誰もが楽しめるとびきりのシンデレラストーリー〜METライブビューイング「シンデレラ」

 METライブビューイング、今シーズンの3作目は「シンデレラ」。フランスの作曲家マスネのオペラ「サンドリヨン(=フランス語でシンデレラ)」の、英語訳短縮ヴァージョンです。MET はファミリー向けに、年末年始などの「ホリデーシーズン」に、「魔笛」のような家族向けのオペラを短縮英語版にして上演しており、今回は「シンデレラ」が選ばれたというわけ。現地での収録は、今年の元日でした。


 ME T版「シンデレラ」、よくできてます。マスネの「サンドリヨン」は2018年にMETで今回と同じロラン・ペリ演出のプロダクションで上演されており(確かMET初演)、とても良かったのですが、今回は舞台のおしゃれなテイストはそのままに、内容をぎゅっと圧縮し(上演時間は1時間半なので「サンドリヨン」のほぼ半分)、わかりやすくしていました。これなら誰でも楽しめます。


 元々の「サンドリヨン」、ストーリーはもちろんペローの有名な童話が原作のメルヘンオペラですが、フランスオペラならではの特徴が満載のオペラでもあります。歌だけでなく、いろんな要素があるんですね。フランスオペラには欠かせないバレエ、スペクタクル、バロック時代からの伝統である「眠りの場」を思わせる幻想的な場面(サンドリヨン=シンデレラ、が森に迷い込み、幻想の中で王子と巡り逢う)などなど。バレエの部分での伴奏など、オーケストラ部分もとても充実しています。結果、ファンタスティックですが、長いという面はある。
 同じ「シンデレラ」の原作による、ロッシーニの「チェネレントラ」というオペラがあるのですが、こちらはずいぶんテイストが違います。とにかく歌、歌、歌。「決めどころ」は全て歌。バレエはもちろんないし、魔法使いも出てこないし(イタリアオペラって、あんまり幽霊とか幻想とかないんですね)、ガラスの靴は、舞台で足を見せてはいけない、ので腕輪になっています。ロッシーニ作品とマスネ作品を見比べると、フランスオペラとイタリアオペラの違いがよくわかる。

 あと、マスネ作品の特徴は、主役の二人(と、シンデレラのお父さんのパンドルフ)がメランコリックだということです。二人とも不幸。シンデレラは言わずもがなですが、「チャーミング」という名前の王子も、地位はありながら愛する人がいないために不幸、という設定。その不幸な二人が出会って幸せになる。胸キュンです。


 今回の「シンデレラ」は、前に触れたようにフランスオペラの「METファミリー仕様」。「サンドリヨン」の脇筋的なところをほぼカットしました。その結果、夢の場や、サンドリヨンが家出するシーン、舞踏会から数ヶ月経って春が訪れるシーンなど、ファンタジックで美しいシーンのいくつかがカットされています。

 展開もグッとスピーディになりました。王子がガラスの靴を持って訪れるのは、「サンドリヨン」だと舞踏会の数ヶ月後ですが、「シンデレラ」だと翌日。ストーリー的にはこちらの方がわかりやすい。でもキャラクターはしっかり描き分けられていて、感心しました。誰の編曲なのか知りたいのですが、、、。
 

 ペリ演出の舞台は、とても素敵です。おしゃれです。フレンチテイストってこれ!?と頷きたくなります。後ろと左右の壁は、ペローの童話をイメージした「本」のページ。そこから次々と登場人物が出てくる。物語の中から人物が飛び出してくるように。

 秀逸なのが衣装、特に舞踏会の場面の花嫁候補の女性たちの衣装です。ペリは衣装も自分でデザインするそうなのですが、まずカラーを赤に統一。赤と言ってもいろんなグラデーションがあるのですが。そして一人一人とても個性的なデザイン。鶏のようなドレスもあれば、ピエロのようなドレスもあれば、プリンセスのようなドレスもあるという具合。その女性たちが赤い絨毯の上を王子めがけて歩いて行くのは、ファッションショーのようです。


 舞踏会の場面にはもちろんダンスもあり、そこでは同じ赤で、また別のテイストのドレスのダンサーたちも混じって軽快な踊りが繰り広げられます。そしてその高揚を鎮めるかのように、白いドレス姿のシンデレラが登場するのです。素晴らしく効果的な場面です。まさに運命の出会いが演出されています。

 2018年の「サンドリヨン」の時は、主役の二人はベテランの部類に入るジョイス・ディドナートとアリス・クートで、それもとてもよかったのですが、今回は若い美女二人が主役。これはこれでぴたりときて、特にオペラ初心者にはうってつけだと思いました。

 シンデレラ役のイザベル・レナードはMETの看板の一人の美人メッゾ、翳りのあるしなやかな美声はとても表情が豊か。王子役エミリー・ダンジェロは逸材!長身の美人、表情も豊か、そして声が素晴らしい。よく響き、コントロールも自在で、どの音域でもムラがありません。何より、心を打つ声です。これから大活躍するのではないでしょうか。特に「ばらの騎士」のオクタヴィアンなどはピッタリで、オファーが殺到しそうです(もうしているのかもしれませんが)。

 この二人の魅力的なメッゾ(主役二人がメッゾというのも珍しい。バロックオペラでもないのに。。。)が、辛い時期を経て、出会い、恋に落ち、引き離され、そして最後に再会する。そのラストシーンはとても感動的で、思わずうるうるしてしまいました。


 シンデレラのお父さんで、妻に尻に敷かれる伯爵を演じるロラン・ナウリや、怖い継母役のステファニー・ブライズは「サンドリヨン」と同じキャスティング。どちらもハマり役。情けなくて優しいお父さんと、図々しく尊大なお母さん、声も演技もどんぴしゃりでした。

 指揮は演出のペリと同じフランス人のエマニュエル・ヴィヨーム。生き生きと弾けるサウンド、豊かな色彩感、流麗なメロディ、弾むリズム。生命力に満ちたマスネの音楽が、ピットからイキイキと溢れ出ていました。

 今回は休憩がない上演なのですが、終演後に主役の二人がインタビューに登場し、会場にいる子どもたちからの質問を受けていました。「オペラの魅力は?」という質問に。「全てがあること。音楽も、お芝居も、美術も、全てが揃っているのがオペラ」だと。総合芸術。そして「皆で作り上げていくのは素晴らしい」とも。


 こんな時だからこそ、無条件で心が明るくなるオペラも必要。そう思いました。時間が短いのも身体的に楽です。

 「シンデレラ」、10日まで上映中です。

https://www.shochiku.co.jp/met/



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?