アンラッキーな話 : 新婦の友人

星の数ほどあった不満・不遇な仕打ちの中でも、今日の話はいたってシンプルだ。

人は皆だれしも一度は、”人違い”のようなミステイクを受けた経験があるだろう。

友達だと思って話しかけられたり、店員さんに間違えられたりするアレだ。

もちろん僕もある。だが、僕の場合はえらく高頻度だ。

家電量販店にいれば誤って声を掛けられて説明を求められるし、

有名精肉店のハンバーグを食べようと長打の列に並んでいたら
同じ列に並んでいるヤツに

「混んでいるんだから、出し惜しみしないで店にあまっているテラス席も使ってくださいよ!」

と言われたこともある。

結婚式の4次会くらいで入った300円均一のチェーン居酒屋で知らないおばさんが僕に追加オーダーを依頼してきたときは、

店員じゃねえのかよ!そんなまぎらわしい恰好しているんじゃないよ!!!」

となぜかすごい剣幕で怒られた。
どうやら結婚式で同じシャツは着ない、というポリシーのもと毎回カフスやタイやドレスシャツを揃えている僕のこだわりのようなものが実り、ついにこの僕も、300円均一の居酒屋の店員くらいにはお洒落になったように見えたようだ。

…なんでやねん。
正直これはその日寝て起きて、次の日まだすこし思い出して引きずるくらいショックだった。




新婦の友人

僕は友人の結婚パーティに呼ばれるのがとても好きだ。

幸せをわけてもらえるから!などという教職員から花マルがたくさんもらえそうな理由ではなく、僕の場合はもっと個人的で偏向的で趣味趣向的なもので、単純に一定のドレスコードを持ってたくさんの人間が一か所に集められる、という様相が好きなのだ。

会社にカッコいい制服さえあれば、たとえそれらが無給だったとしても、朝礼や式典に喜んで大賛成するだろう。

おまけに、パーティーの場合は、普段と違う気分で、普段と違うことができ、しかも知人の普段と違う姿が見れるという浮き足だった副産物までもらえる。これらは「今日だけは毎日を、ノーマル・ベーシックを捨ててもいい」という錯覚に浸らせてくれ、嫌な事への罪の意識を極限にまで飛ばしてくれる。

ピアノをはじめ色々な楽器を触ってわかったが、僕は音楽そのものや楽器を弾くのが好きなのではなく、結局のところステージでとくべつな気分でとくべつな格好をするのにだけ、ありったけ憧れがあるのだ。日常や定期業務や習慣など、継続的なラインのような毎秒毎分持続させる行為、繰り返しを辞めたい。歩まなければいけないすべてを忘れたい。ポイントだけ、この瞬間だけで時間を楽しみたい。求めているのはそれだけだ。
 
少し脱線するけど、ライブや発表会の演者で普段来ているようなTシャツとかネルシャツとかGパンとかスニーカーでそのまま出るようなやつとか、MCで自分の日常の紹介をたらたら喋るやつとかって、本当に信じられない。別に人の価値観だから自由だが、ああいうヤツって一点の曇りもないどノーマルな自分を見せ、特別感のいっさいないステージングでなにか楽しいのだろうか…?それとも、一点の曇りもないどノーマルな自分でステージにあがっても素晴らしいという自信にあふれているのだろうか?単に、何も考えていないのか?


そんなわけで、
20代後半から30代にかけて、結婚ラッシュにより十数回の結婚パーティを経験し、そのどれもが素晴らしい思い出だった。

その中でも格別強烈で奇妙な思い出がある。
ある結婚パーティに出ているとき、知らない女性が話しかけてきた。

この結婚パーティは新郎側が知人で、新婦側が知らない人のパターンで、ちょうど会場の半分くらいは新郎のお友達でみんなちょっとした顔見知りで、もう半分が知らない人のようなバランスだった。

僕が顔をまったく知らないので、おそらく彼女は新婦側の参列者、友人だろう。

あ!新婦のお兄さんですよね?このたびはおめでとうございます!

当然僕は落ち着き払っていいえ、違いますと答えた。

このとき、僕は夜の部、二次会のパーティーからの参加だったので
おおかたその前にあった式で参列した新婦のご親族の方がすこし僕に似ているのだろうな、と思った。

説明した通り、こんなことくらいは僕の人生ではよくあることなので、まったく気にも留めなかった。ところが次に女性から出てきた言葉は、今まで僕が経験したどのパターンとも異なるものだった。

いや、絶対お兄さんです。黒いメガネをかけていたので。


本人が明確に違う、と言っているのにそれを否定してくるとは思いもよらなかったので、僕は手に変な汗をかいてしまった。
黒いメガネというのもまったく不思議で意味不明な理屈だった。彼女は、この会場にいったい何人の黒いメガネをかけた人間がいると思っているのだろうか。なぜ僕だけがお兄さんの疑いをかけられなくてはならないのだろうか。

再度  さっきより強めに、違いますよ、と答えたら

いや、ウソでしょ、絶対お兄さんでしょ?

とさらに追及してきた。
それも楽しい感じではなく、まるで万引きGメンとか警察がいや、絶対盗ったよね?盗ったでしょ、と詰めるときのように執拗に追及してくるような空気感だった。気弱な僕は相手のあまりにも自信満々な態度に辟易し、なんだか怖くなってきてしまった。

似たような問答を2、3回繰り返したものの、彼女はまったくもって、聞き入れようとしなかった。

………な、なんだこいつ?
なぜここまで僕が違うって言っているのにまったく折れようとしないんだ?


恐怖に打ちひしがれた僕は、逆の思考をして無理に納得しようとしてしまった。だいたい、僕を僕たらしめるはっきりとしたエヴィデンスのようなものを今この場でもって、この女性に示すことができるのだろうか。僕が己の言葉を紡いでいくら自己証明をしようとしても、少なくとも彼女の精神世界では目の前の男は既知の存在であり、新婦の兄弟で定義済みなのだ。

ここで彼女と戦うことになんの意味があるというのだろう。
もう、彼女が正解でいいじゃないか。
僕は面倒くさくなり、プライドを捨てて謝罪した。


お兄さんみたいで申し訳ありませんでした、と。

そしてすぐ席をたち、そそくさと逃げたのだった。


心の弱い人間は、ときに自分の存在さえ他者によって捻じ曲げられてしまう、というケースを、身を持って体感した瞬間であった。




……他の話はまた別の機会に。


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