見出し画像

パエリアの未来予想図

6月7日。バレンシア南部アリカンテ市内のレストラン『El Poblet』にて2012年にミシュラン三ツ星を獲得したシェフ『キケ・ダコスタ』氏が、新たな挑戦として、場所探しから4年間もの歳月をかけて、ロンドン市内に薪炊きのパエリアをウリにするレストランを開店したという記事が、エル・パイス誌を含む、各社誌上にて取り上げられた。

客席数140席で、敷地面積1000坪。オープンキッチンでカウンターから見える厨房の中は二列構成。カウンター側にはガス炊き、二列目には薪炊き用のコンロが設置され、調理の様子を見ながら食事が出来るダイナミックなデザイン。薪で炊く際に出る煙が客席へ移らないように高性能のダクトも万全に完備されている。

(なぜかリンクがうまく貼れないので、URLをそのまま載せておきます。https://elpais.com/elpais/2019/06/15/gastronotas_de_capel/1560621238_097397.html)

しかし、ミシュランの星付シェフがオープンした店だからといって、必ずしも流行るというものではない。

掲載された記事には、別国へ食文化を持ち込む難しさについて語られていた。

米料理と一言に言っても、パエリアのように水分が全くないものから、メロッソというリゾットに近いタイプ、カルドッソというスープ仕立てのタイプと大きく分けただけで3種。完璧な料理を目指すミシュランの星付きシェフとしては、それぞれの料理の調理法に見合った米を選ぶ必要がある。

薪一つにしても、それぞれの薪の香りや性質、用途を考慮しながら松、ぶどうの枝、オレンジ、オリーブなどの薪を適切に使い分けているという。

けれども、それ以上に注意をしなければならない点がいくつかある。

味付けに対する好みの違い

「ロンドンっ子に受け入れられるように塩味を控えたんだよ」

日本の味付けと比較しても、パエリアの故郷であるスペインの味付けは一般的に濃い。美味しいと評判のパエリアの店のパエリアが塩辛かったという経験は一度や二度ではない。

人気店のパエリアが不味いと言っているのではない。パエリアに限らず塩味の濃い味付けに慣れたスペイン人たちの味覚に合わせたパエリアの味付けは必然的に濃くなる。

生ハム、腸詰、チーズ、オリーブの実といったスペイングルメにもかなりの塩が使われている。

食材に対するイメージの違い

食材に注目してみる。バレンシア風パエリアには定番食材として「兎肉」。が使われる。日本と同様、食用肉としての食文化風習がないイギリスでは「兎肉」はタブー。このイメージを回避するのは大変だ。

(マスコットを食べるのか、なんて可愛そうな!)

そう、思ってしまうと喉元を通らなくなってしまう。

日本ではその昔、獣(けもの)を口にすることを禁じられていた僧侶(そうりょ)がウサギを鳥類だとこじつけて食べていたため、兎については耳を羽に例えて「一羽」「二羽」と数えるのという説がある。

日本の捕鯨文化に対して反対的な姿勢の強いことで知られる欧米人。捕鯨船に乗った猟師が敬礼をしながら見送られて出航する映像が、電波を通して批判的に放送されたのは、わずか数週間前の話。

しかし、実際には中正ヨーロッパでは捕鯨が行われ、イルカや鯨を食料として扱った歴史がある。カトリック教徒の中には信仰上の理由から肉食を禁じられる時期が一年を通してあるのだが、その間に鯨肉は「魚」として食されていたのだという。

兎にしろ鯨にしろ、本当だとすると、何だか散臭い話だ。

然るところ、「自分たちは食べない」「食べるべきではない」という固定観念が異なる食文化の受け入れに大きな障害になっているように思う。

食感に対する好みの違い

米の加減をロンドンの店では現地スペインで炊くよりもさらにアルデンテ、つまり芯は残らないものの、少し硬めに炊き上げるようにしたと語るミシュランシェフが、もう一つ懸念しているのがパエリアには欠かせないソカラッと呼ばれる『お焦げ』。

この『お焦げ』がうまく作れてこそ腕のあるパエリア職人だと言われるくらい、パエリアではお米の炊き加減以上にシェフの腕前を評価する基準になるのだが、新天地ロンドンにいたっては、

『ソカラッ』→ただの焦げ→失敗作→返品

となってしまうのだという。

基準としてはカリッとして苦味がないのが前提とはいえ、確かに、「お焦げ」か「ただの焦げ」かの判断は微妙なところで、個人的にはかなりカリッとして噛み締めるくらいの方が好きなので、食べた人によってもかなり評価の差があるはず。初めて食べた人ならば、「あ、焦げてる!」となるのかもしれない。

食文化を持ち込むということ

ある国の文化をよその国に持ち込むのは簡単ではない。特に、食文化に関しては、ひときわ高いハードルを越さなければならない。

海外に住んでいて、自分の国のものを家族にも食べさせたい、久しぶりに食べたいといった場合でも、食材探しに始まり、調味料を揃え、場合によっては調理器具まで必要となってくる。

例えば、たこ焼きを食べたい!と思ったとする。
蛸はあるのに茹でたのが売っていない。
仕方ないので生の蛸の足を買ってきて茹でる。
青海苔や紅しょうだけでなく、オタフクソースがなかった。
やっと日本から送ってもらったのだけど、さぁ!という段階になって、普通はどの家庭(関西の)にもあるべき肝心のたこ焼きプレートがない。

東奔西走の末、ようやく条件が揃って作ってみる。

『熱くて食べれない!』
『美味しくない!』

という容赦ない酷評を投げつけられる。

食材が作られる過程もふまえて、水が違うというのは大きな壁で、味がまったく違ってしまうことが多い。物によっては作った本人ですら味の差を感じることがある。さらに、生まれてから今まで培った味覚というのは簡単に変えられるものではない。調理した本人が「これならば」と思っていても、食べた人が「美味しくない」と思うのは珍しくない。

レストランでは、不特定多数の客を相手にしなくてはならないし、客の評価は千者万別。高評価を得るのは容易ではない。家庭のように「食べたくないなら食べるな!」とは言えないのだから。

吸収され最適化されていく食文化

海苔や刺身とった日本を代表する食材が世界に受け入れられるまでにどれだけ時間がかかったかを考えると気が遠くなる。海苔にいたっては、「海の雑草」という悲しいネーミングまでつけられて、よくここまで受け入れられたものだ。

けれども一旦、吸収された食文化はその国々での独自の進化を遂げていく。調理法や食材も少しずつ最適化していく。

イギリスを経由したインドのカレーが日本の食文化を代表とするカレーライスになったように、パエリアも何十年も先には日本独自のパエリアに変化していく可能性を含んでいる。

ただ、発祥の地から見てみると、サフランがターメリックになっていたり、タブーの具とされているチョリソが使われていたり、パエリア愛の深いバレンシアの人からすると「薪焚きパエリア」どころか「炎上パエリア」が多くてヒヤヒヤしているのが現状。

もしかするとインド人の中には、こんなハズじゃなかった、と思っている人もいるのかもしれない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?