りかえると、もしかしたらあのときリストランテにきた40代の女性三人組は、美味しいイタリアンがあると聞いてただただ美味しいものが食べたくて来ただけのお客様だったのでは、と思えてきました。その街のパスタなんて500円も出せば食べられるような物価なのに、噂を聞いて来てはみたけどパスタが1890円ってどういうこと?なんで前菜が2100円もするの?肉料理が3150円ってどういうこと?ってなってただけかもしれないなと。

もちろん、本当のことはわかりません。本当にお腹が空いていなかっただけかもしれませんし。でもその真実がどうであれ、お客様が楽しむためにレストランを訪れたことには間違いはないはずです。また、先程のスカジャンのようにドレスコードとして店の雰囲気にそぐわない装いで続けて来店されるようなことがあれば、こちらからお伝えしていかなければいけないことも出てくると思います。やはりそれでも、慣れていない、知らないお客様というのはこれからも新たに来店される可能性はあるわけだし、それならそれで自分が楽しみ方をうまく伝えて、初めてのお気に入りのレストランになってもらおう、そうやってレストランを楽しむようになってもらえればいい、と思うようになったんですよね。

実際、横浜という土地でも、手打ちパスタよりスパゲッティを希望する方もいらっしゃいましたし、頼むワインを一番安いものだからとあからさまに選ぶ方もいらっしゃいました。それでも、もし何かの機会に、ちょっと奮発して食事をしようと思うかもしれない、その時の選択肢として加えていただけるように一生懸命サービスをしよう、と思うことがたくさんありました。

そのおかげですかね、僕はそのレストランで唯一ウェディングの予約をいただいてるんですよね。担当したテーブルのお客様から、二組。僕が辞めたあとも残ったスタッフからウェディングをしたと聞いていないのでたぶん僕だけです。どちらもすごーく素朴なお二人でした。お金を持っているようにも見えませんでしたし、いつもの感じのお客様。慣れてるようにも見えませんでしたし。ランチの1470円で、十万単位の売り上げにつなげてるわけですからすごいやつだと思っています(自画自賛)。

んで、やっと元のツイートに戻りますね。
状況がどんなものかあまりわからないのでもしかしたら的はずれなことを言っているかもしれませんが、ツイートに上げられた内容だけを僕が読んで感じたこととしては、まず、料理人の気持ちは理解できます。でもお客様の気持ちを想像してあげてほしい、とサービスマンとしては思います。「お腹が空いていない」と言わざるを得なかった理由がもしかしたら何かあるのではないか。美味しそうだと思ってふらっと入ったけど思ったより高かった、今日はこんな食事をするつもりはなかった、なんかえらいとこにきちゃったなぁ、どうしよう、と思っていたかもしれません。
僕だったら話しかけにいくかもしれません。うちはこの季節にはこういう料理を出していて、前菜やメインも美味しくてパスタだけだともったいないので、ぜひまたゆっくり時間を過ごしに来て下さい、お誕生日とかに来られる方も多いんですよ、あ、デザートも美味しいんですけど、甘いものは嫌いじゃないですか?とか。そんな感じで、うちをどう楽しんでほしいのか、一生懸命伝える努力をします。だって、そのお客様がもしかしたら自分のサービスでレストランというものに興味を持って、次は「お腹を空かせて」来てくれるかもしれないわけですから。

なお、こう思える理由がもうひとつあります。僕が最初に働いたリストランテなんですけど、僕どんな店か知りたくて1人で食事に行ったんですよ、働く前に。雑誌で色々調べて、いちばんよさそうなリストランテ見つけて、1人で行きました。んで前菜の盛り合わせ(ハーフサイズ)とパスタだけ頼みました。メインとかよくわかってませんでした(笑)。そのときサービスの女性がすごく快く対応してくれました。すごく美味しくてすごく楽しかったです。それで僕はその店がすごく気に入って、この店で働かせてください、とその場でお願いしたんですよね。今思えば、何も知らなかった自分を受け入れてくれたその人がいなかったら、今の黒ワインは存在してなかったかもしれない、というわけです。そんな感じで僕は1人でもレストランを楽しめる人がまた増えたらいいな、と願いこのnoteを締めたいと思います。長々とお付き合いいただきありがとうございました。

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黒ワイン

日本ソムリエ協会認定ソムリエ。イタリアワイン専門。好きな作り手はジーニ、ヴィエディロマンス、バローネピッツィーニ、レマッキオーレ、カラビオンダ、ラルコなど。Twitterは、 https://twitter.com/vino_cavolfiore

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コメント4件

サービス業とは何かを教えて頂き、ありがとうございました。
お店にとっても、お客様にとっても、両方満足できる対応を考えることが、一流のサービスなのですね。
20年以上前に当時お付き合いをしていた方とパスタ1500円以上、前菜2000円以上のイタリアンに言った時「は?パスタの値段間違ってね?、前菜がパスタより高いって何?」と言いながら、注文なしに店を出る勇気もなく、ドリンクは我慢してお水という食事をしました。
身分相応の街の中華チェーンでいいよといった私に見栄を張った結果です。
世の中の相場とどんなお店か知らないとそうなりますよね…
その後も懲りず、デートは雰囲気優先で選びたいというのが口癖ですが、ごく稀にデパ地下のお惣菜も贅沢というその男性はお別れしましたが今となってその選択は間違ってなかった気がします。
日本の外食は素材や食を楽しむことより欧米に比べ安い!ことが最優先されがち。食の安全やゆとりに支払う金額では無いのが残念です。
このお題とどう向き合うかで、お店の将来は変わるのでしょうね。
立場変わればなんとやらで、店側もポリシーがあるでしょうし、客側もその時の思いがあったでしょう。どちらがどうあるべきかと偉そうなことは言いませんが、不満を抱える側は不満を抱えない工夫をすることが好ましいと思いました。
例えば店側だと夜はコースメニューのみにするか、予めルールをお伝えするとか。客側だとその店のルールを尊重するとか。ルールがある店はそれをわかって通えば居心地がよかったりするものです。
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