情報界おじさん 第1話

情報屋って職業を知ってるかい?
知らない? まあそうだろう、どこの転職サイトにも求人雑誌にも、そんな職種カテゴリは載っていないからな。

古くは探偵業や興信所の他、新聞記者やら法律事務所やらの周辺にたむろしてたね。
あれだ、少し以前に聞いたことはないか? 『パパラッチ』なんてさ。あれも一つの『情報屋』の形なんだよ。

情報化社会とかいうインターネットが主流になる以前は、まるで戦国時代の忍者みたいに、各地の情報を集めてはクライアントに売りつけるって仕事だった。

最近では雑誌社からの指示で、カメラマンと組んで芸能人のスクープを狙ったり。
法律事務所からの依頼として、浮気疑惑のある人物を素行調査で尾行、なんていうのも日銭が稼げて流行りかな。

花形なのは経営コンサルタントだの、証券コンサルタントなどと名乗る者たちだ。
大金が動くところに『情報屋』ありってね。

おっと忘れてた、名刺を渡しておこう。
ああ、肩書きは『情報支援コンサルタント』だ。
この界隈では『なまむぎ』で通ってる。理由? よしてくれ、それを教えるのは、客か戦友に成り得る者だけだ。

きっかけは……昔、創ったウェブコンテンツ会社を売りつけた先が探偵会社でね。その縁で、未だに関わりが続いている。
当時は儲かっていたらしくてね、資本金300万円の会社を、一括で1千万円も払ってくれたのさ。

そこでは、各市場の統計情報を企業へ販売したり、調査代行したり。というのは表の顔で。
本業はいわゆる企業スパイで、見込みのある高学歴な中二病を集めては育成してターゲット企業に就職させて、様々な情報を得ていたわけだ。
ちょっとしたお小遣い稼ぎになるらしい。最近では隠語で〝副業〟って言うそうだな。

インサイダーは経営者が逮捕されて大騒ぎになっても、探偵や情報屋が得た新プロジェクトネタを事前に知って売るのはスルーされる……古き良き時代だね。
シュレッダーすらなかった大昔には、ゴミ漁りで一攫千金と来たもんだ。
今じゃ考えられないね。

最近では、普通に営業して、普通に交流して、普通に情報を得る。
でもそれだけじゃ金にはならない。
得た情報を欲しがる層を探し出して、得た情報を基にどう活動すれば利益になるかまでを提案し、顧客を成功まで連れて行くのさ。
まさに普通のビジネスマンだね。
一つだけ違うのは『虚実』の『虚構』を売って『実利』を徹底して得ることだ。

『情報』とは、何か。
哲学的なことじゃあないぜ、そのままの意味でな。

〝ある物事の事情についての知らせ。それを通して何らかの知識が得られるようなもの〟

辞書ですらこれしか説明がないわけだ。

人が〝迷う〟ということは、情報が足りないからだ。
〝嫌いな人間〟がいるということは、情報が足りないから。
他者からの〝提案〟が気に入らないということは、情報が足りないからでしかない。

だが「鉄の塊が空を飛ぶわけがない!」って暴れるおいちゃんも、図鑑やらテレビ番組で飛行機について良く知ってしまえば、全国の航空ショーにカメラ持って出かけるし。
「感情がわからない、たたりがある、怖い!」って仔猫を見て怯えるおばちゃんも、数日も一緒に過ごせば溺愛だ。

情報とは、人が生きるために必要なものでは、ない。
今の生活レベルを守るために有っても良く、より有利に生きていくために求めるもの。
過剰摂取しても困らないビタミン剤のようなものでもあり、知っておけばいざという時に救われる法律知識みたいなもの。

世捨て人にとっては贅沢な趣向品かもしれないな。
隙間産業の中の隙間産業、好き好んで選ぶ職業じゃあない。

ただ、人間というのは、業も情も深く、仕方のない生き物なのさ。
知りたいという好奇心だけは、そうそう消せはしない。
人は平穏のために、安心するために、『知らずにはいられない』ってね。

ある起業家なんて、気になった女子大生の素行を知りたいって欲望と熱意だけで、世界最大のSNSを作って運営しているんだから面白い。

そこまでいかなくとも、好きな男に彼女がいるかどうかを知りたいってだけで、20代の女が20万円も支払うんだからな。
「情報と名誉は金になる」って、誰の言葉だったかな。

おっと、悪いね。携帯が鳴った。時間だ。

情報収集の手段もだいぶ減ってね。
何でもかんでも違法となれば、まずは正攻法から入るのさ。

「お疲れ様です、こないだ言ってた通り〇〇商事の専務とこれから飲むんですが、本当に来られますか? 紹介しますよ」

「おお! ぜひお願いします。実はいま、御社の近くのカフェでノートPC開いてまして。すぐ合流しますから」

ある地方の、中小会社からの依頼でね。
取引先である上場会社が、今後は何の事業にリソースを集中するつもりなのかが知りたいらしい。
4~5人の伝手を辿って、やっと今夜、ターゲット企業の役職持ちに初接触までこぎつけたわけだ。

また声かけてくれよ、協力は惜しまないってあんたんとこのボスに言っといてくれ。
あの謎女の目的、いつか『知って』やるぜ。
情報の信奉者は業が深いんだ。

ターゲットが喜びそうなメイン商品に関する生の声の『F層の需要の傾向データ』も手土産に用意したし、ここまで時間も金も使っている。
相手は全てが揃った大手企業だ。情報も無いので絶対的な提供物がなく、カウンターパートとしては非常に弱い。
ここはしっかりと下手に出て、必要な情報を引き出し、明日には金に換えないと生活費すらショートする。

脳内でシナリオを十数種類画き、それぞれの展開の予測にさらに十数種類の対処を想定する。
覚悟を決め、ちらかした書類とノートPCをカバンに詰め込み、返却棚にグラスを押し込む。
疲れていても帰りたくないサラリーマンと、休憩中の優雅ぶったマダム、連れ子か場違いな育ちの良さそうな子供が不快なコントラストを彩るフランチャイズのコーヒー屋を出て、ネクタイの角度を正した。

ちらちと店内を見渡す。
帰らないサラリーマンの男。
スーツの肩口はしわが酷く、長い事クリーニングに出していない。革靴は泥が跳ねて汚れている。
何かを考えている様で何も思考していない死んだ魚みたいなあの目は、意見の食い違いで嫁と仲が悪そうだ。

中年の女は、スカートの裾を何度も直した跡がある。
上等なブラウスに〝趣味のよさげな装飾品〟は自己顕示欲の表れだ。
バッグからはみ出たバインダーを見るに、フルコミッションの保険営業か。
仕事は上手くいってなさそうだ。

場違いな女児は親を待っているのか。
氷しか入っていないアイスティのグラスの水滴を指でなぞっている。
服装は全身が同一のブランド。
これから会う専務の会社が数年前から力を入れているものだ。
確か、いくつかのデザイン学校で〝甲子園〟イベントをしたとかで、準優勝した目白専門学校チームがデザインしたコーディネートだ。
こんなうらぶれたコーヒー屋よりも、太陽光の指す昼間のフルーツパーラーの方がお似合いだ。

取材だか取り調べだか、某人材会社から来たっていう眼鏡女がぼんやりとした目線を返してきた。
このまま閉店までいて、聞き取った話を文章化するらしい。
眼を隠す長めの前髪、ちぐはぐな印象の赤渕で細くきつめな眼鏡、飾り気のない白のワンピースに持ち物は黒い無地のトートバッグ。
それといって特徴のない〝陰キャ〟女に軽く手を振り返し、笑みを浮かべた。表情はいくら使っても無料だ。

胸ポケットの名刺入れを確認し、チタン合金で組まれた腕時計に目をやる。
19時23分、余裕を持って到着可能だ。

歩き出した矢先に携帯が振動した。
先ほどの仲介者からだ。
俺は嫌な予感に蓋をして〝楽しみで興奮冷めやらぬ個人事業主〟を意識して〝通話〟をタップした。

「ドタキャンです、すみません! 〇〇専務の娘さんが家出したとかで、今からタクシーでお宅に向かうことになって!」

俺は振り上げた拳をそのままに、笑いだすのを堪えて答えた。

「私が力になれるかもしれません、あと5分で着きますので、少々お待ち頂けませんか?」

この課題をクリアすれば、最大級の手土産になる。
上手くすれば、新たに顧客が増えるかもしれない。
運が向いてきた。さっきの悪い予感はなんだったのか。

息を切らしつつ、急いで駆け付けて共感すれば悪い印象にはならないが、頼りがいはなくなる。
腹の底から溢れ出す歓喜を必死で手なずけ、息を切らさないようにゆっくり歩を進めた。

一部上場企業で役員、専務となれば若くても40代後半から50代半ば、つまり娘は10代後半の高校生か大学生だ。
19時30分過ぎに家出が発覚ということは、一度家に帰り、専業主婦である母親とひと悶着あっての無計画な家出だ。
所持金にもよるが、そう遠出もしていないし、事件性も低いだろう。

その年代の若者ならば何らかのSNSをやっているし、特定の友人には情報共有もあるはずだ。
特定も、探索も、さほど難しくはないだろう。

新たな手土産によるリターンを想って速足になるのを我慢し、一言目の挨拶と、落ち着かせるワードを組み上げながら、確実に歩を進めた。

指定された場所にはすでにタクシーが止まっていた。
表情を作り、軽く髪を乱して小走りに近づく。

仲介者は乗らずに外で待っていた。脂の乗ったやり手の40代ビジネスマンらしく、高そうなブランドのスーツにダブルのスラックス。
袖にはゴールドのカフスが街灯に照らされて反射している。
シルクの高級ネクタイはひん曲がっていて、彼の大粒の汗を吸い取っていた。

緊急時の挨拶を交わしていると、タクシーのドアが開く。
乗車している〝20代後半から30代前半にしか見えない若い女〟は身を乗り出して、不安そうに首元を片手で抑えつつ、俺と目線を交差した。

瞬間、先ほどの携帯が振動した直後に感じた〝嫌な予感〟が何倍にもなって背筋を撫で上げた。

性別も違えば、予測が20歳分もズレている。
娘の年齢も、良くて10代に入ったばかり……事件性が生じる。

となれば、制限された携帯しか持たされていないはず……GPSが機能していれば、母親はこんな表情にはならない。
連絡手段を持っていない可能性が、高い。

焦っていたせいか、少ない情報だけで諸々を断定してしまった自分を呪った。
情報屋が情報に踊らされる時は、必ず落とし穴に嵌るものだ。
俺は一度だけ息をのみ込み、ゆっくりとネクタイを外しながら、用意していた声をかけた。

もう二度とごめんだ、と心の底から叫ぶことになる、長い夜が始まった。

(いや、続きませんけどね。半分フィクションですし)

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