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局面に無駄なストーリーを込めた犬「盤上の犬」

前書き

鷺宮ローランさんの企画「無駄スト」に文章を投稿したところ何やら褒めていただき、一応優勝ということにしていただきました。
他の方も素敵な文章を投稿されていた中で評価して頂いてとっても嬉しいです。もったいないのでnoteにも投稿しておこうと思います。とっても恥ずかしい内容だけど良かったらスキ押していってくれよ。

鷺宮ローランさんのyoutubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCARCt28ErCVtkv1SyZKBe6w

同Twitter
https://twitter.com/SaginomiyaL

読んでいただいた僕の文章の回
https://www.youtube.com/watch?v=cH5e9QYtnNQ&t=8s

本文

盤上の犬

二人零和有限確定完全情報ゲーム、気に入らない言葉だ。
将棋には絶対的な手順があって、最善手は局面につきひとつだけらしい。

そんな風に言われると「お前たちがやっているのは、不完全なことなんだよ」と言われている気分になる。認めたくない。完全でありたい。

しかし対局の終盤、形勢が悪いと「間違えろ!」と思いながら指す。完全では困る。
きっと相手も逆の立場なら、思っているんじゃないかと思う。

大学を卒業する日が来た。ここは地方のバカ大、将棋なんて流行らない。将棋部とは俺と、副部長を任せていた後輩、この二人ということだった。名誉のために断っておくが、部員自体は10人ちょっといたと思う。バカばかりだった、簡易書体のと金みたいなやつらだ。

俺がいなくなればこの将棋部は無くなるとわかっていた。俺はカリスマだから。
だから、ここでの将棋を1つ、なにか証明しなくてはいけなかった。

だけど不完全な将棋を指す訳にはいかなかった。俺たちがやってきたことが不完全だなんて言われたくなかったから。完全な将棋を指したことなどないのに。

俺はどうすればいいかわからず、盤を挟んでしまった。副部長は怖い顔をしている。こいつはナマイキだから、俺と指すときはいつも俺のことを殺そうって思ってる。そんな顔をしている。

俺が先手だった。2六歩、副部長は四間飛車党、角交換型も下手くそだが指してくる。損にならない初手。まだ将棋は完全だろうか。
俺たちが意地を張りたくなるのは自信がなかったからだ。俺たちはゲロを吐くような気持ちで戦っていた。内容は精々アマ三、四段の棋譜の癖に。

二手目3四歩、当然だ。俺はこいつが二手目にこう指すことを知っている。将棋はまだ完全だろうか、もしかしたらこの局面は既に終わっているんだろうか。俺はこの将棋にそんな議論を持ち込みたくなかった。この将棋は将棋の将棋じゃなく、俺たちの将棋にしたかった。
俺も副部長も、実家に金はなく、奨学金で大学に通っていた。カジる脛はなく、社会に放り出されることは荒野に捨てられることのように感じていた。俺たちの代わりはきっといくらでもいる。俺たちの存在を担保してくれるものなんて無いと思っていた。

三手目7六歩、角道を開けた。悪手なのかもしれない。激しくなる可能性もある、奇襲を仕掛けてくるかもしれない。
存在を保証する方法を、俺たちは1つしか知らなかった。戦うことだった。相手の存在を否定することで、相対的に自分の存在を証明できるんじゃないかと思っていた。だから身の丈に合わない遠吠えを盤上に叫んでいた。悪手を指すことは即ち、自分の存在を否定することだ、悪手を指してしまうことが怖かった。そしてきっとこの将棋でも悪い手を俺たちは指す。なんなら既に指している。

四手目4四歩、悪手だと思う、根拠なんてない。自分の将棋感に合わない手は否定しなければいけない。俺が存在するために。しかしどうやったら咎められるかわからない。
候補手はまずは4八銀か、普通だな。
3八に上がる方が主張性は高い、5七銀型はどうも趣味じゃない。しかし駒は中央に使いたい、端に向かうのは生理的嫌悪感がある。
6八玉と上がるか?強気だ、8四を突かれたらどうなるんだろう、さっぱりわからない。考える気にもならない。
将棋指しが対局前に相手に礼をするのは、相互依存だと思う。相手がいなくては戦えない。これは博打だ、相手を消すために相手を探している。自分が消されるかもしれないのに。
将棋部はそんな灰色の場所だったのか、そんなことを俺は認めない。俺たちはここに依存してなどいない、愛しているだけだ。

五手目2五歩、妥協した。向かい飛車にされたとき俺はそれを否定できるんだろうか。わからない。安心したかった、きっと次の手は3三角だ。見えない手が来るのは怖い、当たり前だ、誰でも暗闇の中は怖くて歩きたくない。
俺は否定されたくなかったし、副部長を否定したくなかった。悪手も最善手も指せない。もしかしたらこれは将棋じゃないのかもしれない。こいつはどう思っているんだろう、相手の気持ちを考える。少なくとも2000年は人類が試み、そして失敗していることだろう。俺は俺の中から出ていくことは出来ない。B’zが例えばどうにかして君の中に入っていってその目から僕を見たらいろんなことちょっとは分かるだろう、と歌っていた。出来ないから歌っているんだ。

六手目3三角、普通だ。俺はいいアイデアが浮かんだ。逃げているのかもしれないが、その時の俺には最善手に見えた。俺たちはまだガキだ、大人になるのは怖かった。ただ、大人になった俺たちに賭けてみたくなった。
「封じ手にしよう」俺は言った。「お前も卒業して、お互い大人になったら続きをやろう」副部長は普段の笑顔で「そうしましょうか」と言った。こいつも怖かったのかもしれない。
(局面図は封じ手、後手3三角まで)
ここは地方のバカ大将棋部、殺伐とした戦いをやるような場所じゃない。俺たちには俺たちの将棋がある。吠えるだけだった俺たちは、この日について言えば大人しく待て、が出来た。

封じ手はその辺に散らばっていたレポート用紙をちぎって、符号だけ書いた。4八銀、並みの手。中古屋で買った簡易書体の駒が入った箱、その底に封じ手用紙を入れて副部長にくれてやった。俺たちの存在がその駒箱には詰まってる、税込み800円くらいだったと思う。ギザギザの銀が愛おしかった、尖ったこいつは相手陣につっこみ、あっけなく散っていくのがいつのもことだった。

この将棋の続きはお互い大人になって、「この局面は互角だな」と言えるようになってからにしようと思う。

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あとがき

いかがだったでしょうか、概ね実際にあった話をベースに書きました。創作部分は僕は別に簡単に銀損したりしないので、あっけなく散った銀は蛇足だったなと反省しています。レポート用紙のくだりはホントの話ですよ、その時は局面図を書かないといけないことをうっかりしていましたが・・・
最後になりますが、鷺宮ローランさん、ご覧いただいたみなさん、ありがとうございました。またなにかでお目にかかりましょう

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