ベルカントオペラが映画になった!〜METライブビューイング「ランメルモールのルチア」

 オペラの上演では、最近は「読み替え演出」が盛んです。時代を現代に移すなど台本の設定を変え、より現代の観客に身近な物語にするのが狙い。成功するものもあれば、???というプロダクションも正直なところ少なくありません。

 今、METライブビューイングで上映されている「ランメルモールのルチア」(以下「ルチア」)は、これまで見た「読み替え演出」によるプロダクションの中でも屈指の出来栄えでした。音楽的にも素晴らしく、実に見事な公演だったと思います。

 今シーズンのMETは本当に当たりが多い。ブランチャードやオーコインの新作も良かったし、「リゴレット」や「ドン・カルロス」といった名作の新制作も良かったし。MET 、すごく乗っていますね。

 今回の「ルチア」は、今ヨーロッパで引っ張りだこのサイモン・ストーンが演出するので話題にはなっていました。ストーンは読替えが得意で、大体現代の話にする。今回、幕間のインタビューにも出てきましたが、「その公演が行われる国の同時代に設定する」ことが多いそう。今回はMET、つまりアメリカですから、「ラストベルト」にしたと。それは、「ルチア」の原作が貴族社会が没落していく時代の出来事だから。なので、かつて繁栄していて、今は荒んでいるところ、を考えたら「ラストベルト」になったのだそう。具体的には自動車産業で繁栄していたデトロイトなど。なるほど、観客は、自分たちの問題として作品を受け止めやすくなりますよね。

 ルチアの兄エンリーコは、そんな寂れた街でのマフィア?のような設定。アル中で麻薬中毒で破産しかかっていて、お金のあるアルトゥーロと妹のルチアを結婚させることで、仲間ともども救われたいと願っている。ルチアの恋人エドガルドは、ファストフード店?で働く移民。夜道で強盗に襲われそうになったルチアを助け、二人は恋に落ちる。わかりやすいです。その顛末は序曲の間、舞台の上で演じられます。デートの場所は車で行ける映画シアター。ルチアとエドガルドが初めて関係を持ったり、政略結婚させられたルチアが花婿と入る場所はモーテルの一室です。

 今回の演出、大胆だと言われていますが、いえいえ、とても「わかりやすい」。わたしたちにも刺さる物語になっていたことに驚きました。読み替え演出は「何を言いたいのか」と考えさせられるものも多く、疲れてしまうこともあるのですが、これはわかりやすく、スピード感もある。そして驚いたのは、ドニゼッティの音楽が全く場違いでないこと!よく、読み替えて現代の話にすると音楽が古臭く聞こえる、という意見を聞きますが、全然そんなことがなかったのは本当に驚きです。ベルカントは退屈、という方は今回の「ルチア」をみていただきたい、と思います。むしろ、陰惨な話ですから、リアルな音楽をつけるより、「長調で悲しみを表現する」(プッチーニの言葉)イタリアオペラの伝統的な音楽で救われるのです。 

 個人的に、オペラは、あまりにもリアリズム、あまりにも演劇的になってしまって一般的でなくなったと思っているのですが、それが行われたのは20世紀の主にドイツ・オペラ。イタリア・オペラの美質である「悲劇でも長調」は、映画やミュージカルに受け継がれたのではないか。今回の「ルチア」は、そういう意味でとても映画的です。というのも、ルチアの「視点」を観客に見せるために、ルチアにはビデオカメラが張り付き、舞台上方のスクリーンで、彼女の行動や感情を映像を通して観客に見せるからです。

 歌手たちの演技自体も、とても映画的です。(エンリーコ役のルチンスキーは、犯罪映画を演技の参考にしたと言っていました)。

 ルチアは、政略結婚させられて気が狂い、相手を殺してしまって歌う「狂乱の場」の後で、兄の銃で自殺します。これも、わかりやすい。「狂乱の場」の最後で倒れて死ぬ、というのが一般的ですが、それだけだと確かにリアリティには欠けます。最後のとどめを自分でさす、方がリアルですよね。

 歌手たちは大熱演!ルチア役ナイディーン・シエラ、声も素晴らしい(豊かな響きと柔軟で色合い豊かな声、素晴らしい高音)なら演技も抜群、しかも頭が良く(今回のインタビューや、以前ライブビューイングで務めた司会役で感じました)知的で、人柄もチャーミング!プリマドンナっぽいすましたところがない。相手役カマレナも絶好調。声がますます豊かになり、高音も輝かしく同時に暖かい。そしてカマレナのイタリア語は実に綺麗です。だから響きが一層まろやかで綺麗になる。悪役エンリーコのルチンスキも絶好調。湧き出る声、「悪役」の肝が座った演技。何だかみんな絶好調なのです。三人、共演の経験が多いのもあるようですが、それにしても何かケミストリーが働いたとしか思えません。

 そして指揮のフリッツアも素晴らしかった!歌手との息がぴったり!ドニゼッティの音楽の呼吸感が抜群!劇的な瞬間のタメと爆発もうまい。インタビューにも出てきてくれて(かなり緊張している様子でした)、「歌手がよく歌えるようにすること、歌手の息に合わせることが、ベルカントを指揮するポイント」と言っていたのに深く納得しました。その通りの指揮でしたしね。

 今回の「ルチア」、予告編では血まみれのルチアが出てきたりして引いている方もあるかもしれません。でもこれは必見です。みているうちに、血塗れは気にならなくなる?と思います。インタビューもどれも面白く、あっという間の3時間40分でした。

「ルチア」、7日木曜日まで。お見逃しなく!!!


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