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紅いルージュは人魚姫の枷

「ミホはお姫様だから、大きくなったらお城に行くの」
小さい頃の夢は叶った。
思い描いていたものとは違うけれど。

小さい頃はフワフワした服が大好きだった。
「くるっと回ると、ふわってなるスカートじゃなきゃイヤ!」
わがままを言ってよく母を困らせたものだ。
プリンセスが出てくる物語を見ては、パパにティアラやガラスの靴をねだった。
ピアノの発表会では誰よりも可愛いドレスを着たし、いつも大好きなパパがエスコートしてくれた。
『パパは私の王子様だけど、今日は美穂がお姫様だからパパの隣は譲ってあげるわ』
そう言って笑う母は、天使のように輝いていた。

あれから何年も何年も過ぎて、
大人になった私はお姫様になった。
毎日お城に居るのに、待っても待っても「私だけの王子様」は現れない。

駅前の、お城みたいなこのビルには、たくさんのお姫様がいる。

「お前だけの王子様を必ず見つけなさい」
美しかった母は、幼い私に口癖のように繰り返し言っていた。
父が外に女を作ってからはそれは執拗になった。
『美しく』『男に負けないように』『非の打ち所のない女になれ』と母は私に執着するようになった。
父に捨てられたのだという事実をいつまでも受け入れられない母は、
いつか父が、『母の王子様』が帰ってくると、毎朝化粧し、3人分の食事を作った。
やがて病魔に蝕まれた母だったが、ベッドの上でも美しさは衰えず、朝起きると顔を洗い、紅をさした。
ベッドから降りるのが難しくなってからも、体を清めてもらい、顔を拭い、そして必ず紅をさす。
母が使う真っ赤なルージュが『女』の象徴のような気がした。

だが母子家庭になった私が、長期入院の金など出せるはずもなく、自分を商品にするまでそう時間はかからなかった。
その日だけ、その時だけ、金を払った男の幻の女になる。
シーツの海の上で人魚姫のように男を見つめ、セイレーンのように愛を奏でた。
稼いだ金は治療費と、そして自分の商品価値を高めるために使った。
母の思惑通り、私は美しくなっていった。
髪の毛から爪の先まで高級な女を装い、紅いルージュを引いて、私はお姫様になる。

あの日の純粋だった『城』への憧れは
タダの世間知らずの、バカな小娘の戯言(たわごと)。
ココは、お姫様たちが、幻の王子様に愛を奏でる一夜城。

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