「2幕の大オペラ」の無限の可能性を引き出した名プロダクション〜METライブビューイング「魔笛」

 NY のメトロポリタンオペラの最新の舞台を映画館で見られる「METライブビューイング」。
 2022−23シーズン10演目の最後を飾る、モーツアルトの「魔笛」(新制作)を見てきました。
 
 素晴らしかった。今シーズンのライブビューイングのなかで文句なしにトップです。特にサイモン・マクバニーの演出は最高でした。これまで見た「魔笛」のプロダクションの中で一番です。
 
 「一番」の理由は、やはり、作品の凄さをとことん分からせてくれたこと。これにつきます。
 
 マクバニーは演劇畑の人。このプロダクションはエクサンプロヴァンス音楽祭、イングリッシュ・ナショナル・オペラ、オランダ国立オペラなどヨーロッパ各地ですでに上演され、絶賛を博しているものです。
 マクバニー、インタビューで、「魔笛」初演当初のことを色々語っていましたが、よく調べています。なかでも印象的だったのは、初演されたアウフ・デア・ヴィーデン劇場に、最先端の劇場機構があったこと、フランス革命勃発後で不安な政情だったこと。そして何より、「モーツァルトが初めて大衆のために作曲したオペラ」だということ。頭では理解していた?つもりだったのですが(民衆劇場のための作品だということ)、「大衆のため」という言葉に目から一枚鱗が落ちました。だからキャッチーな音楽なんですね。宮廷劇場のための、たとえば「フィガロ」と比べてキャッチーだとは常々思っており、聴衆を考えて書き分けできるなんて天才だと思うわけですが、極端に言えば、オペラからミュージカルに転向して大ヒットを飛ばした、というところではないでしょうか。
 
 マクバニーの演出は、そんな「魔笛」、現代の聴衆にとってはあまりにもお馴染みになってしまった定番の名作の一つに、現代の方法、機構を駆使して、いわば初演時の新鮮さを取り戻し、作品の革新性を知らしめてくれたものでした。設定はもちろん現代です。
 
 初演劇場のサイズを意識してオーケストラピットを高くし、オーケストラ奏者と舞台を交流させる(例えば「魔笛」を吹くのはオーケストラの首席フルート奏者です)。当時劇場でも行われていただろう効果音を、現代の効果音の専門家により再現する。映像ももちろん使うけれど、決して過剰にならない。全体のバランスがとてもいい。情報量は多いのですが、いわゆる奇を衒った「読み替え」ではなく、作品に忠実なので楽しめるのです。これはなぜなんだと考えなくて済むのです。だからワクワクできる。引き込まれます。
 主役はあくまで舞台上にいる歌手たちです。いや、歌手というより俳優と言った方がいいでしょうか。演劇的には相当要求度が高いけれど、その分、個々のキャラクターがよりはっきり打ち出されます。
 
 キャラクターの明確化で特に印象に残ったのは、エリン・モーリー演じるパミーナ。知的で、強い。モダンな女性です。輪郭のはっきりした透明感のある声がまた、このようなパミーナの役作りにぴったりでした。
 
 他のキャストも適材適所でしたが、最高だったのはパパゲーノ役のトーマス・オーリマンズ。とにかく演技が上手い。まさに歌役者。声と演技が一体化している。他の劇場でこのプロダクションでパパゲーノを演じているせいもあるのでしょうけれど。ちなみに彼は今回がMETデビューです。
 
 キャラクターやドラマの成り行きをわかりやすくするために、セリフはかなり変えられており(ジングシュピールですのでその辺りの自由度は元々高いです)、また歌の部分も、パパゲーノの「恋人か女房か」の1番がほぼ無伴奏で歌われたりと、肝心な部分はいじらないながらこちらもかなり奔放。でも本質は全く損なわれていないし、むしろ「魔笛」という作品の懐の深さ、幅の広さが認識できた気がしました。
 
 指揮のナタリー・シュトウッツマンのインタビューがまた良かった。「ドン・ジョヴァンニ」も並行して指揮している彼女、「「ドンジョヴァンニ」は複雑なオペラ。「魔笛」は未来へ向かって開かれている。ここにはワーグナーもシューベルトもシューマンもある」というのでまた大きく頷いてしまいました。ワーグナーは以前から思っていたけれど(「マイスタージンガー」との共通性)、シューベルト!けれど言われてみれば確かにリートのような歌もたくさんあります。全くもって、ドイツ・オペラの出発点である大作なのです。民衆的なジングシュピールとは全く次元が違う。モーツアルト自身、このオペラを「2幕の大オペラ」と呼んでいるんですね。
 それを「大衆のため」のオペラで成し遂げてしまったモーツァルト。そんな作曲家、他にいるでしょうか。
 
 ヴェルディも最後のオペラ「ファルスタッフ」はとても冒険的な作品です。でもあれは、いわば通のため。一番人気の「椿姫」は、社会的なメッセージはありますが、大衆のためと言っていい作品なので、モーツァルトとは逆なのです。
 モーツァルトとヴェルディは、「改革」なんて謳わないで集大成したり新境地を開いたりする点は共通していると思います。理屈こねないんですね。改革する、と謳って本当に大改革したのはワーグナーでしょう。そのワーグナーが尊敬し、モーツァルトと時代も被っているグルックは、「改革」を謳って確かに実践しましたが、ではその改革オペラがどれほど愛されているかというと、それはまた別の話です。
 
 そんなことをつらつら考えてしまうのは、この映像が「魔笛」という作品の凄さを、つくづく思い知らせてくれたからなのでした。
 
「魔笛」、映画館でぜひご覧いただきたいと思います。
 https://www.shochiku.co.jp/met/program/4681/


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