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賽の河原も令和だからさ 3話 「親が子を想うのは当たり前じゃないんだからさ」

 Demon Gameが新潟・青森拠点で導入されると、そのゲーム性の高さに三途川界隈で激震が走った。
 まず、賽の河原へと強制送還された子どもたちは何も知らぜずに放置する。その人数は時期によって異なるが、多いときは一度に十人程度。わけも分からずにさせておくことで、ここは現世なのか異世界なのかを曖昧にした。最初のオリジナルの鬼が登場して一人目の犠牲者が出るまでの様子は、まさにデスゲームの緊張感そのものだった。一緒に困難を乗り越えようと意気込んでいた矢先、登場した鬼に一気に空気を変えられるという演出は子どもたちを恐怖に陥れた。
 さらに親役に与えられる逃亡用アイテム制度や鬼の動きを止められる特殊能力制度の導入がアクセントとなり、単なる石積みを強いられるよりも遥かにドラマチックな展開が見受けられた。親役は子役を守りきれなかったときに強い喪失感を抱き、子役は二度死ぬ苦しみと親役を残して死ぬ痛みを味わう。どちらの役になっても、クライマックスで現世にいる自分の親心と向き合うことになった。

「最後に菩薩さんが鬼の所業を静止して、ババーンと救っていく瞬間は最高だよなあ。鬼くんがライティングだけじゃなくて脚本演出もできるとは恐れ入ったよ。他拠点への展開も導入が決まっているし、大ヒットおめでとう」
 
 カランとグラスを当て合うと、閻魔部長が熱々の銅を喉に流し入れる。熱い熱いと喉を焼きながら、鬼瓦の成果を讃えた。鬼瓦は飲み干して空いたグラスに鬼ころしをトクトクと注いだ。
 
「青森拠点でも一定の成果が報告されているようですね。恐山ならではの特殊効果も使用できますし、あっちのクリエイターチームとも一応連絡とってます」
「三途川界隈の風向きを完全に変えたよ。菩薩さんから追加の資金調達決まったのは鬼瓦のおかげだ。さあ今日は飲め、飲まないと地獄行きだあ! ガハハ!」

 しかし豪快に顎を開けたまま、閻魔部長が我に返ったように「あ」と声を漏らす。

「そういえば何人か、鬼ごっこで親と向き合わない人間がいるらしいじゃないか」
「ええ。どこの拠点のゲームでも、ひとり以上はいるみたいですね」
「どうするんだそいつら。Demon Gameを最後まで生き残った奴らだろ?鬼に食われた子どもと、親役を通じて反省した子どもは菩薩さんが救って退場するからいい。だが、親心に向き合わない連中は賽の河原に留まり続けてしまう。いくらなんでもずっと河原で遊ばせているわけには行かないのでな」
「すみません。私の企画には穴があったようで。しかし大丈夫です、各所で調整済んでます」
「話が早いな」
「全国大会じゃないですけど。Demon Game Finalと称して各所の生き残りを別のステージへ進めるだけです。そこで、本人の過去を含めて掘り下げてでも向き合ってもらいます」
 
 鬼瓦はグラスに入った酒を一気に飲み干すと「ではその企画会議があるので、これで」と立ち上がった。

「仕事熱心な部下を持って助かってる」
「任せてください。あの『鬼畜の餓鬼』と手を組んでシナリオを用意する予定です」
「かつての敵と手を組む……アツい展開。菩薩さんが喜びそうだ」

 
 ■

 
 Demon Gameで成仏できなかった十名の少年少女たちが、日本三大霊場のひとつ――恐山に集められた。
 どいつもこいつも、生き残るようなやつは面構えが違った。最終的に成仏してくれなければクライアントだけでなく我々も困る。
 その中で、見覚えのある顔がいることに気づく。

「君は確か、リセマラの」
「ああ鬼さん、お久しぶりですね」

 鬼瓦にプレゼン大会を企画させるきっかけを与えた石積みリセマラ少年がそこにいた。石積みをクラフト系ゲームだと言っていたが、鬼ごっこでも生き残ってしまっていたとは。

「どうして」
「どうしてとは?鬼ごっこで勝ち抜いただけですよ」
「いや、わかってる。すまない」

 今ここにいる彼らは、鬼ごっこで何も感じなかった子どもたちだ。相手にとって不足なしである。
 
「ねえ鬼さん、僕らを集めて次は何をするの」
「また鬼ごっこさ」
「親役と子役に分かれて三日三晩走り回って、捕まった子が鬼になって、それまで一緒にいた僕らを襲ってくる。目の前で食われた子を何人も見た。あんな地獄ったらないよね」
 
 少年はうっすらと笑みを浮かべたあと、すぐに退屈な動画を見るかのような黒い目を鬼瓦に向ける。

「――でも、僕たちのような最後のひとりになった子にご褒美はなかった。不思議だなあと思ったんだよね。だから考えたんだ、ペナルティは生き残った僕らに与えられるんだって」

 少年の言葉を聞いた他の少年少女たちが鬼瓦に視線を送る。

「けっ、じゃあ何?俺たちまだここでバトルするわけ?」
「えーっ、もうずぅっと河原で飽きてきちゃった」
「他の奴らは泣いて怖がってたけど、俺らはもう意味ねえって分かれよ運営!」

 一斉に不満を垂れ流す十名の少年少女たちが足元に転がっている石を蹴り飛ばす。石つぶてが鬼瓦の脚や腰に当たった。それを皮切りに、鬼瓦は少年少女から距離を取ってアナウンスする。

「安心してくれ、今回の鬼ごっこは特別ゲストを用意した」

 鬼瓦は両手をピタと合わせて何かを唱え始める。恐山でしかできない芸当を見せてやろう。
 背後から、鬼ごっこのために駆けつけた十体の鬼が何もないところから現れる。間髪入れずに、ずらり並んだ屈強な鬼たちに日和ることなく威勢のいい少年が軽口を叩いた。

「へえ、今度は初期鬼が多いってわけ?俺たちゃ逃げ方は身体に叩き込まれてるぜ」
「いいやそれじゃあ面白くないでしょ。特別ゲストはこっちさ」

 十体の鬼と鬼瓦が息を合わせて手を合わせる。その仕草はまるで――「口寄せだ!」と誰かが叫び、少年少女たちが一斉に警戒態勢を取る。
 
「いいねえさすが現代っ子は鋭い!これが今回の目玉、恐山の逆口寄せだ」

 十体の鬼が大きな煙に巻かれ、さきほどまで大きかった鬼の影が消える。風吹き煙が消える頃、少年少女たちは言葉を失った。

「おかあ……さん?」
「はっ、嘘だろ。これが俺たちへの罰ってことかよ」

 何度目をこすっても同じだ。

「その通り。今回の親役は、君たちの親本人だ。ちなみに親御さんはまだ死んでいない。生霊として合意を取ってここに来てもらってるだけだから安心してね」
「おい! まだってなんだよそれっ、俺のとーちゃん殺す気かよ!」
「そのままの意味だよ少年。これまでも見てきたでしょ。食われたら鬼になる。それだけさ」
「外道が……!」
「鬼に外道は褒め言葉。さて諸君、鬼ごっこ――子を捕ろ子捕ろの始まりだ。ルールはかんたん、親は鬼から子を守れ。制限時間は三日、それまで生き残っていた子は特別に天国へ。親は現世へ返してやろう」
「えっ、普通は子どもも現世に戻すでしょ」
「甘えるなクソガキども。君たちはとっくの昔に死んでいる。親御さんはどうしても君たちに会いたいと、命をかけてここにきた。じっくり親子で逃げ惑うといい」

 最初の鬼は初期地点から動かずに待つというルールは踏襲し、十二時間分の猶予を与えた。河原には隠れる場所は岩陰くらいしかなかったが、敷地の広大さを利用して鬼から身を隠すことは可能だった。
 本当の親が目の前に現れた少年少女たちは、明らかに目を泳がせたまま黙っていた。しかしそれはものの数分で、一度目が合うとあっという間に感情のダムが決壊した。「会いたかった」「勝手にいなくなってごめん」「絶対に生き残ろう、今度は死なせたりしない」そんな強い気持ちが九組の親子から溢れ出る。
 
「九組、だと?」
 
 逆口寄せを実行して様子を見守っていた鬼瓦が一番驚いていた。親が一組分足りないではないか。現世の親は望めば子どもにもう一度会える。その手で、今度は子どもを地獄行きから守れるかもしれない。死なせてしまった後悔を持った親が、その機会を逃すなどありえないと思っていた。
 胸騒ぎがした。見渡して、今頃一人になっているであろう子どもを探す。
 鬼瓦は見つけて近寄ると、彼は澄ました顔で言った。

「この鬼ごっこ、きっと残るのはまた僕だろうね。鬼さん」

 自分のプレゼン企画の甘さを痛感する。
 親が子を想うのは当たり前じゃない。こんなもの、多様性のかけらも考慮していない古臭い発想じゃあないか。

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