バリトン・フリーク〜最後の大歌手、レオ・ヌッチ

男性のオペラ歌手で人気の声域といえば、なんと言っても「テノール」でしょう。通常の人間の声とかけ離れた高音は、それだけで魅力的です。
 
けれど個人的に好きな声域は「バリトン」です。高い「テノール」と低い「バス」の中間(バスも好きなんですが)。バリトンは一番人間の声に近い、自然な声域だと言われています。だから心地よい、というのもありますし、役柄としても幅が広いのです。テノールは恋する青年役が多いですが、バリトンは悪人から父親、権力者まで、いろいろな人間タイプを演じられる声域です。私の大好きな作曲家であるヴェルディは、このような多様な表現ができるバリトンの声を愛し、「リゴレット」「マクベス」など多くのオペラでバリトンを主役に据えました。

いろんなバリトン歌手を聴いてきましたが、おそらく最も多くオペラの舞台に接していて、ダイレクトに感動をもらってきた歌手といえば、イタリアのバリトン、レオ・ヌッチにとどめを刺します。ヴェルディのオペラの諸役において、少なくとも生で聴いた限り、ヌッチほど、歌も演技も「ハマっている」舞台を数多く体験できた歌手はいません。
 よく「イタリア・オペラの歌手の黄金時代」(50年代、60年代の、今なお語り継がれる有名歌手が輩出した時代)という表現を目にしますが、ヌッチはその系統の、おそらく最後の歌手と言える存在です。伝統的なイタリア・オペラ、朗々とした美声で「歌」を聴かせ、かつ歌舞伎役者のような押し出しのある演技力で、客席を魅了する。客席が盛り上がればアンコールも厭わない。そんな、「伝統芸能としてのイタリア・オペラ」(つい先ごろ、ユネスコの世界遺産に登録されました)を、実感させてくれる歌手なのです。少なくとも彼の後の世代のイタリアのバリトンには、そこまで存在感のある歌手はいません。
 とりわけ、ヴェルディの「リゴレット」や「シモン・ボッカネグラ」、「二人のフォスカリ」といった作品での父親役の表現は圧巻でした。彼が舞台にいるだけで、空気が変わり、ドラマが動き出す奇跡を何度も目撃したものです。
何度かインタビューもしましたが、「ヴェルディは「父」になりたかったのです」と言っていたのが忘れられません。あの父親役への共感は、そこからきているのかもしれない、と思ったものです。
 2013年にスカラ座が日本公演を行った時は、彼が主演する「リゴレット」で、オペラに不慣れな指揮者をリードしつつ、第2幕最後の二重唱をアンコールするという得意技を盛り込んで、客席を興奮の渦に巻き込みました。

レオ・ヌッチ、今年81歳ですが、来年の2月に来日します。バリトンはテノールと比べると寿命は長いですが、それでももう最後の来日になるでしょう。特に2月10日のコンサートは、オペラを得意とするオーケストラである東京フィルハーモニーと、オペラ指揮者としてヨーロッパで大活躍中のイタリア人指揮者、フランチェスコ・イヴァン・チャンパの指揮によるヴェルディ・プログラム。今から楽しみでなりません。
 1曲のアリアでオペラ全曲を想像させてくれる生粋の舞台人であるヌッチの、最後の舞台を、一人でも多くの方に体験していただきたい、と切に思います。

https://ticket.rakuten.co.jp/music/classic/opera-vocal/RTCQ24A/

 
彼が世界で600回以上歌った「リゴレット」の名アリア「悪魔め、鬼め」の動画です。

https://www.youtube.com/watch?v=Xy1bODSE_OQ 


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