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シナリオ「君の地獄を僕にくれ」

 登場人物
山田明日羽(25)イベント会社社員
池内マコト(31)煉獄のギター
長見大悟(31)煉獄のベース
松島伊織(26)煉獄のドラム
長谷川勇気(26)煉獄のボーカル
川島晴夫(41)イベント会社社員
怪獣
女性司会者
子供達

①テレビの中
   怪獣が吠えながら町を破壊していく。
   粉々になるビル。

②明日羽の部屋(夜)
   暗い部屋の中、TVだけがついている。
   山田明日羽(25)TVを観ている。
明日羽「怪獣は、いいなあ」
   明日羽、ベッド際に置いてある怪獣の   
   フィギュアを手に取る。
明日羽「うちの会社も、上司も、粉々にしてくれないかなあ」
   明日羽、手にしたフィギュアを操りながら、怪獣の鳴き真似をする。
   だんだん大きく、やがて恐ろしい唸り声になっていく。 
   明日羽、ひときわ大きな声で叫ぶ。
   隣の家から壁を殴る音。
明日羽「ごめんなさい!」
   明日羽、慌てて壁に謝る。
   テレビの中では怪獣が吠えている。
   咆哮に被せるように、ブラストビートと重いギターリフが流れる。

③ライブハウス
   デスメタルバンド「煉獄」がパフォーマンスを行っている。
   ドラム、松島伊織(26)
   ベース、長見大悟(31)
   ギター、池内マコト(31)
   それぞれが技術の粋を尽くして演奏している。
   ボーカル、長谷川勇気(26)が叫ぶ。
   が、いまいち迫力が無い。
   マコト、ギターを弾きながら長谷川を睨みつける。
   長谷川はマコトの視線に気づかず、笑顔でピースサインを出す。
   マコト、長谷川を睨み続ける。

④駐車場(夜)
   長見と松本、機材車に乗り込んでいる。
   長谷川は手ぶら。マコトはギターケースを背負っている。
長見「じゃ、お疲れさん」
松本「明日のスタジオ、遅れんなよ、長谷川」
長谷川「お疲れーす」
   長見と松本を乗せた機材車、駐車場を出ていく。
長谷川「マコトさんどうします?」
マコト「長谷川」
   マコト、長谷川の顔を見据える。
マコト「貴様に話がある」
   長谷川、首をかしげる。

⑤制作会社
   雑居ビルの一室にあるイベント制作会
   社のオフィス。
   特撮ヒーロー「マイティセブン」のポ
   スターが壁に貼られている。
   明日羽、両手に重たい荷物を提げて、   
   泣きそうな顔でオフィスを後にする。

⑥路上
   雑居ビルの前に止まっているハイエー
   ス。その傍らで川島晴夫(41)が煙草をくわえている。
   川島、ビルから出てくる明日羽を見つける。
川島「山田! 早くしろ!」
明日羽「すみません、これ、重くて……」
   明日羽、よろけて躓く。
   路上に叩きつけられる荷物。
川島「あーっ!」
   川島、煙草を捨て、慌てて荷物の方に
   駆け寄る。
   明日羽、痛くて顔をしかめている。
川島「何してんだバカ!」
明日羽「すみません……」
川島「サンプラーが壊れたらどうするつもりだ! 責任とれるのか!」
明日羽「はい、すみません」
川島「もういい、早く乗れ!」
   川島、機材を心配しながら車へ向かう。
   明日羽、手のひらを見る。
   ひどく擦りむいている。
   明日羽、泣きそうになるが、こらえて  
   車へ向かう。

⑦スタジオ・外
   地下へ続く入り口。

⑧スタジオ
   狭苦しいスペース。
   長見と松島、向かい合って座っている。
   マコト、背を向けて、アンプにつなげ 
   ていないエレキギターを弾いている。
長見「長谷川をクビにしたのか!」
松島「マコトさんに聞いてくださいよ」
長見「辞めたボーカル、これで何人目だ」
松島「九人めっす」
長見「野球チームじゃねえか。おいマコト! お前なに考えてんだ!」
   マコト、答えない。
長見「どうするんだよ、次のライブ」
松島「伝手、辿ってみますよ」
長見「悪いな」
松島「もうそろそろ辿る伝手、無いですけど」
長見「ほんと、悪いな…」
   長見、天を仰ぐ。
長見「なあマコトよ、何が不満なんだよ」
   マコト、立ち上がり振り返る。
マコト「地獄だ」
   マコト、両手を広げる。
   たじろぐ長見と松本。
マコト「憎悪や悔恨、悲哀、そういったもの
 がない交ぜになった、地獄からくる叫びだ 
 ……あの男には地獄がなかった……」
長見「そうなのか?」
松本「普通のフリーターでしたからね」
マコト「僕の煉獄に、半端な叫びはいらないんだ……」
   マコト、ドアに向かい歩き出す。
長見「おい!」
松島「どこ行くんすか」
   マコト、長見と松島を睨みつける。
マコト「バイトだ」
   マコト、スタジオを去る。
松島「……マコトさんのバイトって何ですか」
長見「清掃業」
松島「めっちゃ人の為になる仕事ですね」
   長見、鼻で笑う。

⑨デパート屋上
   親子連れでにぎわう屋上遊園地。
   抜けるような青空。
   清掃員の制服姿のマコト、働いている。
   × × ×
   『マイティセブン ヒーローショー』
   の看板。

⑩ステージ裏
   着ぐるみやスタッフが往来している。
   明日羽と川島晴夫(41)、怪獣の着ぐるみに頭を下げている。
怪獣「おい、どういうことだ!」
川島「申し訳ありません。山田! 説明しろ」
明日羽「その、サンプラーが壊れてまして、鳴き声が、出せないんです」
怪獣「どうすればいいんだよ」
川島「どうでしょう、ここはひとつ、地声で吠えていただく、というのは」
怪獣「できるわけないだろ!」
川島「え、何ですか?」
怪獣「この距離で聞き取れないだろうが!俺が叫んでも無理なんだよ」
川島「ああ、どうしましょう」
怪獣「知るか! 怪獣に聞くな! そちらさんで何とかしてくださいよ」
川島「……山田!」
明日羽「はい!?」
   川島、マイクを明日羽に渡す。
川島「お前、怪獣の声やれ」
明日羽「えっ私? 私がですか?」
川島「忘年会でやってたじゃねえか」

⑪忘年会会場・回想
   明日羽、酔っぱらっている
明日羽「えー次は、冷凍怪獣ぺギラの泣き声」
   明日羽、絶叫する。
   会場の誰も聞いていない。
   明日羽、吠え続ける。
   回想おわり。

⑫ステージ裏
   明日羽、マイクを川島に返そうとする。
明日羽「川島さんがやって下さい!」
川島「お前に俺の仕事ができるのかよ」
   明日羽、言葉に詰まる。
川島「少しは役に立ってみろ、のろま!」
   川島、立ち去る。
   明日羽、途方に暮れて立ち尽くす。
   怪獣、明日羽の肩を叩く。
⑬ヒーローショー会場
   たくさんの親子連れでにぎわう客席。
   舞台上に司会のお姉さんが登場する。
司会「みんなー! こーんにーちはー!」
子供達「こーんにーちはー!」
   × × ×
   清掃員姿のマコト、ヒーローショーを  
   睨みつけている。
マコト「正義のカリカチュア……欺瞞に満ちた猿芝居……喚き散らす衆愚ども……覚えているがいい、いずれ血も凍る裁きが……」
   掃除婦、マコトに声をかける。
掃除婦「ちょっと、池内さん! また地獄観
 てるの? 手を動かしなさい、手を」
   掃除婦、去っていく。
   マコト、しぶしぶ働き始める。
   × × ×
   舞台裏。
   明日羽、マイクを握りしめている。
明日羽「なんで私が、こんな目に」
   怪獣、歩み寄ってくる。
怪獣「そろそろ出番だ」
明日羽「えっ、何ですか?」
怪獣「そろそろ出番だ!」
司会の声「今日は、マイティセブンに会いに来てくれてありがとう!」
   × × ×
   司会が舞台上から子供達に呼びかける。
司会「それじゃあみんなで、マイティセブンを呼ぼう! せーの!」
子供達「マイティーセブーン!」
   おどろおどろしい音楽。
   × × ×
   明日羽、大きく息を吸い込む。
   × × ×
   舞台上に怪獣が現れる。
   子供達、歓声を上げる。
   怪獣、見栄を切る。
   地獄のような恐ろしい吠え声。
   × × ×
   マコト、目を見張る。
マコト「これは……!」
   × × ×
   明日羽、マイクに向かい吠え続ける。
   × × ×
   客席の子供達、次々と泣き出す。
司会「み、みんな、大丈夫だよ。マイティセブンが助けてくれるからね。それにしても怪獣さん、ちょっと吠え過ぎだね。ちょっと?怪獣さーん?」
   止まない咆哮。
   泣き喚く子供達。
   マコト、大きく両手を広げる。
マコト「地獄……!」
   マコト、うっとりと呟く。
   × × ×
   明日羽、撤収作業に追われながら、溜
   息をつく。
マコトの声「おい」
   明日羽、振り返る。
   黒づくめの私服姿のマコトが立ってい 
   る。
明日羽「何でしょうか」
マコト「さっきのショーの怪獣の声」
   明日羽、即座に頭を下げる。
明日羽「ごめんなさい!保護者様ですね」
マコト「え?」
明日羽「お子様を号泣させてしまい、誠に申し訳ございませんでした!」
マコト「いや、そうではなく」
川島の声「山田!」
   明日羽とマコト、声がした方を見る。
   川島、イライラと立っている。
川島「何してんだバカ! 謝りに行くぞ!」
明日羽「はい!」
   明日羽、マコトに頭を下げ、川島のほうへ走っていく。
   明日羽が川島に頭を下げている姿。
   マコト、立ち尽くしている。

⑭明日羽の部屋(深夜)
   明かりが点く。
   明日羽、着替えずにベットへ倒れ込む。
   散らかった床。
   洗い物のたまったシンク。
   床に転がっている怪獣のフィギュア。
   明日羽、枕を顔に押し付け、叫ぶ。
明日羽「あああああああああああ」
   隣から壁を連打する音。
   明日羽、枕を顔に押し付けたまま呟く。
明日羽「地獄だ……」
   明日羽、より一層強く枕を顔に押し付ける。

⑮スタジオ
   マコト、長見と松本に、スマホの画面を観せている。
   表示されているのは怪獣の画像。
松本「あの、マコトさん、これ何すか」
マコト「次のボーカルだ」
長見「よし分かった、脱退する」
   長見、立ち上がる。
松本「待ってください!マコトさん、うちコミックバンドになるんですか」
マコト「この怪獣の声だ」
松本「は?」
マコト「バイト中に聞いた。苦痛と怒りが混交された絶叫。まさに地獄の呼び声だった」
長見「……合成音声だろ」
マコト「20代の女性の声だ」
松島「なんで分かったんですか」
マコト「冥府からの因縁だ」
長見「要するに偶然だろ」
   マコト、頷く。
松島「でも、どうやって探します?」
マコト「あれほど呪われた魂なら、いずれはめぐり逢えるだろう……」
長見「待てるかよ。ライブは二週間後だ」
   長見、電話を取り出す。
長見「相手が人間なら、探しようがある」
   長見、電話をかける。
長見「もしもし? おい、どういうつもりだコラア!?」
   長見の怒声。
   松本とマコトが身をすくませる。

⑯制作会社
   明日羽、縮こまっている。
   川島、机を強く叩く。
川島「どうするんだ!」
明日羽「すみません!」
川島「デパートに苦情が来たぞ! この間のヒーローショー、怪獣の声が怖すぎて、子供がずっと泣き叫んでるって!」
明日羽「すみません!」
川島「物凄い剣幕だったらしいぞ。ええ?どうするんだ!」
明日羽「本当に、申し訳ございません!」
川島「俺に謝っても仕方ないだろう。山田、おまえ、謝罪しに行ってこい」
明日羽「川島さんは、来てくれますか」
川島「ああ!? なんで俺が行くんだよ! 全部お前のせいだろうが!」
   明日羽、頭を下げ、立ち去る。

⑰ラーメン屋
   長見と松本、カウンター席に並んで、
   ラーメンを食べている。
松本「長見さん、マコトさんと組んで長いんですか」
長見「いきなり何だよ」
松本「聞いたことねえな、と思って」
長見「5年くらいかな」
松本「マコトさんと5年か、すごいっすね」
長見「どういう意味だよ」
松本「だってあの人、注文多いし演奏に厳しいし、たまに何言ってるか分からないじゃないですか」
長見「もしかしてお前、辞めるつもりか」
松本「いえ、全然」
   松本、丼からスープを飲む。
   長見、松本を見ながら、
長見「何言っているか分からなくても、格好いいのがデスメタルだろ」
松本「確かに。煉獄は特に格好いいです」
長見「マコトに言ってやれ」
松本「あの人、笑うと可愛いですよね」
長見「それ絶対、本人に伝えるなよ」
松本「なんで?」
長見「昔、それ言ったら、一か月無視された」
松本「……よく5年もやってられますね」
長見「煉獄は格好いいからな……行くぞ」
   長見、松本、席を立つ。
長見「そろそろ、怪獣がスタジオに来る頃だ」
   長見と松本、店を後にする。

⑱路上
   明日羽、スーツ姿で、菓子折りの袋を  
   提げて歩いている。
明日羽「……ここ?」
   明日羽、スマホとスタジオの入り口を  
   見比べて、地下への階段を下りていく。

⑲スタジオ
   長見と町島、明日羽を取り囲み、じろ
   じろと見ている。
   明日羽は震えている。
明日羽「この度は……私めのせいで、お子様を号泣させてしまい、申し訳ございませんでした……」
   マコトは椅子に座り足を組んでいる。
松島「本当にこの人なんですか?」
長見「イベント会社が嘘ついてなければな」
松島「そんな怯えなくて、大丈夫っすよ」
   松島、手を振ってみる。
   明日羽、反射的に菓子折りで身を守る。
松島「マコトさん、説明してあげて下さい」
マコト「我々は、煉獄」
   マコト、両手を広げる。
マコト「退廃と死を崇め、欺瞞に満ちた世界を憎む、暗黒音塊を生み出す悪魔的集団だ」
明日羽「ごめんなさい……ごめんなさい……」
長見「おい、泣いちゃうぞ、この人」
松島「マジで可哀想っすね」
明日羽「ごめんなさい……許してください…
 …何でもしますから……」
マコト「言ったな」
   マコト、マイクを顎で示す。
マコト「吠えろ」
明日羽「えっ?」
マコト「お前が屋上で出していた怪獣の声。
 あれを今、ここで、出して見せろ」
明日羽「え、いや、無理です無理です! 必要に迫られてやっただけなんです」
マコト「やれ」
   明日羽、しぶしぶマイクを握る。
マコト「あの怪獣を、あのまま、やれ」
   明日羽、目を瞑る。
明日羽「怪獣、私は怪獣……」
   明日羽、大きく息を吸い、吠える。
   長見と松島、目を見張る。
   明日羽、吠え続ける。
   マコト、ひとつ頷く。
   明日羽、吠え終わり肩で息をする。
明日羽「えー、以上、です」
   沈黙。
   長見と松島、マコトを見る。
長見「おい! すげえな、こいつ!」
松島「おれ、感動しました! めっちゃいいデス声ですよ!」
   松島、明日羽に向きなおる。
松島「マジですげえっす!」
明日羽「え、えーと、ありがとうございます」
   マコト、明日羽に歩み寄る。
マコト「名前を利かせてもらおうか」
明日羽「山田、明日羽です」
マコト「明日羽、僕はこれを運命だと思って
 いる。君の咆哮は本当に素晴らしい。底知
 れぬ絶望、怒り、悲しみを感じさせる叫び
 声だ」
明日羽「そうなんですか?」
マコト「君の声をずっと探していた。明日羽、
 君の地獄を、僕にくれ」
   マコト、明日羽に手を差し伸べる。
   明日羽、マコトを見、突然涙をこぼす。
松島「えっ何で? 今ので泣けます?」
明日羽「ごめんなさい……人から、必要とさ
 れたのが、本当に久しぶりで……」
長見「つらかったんだなあ」
明日羽「そうなんです……」
   松島、ポケットティッシュを差し出す。
松島「あの、これ、よかったら」
明日羽「ありがとうございます……皆さん、本当に良い方々ですね」
   明日羽、鼻を噛む。
   長見と松島、顔を見合わせる。
長見「良い方って言われたぞ」
松島「俺ら悪魔的集団ですよね」
明日羽「それで、そのう」
マコト「どうした」
明日羽「私は、何をすればいいんですか」
   全員、キョトンとする。
長見「あーそっか、伝わってなかったか」
松島「ええとですね、俺らバンドなんですよ。
 で、最近、ボーカルが脱退しちゃいまして」
明日羽「そうなんですか、早く見つかるといいですね」
松島「いや、いま見つかったんすよ」
   明日羽、ややあって自分を指さす。
明日羽「私!?」
松島「お願いします!」
明日羽「無理です無理です! 人前で歌った
 り踊ったり、そんなことできません!」
マコト「そんなことは望んでいない」
明日羽「じゃあ、何を」
マコト「吠えて、暴れろ。以上だ」
明日羽「……怪獣じゃないですか」
   松島、ドラムセットの椅子に座る。
   長見、ベースを構えている。
   マコト、ギタースタンドからギターを  
   取り上げ、アンプにシールドを差す。
マコト「こんな世界、粉々にしてしまおう」
明日羽「やっぱり、怪獣じゃないですか」
   明日羽、涙を拭きながら笑う。
   松島のカウント。
   煉獄が演奏を始める。
   ブラストビートと重いギターリフ。
   マコト、明日羽に向かって頷く。
   明日羽、マイクを掴み、吠える。 【終】

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