見出し画像

猫   ───9


「おーい。おーい。どこだ」

窓は開いていた
誘うように

「外になんか出たことなかったのに……」

そう
初めての外出だった
だから と言えばいいのか
外というのは予想以上に難所だらけで
実はわたし まだ全然近くにいるの

「お隣のベランダ!」

そう
窓から抜け出したわたしは
ベランダの手すりづたいに
境目を飛び移って
お隣へ進んで来たものの
ここ カドベヤというゆきどまりで
続きの手すりがなくなってしまって
それで 往生していたのよね

「あ、危ない!」

あなたのほうが危ないわ
そんなに手すりから乗り出したら

だって あなた
猫じゃないんだから

「おいで」

お隣のベランダの手すりの上
ぽつんと立っているわたしを
あなたは 一心に見つめている
こんなときだけ 通じ合えるのよね
でも だめなの
戻れないの

「……逃げないでくれよ」

あなたは やおら手すりによじ登り
ひとつ深呼吸すると
ぴょんとこちらのベランダへ飛んで来た
同時に わたしは飛びすさる

「おいで」

かがみ込んで あきらめないあなた

「おいで」

両手を差し出し 待っているあなた

本当に あなたって
どこまで無尽蔵に優しいの
どれだけしてくれれば気が済むの

だからもう
いいじゃない
わたしなんかに
これ以上

「俺のことが、嫌いになっちゃったのか」

ちがうの
ちがうの
好きだから わたしは

「お願いだ。おいで」

そしてあなたは とうとう
手をついたのだった

「……頼むよ」

わたしは
何をしようとしていたんだっけ
いろいろ 本当にいろいろ
よく考えていたはずなのに
気づいたらわたしは
その腕の中へ飛び込んでいた


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?