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噓日記 2/14 バレンタイン

今日はバレンタインデー。
命を賭して戦った英霊たちを偲ぶ日。
もしくはギブミーチョコレートの精神を波及させる日。
俺は祖母から教わったギブミーチョコレートの精神を大切にしているので、今日も声高にギブミーチョコレートと叫ぶのだ。
朝の電車、大きな声で。
「この車両で一番チョコ貰いたいの、俺はっ!!」
ピンポンのペコみたいな口調で見知らぬ皆々様にチョコレートを強請る。
皆こんな日だから確実にチョコレートを持っている。
その前提を伴った俺の行動は非常に理知的であり、打算的なのだ。
俺のようにコミュニケーションが取れるのか取れないのか怪しいラインの人間に絡まれたら人はチョコレートを差し出して身を守ろうとする。
防衛本能だ。
例年ならば、これで我が眼前に恋に焦がれた乙女たちがチョコレートを捧げる列を成す。
だが今朝は少し風向きが違った。
俺がいくら声を上げようとも、誰も鞄からチョコレートを取り出す気配がないのだ。
ガタンゴトンと揺れる車内。
ヘッドホンをつけたアフロの男が流すずうとるびのみかん色の恋が音漏れして小さく遠くで鳴る。
あとの皆は、節目がちに手元のスマートフォンを弄り回すだけ。
おかしい、まるで俺が見えていないかのよう。
何かがおかしい。
「次はえぐり出し〜えぐり出しです」
車内アナウンスが流れる。
あっ、猿夢だ。
俺はそこで気がつく。
かの有名な都市伝説、猿夢の中で俺は狼藉を働いている。
じゃあ、もうめちゃくちゃにするしかないよね。
ずうとるびが出てきたあたりで違和感があった。
令和だもん、そんな奴いるはずがない。
俺はアフロの男からヘッドホンを取り上げ、ずうとるびの再生を停止した。
一番の悪夢がそこで終わる。
「次は挽き肉〜挽き肉です」
車内アナウンスがなんだかスベったみたいで可哀想。
猿夢の後に流行ったんだから仕方ないよね。
すると原典の通り、小人が俺の膝に何か機械を近付けてくる。
ウィーンという音がどんどん俺に近づいてくる。
まずい、まずい、まずい。
原典の通りだと、俺の体が挽き肉にされてしまう。
(夢よ覚めろ、覚めろ、覚めろ)
頭の中で強く唱える。
ふっと音が止む。
良かった、目が覚めた。
ぎゅっと瞑った目を開けようとしたその時。
「次はチンパンジーの交尾〜チンパンジーの交尾です」
車内アナウンスがはっきりと聞こえた。
俺は目が覚めた。
もう少し夢を見ていたらチンパンジーの交尾が見れたのに。
猿夢じゃない。
チンパンジー夢だ。
チンパンジーの交尾の花言葉「誓い」

どりゃあ!