《苔生す残照⑷》

君が代は 千代に八千代に
さざれ石の いわおとなりて
こけのむすまで

 言わずもがな日本の国歌である『君が代』である。小学生がこの歌を覚えている必要などなく耳に入れる回数ですら少ないこの歌を、なぜタイムカプセルの在りかと共に大司が写真に書き添えたのか、見当もつかなかった。尋ねれば良かったが、荒木田はタイムカプセルのこととなると意味深にフッフッフとわざとらしく笑うだけで答えてはくれなかったのである。そして彼は無茶ぶりをして電話を一方的に切った。
「お前それを掘り起こしておけよ。終わったら迎えに行くから」
 大司の性格はいまに始まったことではないが、それはさておき、章二が気になったのはそれだけが理由ではない。その書かれた文字は、図工室の机の場所を記したものとは違い、とても丁寧な楷書で書かれていた。止め跳ねが教科書の字のように流麗で、完璧だった。だから余計に、章二の目に止まったのである。
 ここまで綺麗に書きつけられるほど、大司は丁寧な少年ではなかった。またそんな和歌を選択するほど、お世辞にも真面目だったり小難しい人間とは言えなかった。他の人物に書いてもらったといった線が濃厚だが、そんな素振りはなかったかのように思う。
 一度としてそんなことを誰かに頼んだ覚えもない。それは言い切れる。なぜなら仕事で外出している父とはあまり言葉を交わす機会自体、あの頃には特に少なかった。母はこのような楷書ではなく丸めの癖字で、書類にサインや通信簿に書き入れるときとても苦労していた。それ以外にあの頃、大人で親しくなれる人間は皆無に等しかった。
 では、誰がこれを、書いたのか。
 その問いに対する答えを、章二は持ち合わせていなかった。そしてちょうどその一週間後の休暇には、世話になった地方の祖父の元へ帰郷することになっていた。そのついでに、かつて育った地に行きがけに通りかかることに気付いたのである。久しぶりの三連休でもあったし、たまには息抜きがてらに足を伸ばしてみるのも良いかもしれないと思い至った。
 昇降口から階段を登り、東側の校舎の廊下を進んだ。あの頃は全力で走りまわっても長く感じた廊下ですら、背丈の伸びたいまでは数歩で渡りきることができる。廊下は割れた窓ガラスから侵入した葉や枝や虫の死骸らしき物が斑に落ちていた。入り込んだ砂で薄く膜が張り、灰色だったコンクリートの床も色づいている。それにしても荒れ方が尋常じゃない。放置されから既に数年は経っている。少子化や過疎化によってこの小学校も否応なく廃校に追い込まれたと考えて間違いないだろう。廃校になっているのなら靴を履き替える必要もないと判断して、土足のままで失礼したことが功を奏した。
 図工室は東側の校舎の奥から二番目だった。理科室の上階にあたる。木造の机と箱状の椅子が並べられていたはずの室内の引き戸を開けると、予想外の光景が広がっていた。
 それまで無言だったが、思わずさらに口を引き絞った。それ以外に反応のとりようがなかった。
 椅子と机は教室の後ろ側に、まるで嵐が過ぎ去ったかのように乱雑に押し込み積まれていたのである。パズルの方がもっと優しい組み方をしているだろう。
 黒板には書き殴るように白いチョークで乱雑に塗り潰されていた。意味が分からなかった。
 ひとつだけわかるのは、この中からあの机を探さねばならないということだった。


2014.3 初稿

2018.3 推敲

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関田溶心

苔生す残照

卒業記念に描いたものです。
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