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8月9日はアジアで一人当たりのGDPが最も豊かな国シンガポールが独立した記念日です。(2020年は独立55周年)

しかしその独立宣言はまるで葬式のようだったと語られています。

1819年、英国領統治時代のシンガポール

　欧州列強が世界各地に植民地を拡大した19世紀、東南アジアでは仏国がベトナム・カンボジア、蘭国がインドネシアを支配していました。まだ飛行機のなかった時代、物資の運搬や戦略の中心は船でした。

英国からスマトラ副総督(東インド会社)として赴任したトーマス・ラッフルズが大英帝国の太平洋攻略の重要戦略拠点としてマレー半島の先端の小さな島に大きな価値を見出します。インド洋とアジア太平洋地域への入口となる海上の要所。

　英国がマレー半島を治めていたジョホール王国の内紛に乗じて島ごと買収し、軍用拠点を兼ねた関税のかからない自由貿易港としてシンガポールは発展します。

1942年、日本統治下時代のシンガポール

第二次世界大戦が始まろうという頃、日本は「大東亜共栄圏」という構想を掲げて欧州列強からアジアの国々を次々に奪取していきました。旧日本軍はシンガポールを防衛するイギリス在留軍を落下傘部隊によるマレー半島南下からの奇襲攻撃で攻略し、シンガポールを東京都昭南特別市として占領下におきます。

　シンガポールは多民族国家です。主な民族は英語を話す華僑(客家,滅ぼされた”商”(殷)の国の末裔,商人の語源)やマレー人、インド人などです。旧日本軍はそれまでの社会階層を逆転させて、英語を話す華僑を英国と内通していると警戒して最下層へ。マレー半島南下による進軍を手伝ったマレー人を最上位とし、捕虜となった英国軍人を酷使。無抵抗なシンガポール市民を虐殺したとして日本は国際的非難を浴びます。太平洋戦争終戦によってマレーシアとシンガポールは再び英国の植民地に戻りました。　

1957年、マレーシアと共に歩んだ独立国家へ

　そのマレーシアはシンガポールと共に1957年に英国統治下からの独立を目指します。マレーシアを治めていたのはラーマン首相(当時54歳、後のマレーシア独立の父)、一方でシンガポールの代表的指導者は当時わずか34歳、英語の上手な華僑リー・クアンユー(李光耀)でした。

　両地域が力を合わせて英国からの独立をしたのですが、マレーシアの人口構造はマレー人60%・華僑25%・インド系10%でしたが、シンガポールでは華僑60%・マレー人20%・インド系10%と構造があべこべでした。マレー人は比較的穏やかで、のんびりした人が多い一方で、華僑の人は商売などが上手で一緒にいると華僑の人たちがなんでも独占してしまう懸念がありました。
　そこでマレーシアではマレー人を優遇する政策(ブミプトラ)を行い、華僑の人とのバランスを取ろうとしました。マレー半島生まれのマレー人を大切に…マレーシアのアイデンティティを保とう想いは華僑の人が大半を占めるシンガポールにおいては大きな人権問題でした。

 1965年、マレーシアからの望まぬ独立

　これに対して李光耀は「シンガポールは民族による差別をしない。全く平等に扱う」と世界に先駆けたビジョンを掲げます。

李光耀は太平洋戦争後の時代に英国へ疎開留学し、名門ケンブリッジ大学で「百年に一人の秀才」と言われた人物でした。(学生時代から学年1～2位を争う後の夫人クワ・ゲオ・チューと交際。留学先にも「自分よりも優秀な女性がいる、彼女も留学させてほしい」と嘆願、晴れて英国での留学。そして英国で学生結婚を果たす)

ラーマン首相はこの理想論が貫徹してしまうとマレー連邦は崩壊してしまうと恐れ1965年に「シンガポールはマレー連邦から即時離脱せよ。もう面倒はみない」と絶縁を言い出します。李光耀は当時42歳、およそ188万人のシンガポールで暮らす人々の生活が突然、親も同然のマレーシアから切り捨てられたのです。

1965年8月9日、記者団の前で李光耀は会見を開きました。

 　水以外はマレーシアからの供給を絶たれ、明日から水と空気だけで生きていけと言われたシンガポールの人たち。涙を流した彼の気持ちはどれ程だったでしょう。
　彼は公の場で生涯二度の涙を流しています。一つはこの独立宣言の日、そしてもう一つは1980年に母を看取った日です。この事から葬式のような独立宣言と呼ばれています。

　李光耀は独立宣言の途中、涙をぽろぽろと溢して、カメラを向けるテレビ局にこの中継を止めるよう伝えました。しかし、この中継は小さな島の人々の多くがあっという間に知る所となりました。

あの神のように気高く傲岸な秀才、李光耀が涙を流すほどの絶望の中にいる、
我々は国としてはやはり成り立たないのか、
最悪は全員餓死するかもしれない…

　この危機的な状況になってそれまで李光耀の足を引っ張ってきた野党を始め国民がまとまったのでした。
　李光耀に従おう、もう彼しか我々を導いてくれる人はいない、どんな事を言われても彼を信じてついて行こう…

多くの国民に支えられ、彼は力強くシンガポールの独立を掲げました。

1965～1990年、空気以外全て輸入の”開発独裁”

　それから1990年まで首相を続け李光耀を社長、国民は従業員という「Singapore Inc.」と呼ばれる一党独裁の国家体制“開発独裁”が構築されていきました。

李光耀が初代首相となって行った改革の全ては書ききれません。しかしその代表的なものを幾つかを挙げたいと思います。まず真っ先に彼が指揮したのは不動産でした。何しろ土地が限られている国です。調べた結果、シンガポールでは100年以上マグニチュード1以上の地震が発生していなかったのです。

　そこで当時、スラム街のような所で暮らしていた人々に何十階建という高層の公営住宅をあちこちに建設し格安で住めるようにしました。

土地は国が管理し、住民はそこに住む権利を買う形に徹底しました。

　次に手をつけたのが仕事です。資源もない島国が取れる政策は限られています。そこで彼は海外に向けて発信しました。「世界中の大手企業の皆さん、シンガポールに来ると土地は国が貸します。法人税も殆ど取りません。世界のどこでやるよりも有利ですよ」と。(後に香港もシンガポールを参考にアジアの金融センターとして発展をしていく)

それに答えたのが当時隆盛を極めていた松下電器やソニー、フィリップスなどの電機・電子産業。どんどんやって来ました。お陰で国民は次から次にやってくる世界の先端技術に触れ、給与を得て、家賃を払えるようになり、公営住宅を自分の持ち家にしていきました。

　ところがシンガポールの平均賃金が高くなると企業は土地代よりも賃金の安い中国などアジアの他の地域に目を向けるようになりました。そこで次に目をつけたのが金融でした。材料不要で、必要なのは知識と経験。税制優遇制度を用いて世界の主要な銀行・証券会社などがやって来てシンガポールの人々はそこで働くようになり、より賃金を稼ぐようになりました。その過程で誕生したのが外国為替証拠金取引、通称FXです。

　急速に所得水準が高くなったシンガポールで求められたのはより高給な仕事につくための教育でした。

欧米からやって来る人々が納得する水準の教育制度と学校が次々に設立され情報、ナレッジ、テクノロジーの最先端立国に上り詰めていきます。シンガポール国立大学は世界大学ランキング2019でアジアの大学最上位の11位、南洋理工大学も12位でした。(東大23位,京大35位)

またシンガポールを語る上で欠かせないのは厳しい取締です。世界中を見ても政治家や官僚、公務員など本来なら公正であるはずの人々が副業や賄賂や裏金などを受け取っています。

李光耀は「これを絶対に根絶する」と宣言。首相直下の汚職調査局を設け、本人だけでなく家族の銀行口座や資産も監視。海外大使館まで調査対象としたり、罰金10倍等の厳罰化。容疑者が自殺した場合には国が財産の押収ができる法律も設けました。

 　より高給な民間企業へ優秀な人たちの転職が増えた事を受け、1973年には上級公務員の給与を欧米並みに引き上げ、1994年には民間給与とのベンチマークを設けながら公務員給与を自動決定する仕組みを導入。

加えてシンガポールでは賄賂を一度でももらったら殆ど死刑。また麻薬を持ち込めば外国人でも死刑です。
　実際、死刑判決となった外国人もいて、その国の首相が懇願しても死刑になった人が何人もいます。これらの厳しさから「明るい北朝鮮」などと呼ばれたりもしますが、国や企業が進むべき道を政府が決めて徹底的にそこに資金を投じました。

　しかし、これらの仕組みを実現するには元手となる大量の資金が必要です。それは一体、何処から捻出したのでしょうか？李光耀は後にこう答えています。

貯蓄から投資へ、教育の高度化と並行して進めた外国金融誘致で金融立国へとシフトしていったのです。1990年に首相を退いてからも内閣顧問を続け、2011年5月（87歳）までシンガポールの国費を用いた東南アジアへの投資を指導、ASEAN地域の経済発展に貢献。

そして2015年3月23日、建国50周年を8月に控えて、李光耀は91歳で天国へ旅立ちます。

彼が最後に日本人に向けて遺した言葉があります。

日本は貯蓄から投資への移行が未だ遅れています。
投資とは自立なのです。
空気以外何もない国に追い抜かれた私たちはこの事を忘れていないでしょうか。

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