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猫   ───10


ちょうどあのとき
洗濯物を干そうと出て来たカドベヤの主は
ベランダにいるわたしと彼を見つけて
腰を抜かしたのだった

「そういうことなら、玄関からいらして下されば」

まったく マダムのおっしゃる通りだった

わたしをつかまえたとき 彼は
絞り出すように言った
「ありがとう」

そのとき 決めたの
わたし
受け取りのプロになろうと思う

優しさも 慈しみも あなたから向かってくるものすべて
たとえそれが
愛に似た依存や 何か別のものだとしても
構わないわ 平気だわ
みんな 逃げずに受け取ってみせるわ
あなたが渡せずにいるものでさえ
必ず気づいて 拾い上げてみせるわ

これだって きっと
愛になれるんじゃないかしら

絶え間なく流れる時は
いつか わたしたちを引き離す
それでも その日が来るまでは
重ねていく喜びだけを 感じていたい
失う悲しみにおびえて
初めから持たずにいようとするより
決して消えないものを 育てたいの

この仕事に取り組み始めてからは
一日が本当に短いわ
そして わたしはまた
暗闇の神様に話しかける

わたし やっとわかってきたところなので
もう少し ここにいさせて下さい
そして 少しでもはかどるように
わたしをなるべく素直にして
あとは 彼が彼のままでいてくれれば
もう 何も 望みませんから

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