MET風味の「ザ・イタリア・オペラ」〜METライブビューイング「椿姫」

NY、メトロポリタンオペラの最新公演を映画館で鑑賞できる「METライブビューイング」。今シーズン2作目の「椿姫」を見てきました。

 とってもよかった。(生じゃないけど)外で見る年内最後のオペラがこれでよかった、という気分です。舞台は綺麗だし、歌手は揃っていて高水準だし、「歌」をこれでもか!と聴かせるし。MET風味、それも2022年のMET風味の「ザ・イタリア・オペラ」。

 プロダクションは2018年に制作されたマイケル・メイヤー演出のもの。全体はヴィオレッタの回想で、三幕の幕切のシーンが冒頭で再現されます。普段はセリフだけで舞台には出ないアルフレードの「妹」も、ジェルモンが連れてきて彼女に引き合わせ、最後にはヴィオレッタとの死出の別れに来ているのは新基軸。物語の成り行きを四季になぞらえ、春に始まり、夏、秋、冬と季節に合わせて色合いが移り変わる舞台や衣装もとても美しい。舞台の中心には(ヴィオレッタの職業も意識して)ベッドがあり、ピアノや書き物机がサロンやパリ郊外の別邸の雰囲気を加えます。全体的に装置や衣装の色彩や雰囲気や照明がオペラというよりミュージカルっぽくて、ブロードウェイで活躍する演出家ならではだなあと思います。そこが、METらしいんですよね。METは「ブロードウェイの最高峰」という位置付けがあると思うし、それがいい意味でも個性。

 今回良かったのは歌手陣です。いえ、2018年の時も豪華だだったのです。何しろダムラウとフローレス!という、現代オペラ界の最高峰の2人が共演したのですから。おまけに指揮がネゼ=ゼガン。スタイリッシュかつドラマティックな歌唱と、情熱的なリードで盛り上げる指揮。あれはあれでドリームでした。

 でも今度の歌手陣も全く見劣りしません。それどころか、主役の2人が若く、物語の設定(若者たちの恋)を考えればこちらの方がふさわしい。

 なんと言っても圧倒的だったのは主役を歌ったネイディーン・シエラ。とにかく歌える!まろやかで表情豊かな声が自然に(聞こえる)溢れ出て、どの音域も危なげなく、高音域も楽々(に聞こえる)。第一幕のアリアの最後のEsも出していました。やっぱりあれがあると盛り上がるのですよね。健康的、という声もありましたが、ヴィオレッタは若いのだから、生命力があってもいい。病み衰えたヴィオレッタが恋人と再会した喜びと、死を前にした絶望に揺れる第3幕では声、演技ともにヴィオレッタが乗り移ったかのように圧巻で、涙を誘われました。

 相手役のアメリカのテノール、スティーヴン・コステロも非常に良かった。個人的には彼が一番の「発見」かもしれません。甘く熱のこもった声がストレートに通り、繊細さもあり、若く一途で傷つきやすいアルフレード役にピッタリ。第2幕の大詰めでヴィオレッタを侮辱し、後悔するシーンでは、アルフレードの苦悩、受けた傷の深さが伝わってきました。今思い出してもグッときます。

 ジェルモン役はイタリア人で、ヴェルディバリトンとしてスカラ座をはじめ世界で活躍するベテラン、ルカ・サルシ。堂々と張りがあり、豊かに響く声はさすが大劇場で活躍する歌手です。マイペースというか、テンポも強弱も思い切り揺らして、声を張り上げて伸ばしてやんやの喝采を受ける、いわゆる伝統的な「イタリアオペラの歌手」という感じなのですが(ムーティの好みじゃなさそう)、その歌を、これまたイタリアオペラの大ベテランの職人的指揮者であるダニエレ・カッレガーリがよくつけてあげて、きちっとサポートするものですから、決まるんですね。面白い。ザ・イタリア・オペラ。

 というわけで、3人の主役の個性が十二分に生きて、でも考えてみれば指揮者のサポートがあってこそ、彼らも歌いたいように歌えたのだろうという、何度もいいますが「ザ・イタリア・オペラ」なのでした。歌手の演技力や撮影のカメラワークは昔とは段違いですが。

 案内役はルネ・フレミング。インタビューでの引き出し方が本当にうまくて、知性を感じます。彼女は次にライブビューイングされる作品、METで舞台上演としては世界初演される「めぐりあう時間たち」で主役の一人を演じます。それもあっての起用なのでしょうが、彼女が出てくると今日のインタビューは面白くなりそう、とワクワクする。大ベテランですから、案内役を務めるオペラの多くは以前自分でも歌ったものなのですが(「椿姫」ももちろん)、そういうことにはさらっと触れるくらいで、今日の主要キャストたちをきちんと「立てる」姿勢も素晴らしい。

 ヴェルディオペラを既に21作歌ったというサルシが、ヴェルディとほとんど同郷人というのも初めて知り、マエストロ・カッレガーリがヴェルディの「旋律」の魅力を熱く語るなど、イタリア人たちのヴェルディ愛が聞けたのも嬉しかった。

 「椿姫」、全国上映は終わってしまいましたが(涙、すみません)、東劇では年明け、1月5日までやっています。年末年始にぜひ!いい時間が過ごせます。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?