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「あの、私、…!」

僕はプライベートでほとんど写真を撮らないんですよ。「写真に撮らないと記憶できないくらいの感動などいらない」という大学時代のひねくれていたころの習慣が続いているだけなので、最近は誰かに見せるための写真というのは撮るようになりました。僕、学生の頃すごく人間嫌いだったんで皆と違うことしたがってたんでしょうね。それがなんでサービスマンやってたんだ、ってなるかもしれませんがそれはまた別の機会に。

サービスマンとして、色々なお客様と出会いました。
トマトが苦手な彼女さんと、予約のときにきちんとそれを伝えてくれた爽やか大学生彼氏。
パスタは柔らか目が好きだけど、注文のときには「いつもので」と曖昧にしか言わないマダム。
初来店からチノパンに緩いシャツで来るけど支払いは何も印字されてない最強ブラックカードの見た目素朴おじさま。

全てのお客様が思い出ではありますが、僕がよく「飲食はイイゾ」と伝えたいときにするエピソードがあり、その時間は今でも気持ちよく心の中に残っています。こういうものがあるから大変な時期も続けることができました。
今回はそのときのお話です。では、どうぞ。

ある日のランチ、13:00ごろ、予約のお客様としてはかなり後半のご来店でした。四人席のテーブルに案内したのはとても品のいいご両親と娘さんでした。こちらの案内に対して阿吽の呼吸というか、応えてくれる感じがレストランを普段からよく楽しんでいらっしゃる方だということを僕に伝えていました。
正方形のテーブルの三辺に、ご両親が娘さんを挟むような形で着席されました。

ファーストドリンクを伺いに行くと、お父様はビール、お母様はソフトドリンクをそれぞれ注文されました。
今日のためにおめかししたんでしょう、白と薄いグリーンのワンピースを着た娘さんがすっごくかわいい目をキラキラ輝かせて僕の方を見て

「私、今日が20歳の誕生日なんです!だから、ワインを、飲んでみたいんです。何か、おすすめはありますか!?」

と身を乗り出して聞くんですよね。

おいこら僕は今さっきあなたの椅子を引いただけの男だぜ、あなたがどんなワインを美味しく飲んでくれるかなんてわかんねぇぜベイビー 、とか思いながら、あー、これ責任重大だな、この上品な感じだとこのご時世でもホントに初めてお酒飲むまでありそうだぞ、と思ったわけです。

僕の特技の一つに、人の好きなワインを当てられる、というのがあります。これ、きちんと科学的考察に基づいているので、結構当たります。でもそれは元々食の好みを知っているか、ある程度の会話の中で嗜好を探っていくわけで、この一瞬でできる芸当ではありません。
今ここで、好きな食べ物は?とか根掘り葉掘り聞いていく時間もないし、ましてや、20歳の誕生日のお客様に好きなビールの銘柄は何ですか?(僕が好みのワインを探るときによくする質問)なんて聞いたものなら即効、店長が飛んできてテーブル外されるなぁとか思ったわけですよ。

5秒くらいですかね、考えた後に僕は一つの提案をしてみました。

「今から、ワインに使う用語を私がどんどん挙げていきます。その中で、これ!というものがあったら、そこで止めていただいてもいいですか?」

「はい!わかりました!」

もう僕の心臓はバクバクしてましたよ、だってその女の子、今から初めて大空に飛び立つ小鳥みたいな顔して、目をうるうる潤ませてこちらを見てますから。元の顔立ちも可愛らしい方でしたけど一層可愛らしく見えて。

「ではいきますね。尖った酸味、トーストの香り、キュートな甘味…」

女性向けにちょっとセオリーの用語から外すものも入れながら、最初からわざと聞きなれないだろう言葉を挙げていきました。他のテーブルのサービスもあるので短期決戦で行きたかったのと、未知の世界に飛び込みたいのだからそれを刺激してあげたかったからですね。
通常ならランチかつ一杯目なのでスパークリングや白ワインを勧めるのが良いのでしょうが、二杯召し上がるとも思えなかったのでまぁ重い赤になっちゃったとしても食事との合わせ方とかを伝えながらサービスすればいいか、と思っていました。

そのあと10個目くらいでしたかね、

「…ローズの香り」

「あ、それ!それがいいです!」

お、面白いところで止めてくれたなぁ、と思いつつ、では少々お待ちください(にっこり)、と僕は他のドリンクと共にワインを取りに行きました。

その時用意したのは、ケラーライ・トラミンというワイナリーのゲヴェルツトラミネールという品種の白ワインです。川島なお美さんが好きな品種の一つでもあったと耳にしたことがあります。ライチやバラのような芳醇な香りが感じられ、味わいもすっきりとしてとても美味しいワインです。

簡単な説明と共に、ワインをグラスに注ぐと、親子3人で乾杯をしました。

「ほんとだ!バラの香りがする!」

と言いながら嬉しそうにワインを口に含むと

「美味しい!私これすごく好きです!何て言う名前でしたっけ…」

「ゲ ヴェ ル ツ、トラミネール、です。ちょっと長くてわかりづらいのですが、ここにも書いてあります」とエチケットを指しました。「ゲ、ヴェ、ル、ツ、トラミ、ネール、ですね、確かに覚えられないです…」
しばらくボトルをそのままにしておきました。

ランチは無事終わり、帰り際にも「今日はワインすごく美味しかったです!ありがとうございました!」とも言っていただきました。
「もしよろしければゲヴェルツトラミネールは他にも色んな生産者が作っているのでご自宅でも機会があれば楽しまれてください、今日はお楽しみいただけて嬉しく思います」と答え、見送ったあとは(あぁ、よかったぁ…)と緊張の糸が一気に解れました。

さて、その数ヵ月後、同じ電話番号の予約が入りました。サービスしたテーブルのお客様の情報はほぼ全てパソコンに記録していたので、いつ誰が何を食べて飲んだか、分かるようになっていました。
電話番号と座ったテーブル番号、あとゲヴェルツトラミネールの記載を見て、あぁあのときのお嬢さんのテーブルか、3人ということはまたご家族でかな。もしかしたらまたワイン召し上がるだろうから、あのときの白の他に何かお勧めできるのを考えておこうかな、たぶん香りを愛でるのが好きな方だろうから違う要素を提案できるものも頭に置いておこうかな、とか考えていました。

さて、当日、親子3人を出迎える時間になりました。そういうとき僕は、「あなたのこと覚えていますよ」というニュアンスをほんの少しだけ出すようにしています。あまりにあからさまにやるといやらしく思う方もいますので少しだけ。
その時は初回と同じテーブルへのご案内だったので、「前回と同じような並びでおかけになりますか?」とだけ聞きました。「あ、覚えててくれたんですね!」「もちろんです」と話したような気がします。

僕がサービス担当として入り(予め店長には自分が入りたい旨打合せしていた)、ファーストドリンクを伺う段階で、娘さんがこう話し始めたんですよ。

「あの!私、…」

ん?なんだろ?と思ったそのあと。

「私、…飲みたいワインがあって、頑張って覚えてきたんです!

えっと…ゲヴェルツ、トラミネールはありますか?

「もちろんです。では、ご用意いたしますね」
と笑顔で返したものの、

初めてワインを召し上がったというお客様がわざわざこの難解な名前を覚えてきたこと

人生初のワインがそれほど気に入ってもらえるものになったということ

その事実に心のなかではガッツポーズを豪快にかます僕がいました。その日毎やテーブル毎に差をつけるのはプロとしては失格なのですが、さすがにここまでうまくいくことがあると、その日のサービスのテンションは一気に最高潮になります。楽しいランチの時間として、ずっと記憶に残り続けています。

後日談として、そのお客様はいずれかの方のお誕生日毎に年3回、店に足を運んでくださいました。僕が店を離れてしまったので、今はもうお会いすることはありませんが、これを書きながらも、どこかでまた美味しくワインを楽しんでくださっている様子が目に浮かんできます。

僕には飲食店で働く何人かの後輩が今でもいるのですが、ソムリエやサービスマンがただの給仕人ではないことが伝えられる一つのエピソードとして、僕の後輩たちにぜひ伝えたい話でした。
大変なことはたくさんありますが、お客様との信頼関係を作っていける、素敵なサービスマンになってもらえたらと思っています。僕自信もまだ接客業では働いているのでこれが「接客はイイゾ」とまで自分でも思えるように頑張っていきたいと思っています。ではまた。

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