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シナリオ「猟奇の住む家」

登場人物
川田時子(32)主婦・作家
川田浩二(33)会社員
川田ミエ(62)無職・浩二の母
記者たち
司会

①川田家・外観(朝)
うらぶれた建売住宅。

②川田家・台所(朝)
川田時子(32)、朝食を作っている。
味噌汁の入った鍋が二つ。
時子、溜息を吐く。

③川田家・ダイニングルーム(朝)
川田浩二(32)、時子、川田ミエ(62)3人の食卓。
川田は新聞を読んでいる。

川田「今日、晩飯いらないから」

川田、新聞で顔を覆う。

時子「忙しいの」
川田「うん」

黙々と食事をとるミエ。

時子「飲み過ぎないでね」
川田「最近、接待が多いんだ」
時子「体調管理には気をつけないと」
ミエ「あら、それは貴女の務めでしょう?」

硬直する時子。
ミエ、おどけたようすで、

ミエ「なんてね、ドラマみたいだった?」
時子「やめてくださいよ、おかあさん」

ミエは朗らかに、時子は卑屈に笑う。

ミエ「浩二も時子さんに甘えちゃダメよ」
川田「分かってるよ」
ミエ「あなたもお味噌汁、減塩にしたら?時子さんがわざわざ作ってくれるんだから」

川田、答えない。

ミエ「時子さんの手間も省けるでしょう?」
時子「手間だなんて、そんな」
ミエ「いいのよ、私も主婦だから。分かってるから。専業主婦でもそれなりに忙しいものね。分かってるから」
時子「ありがとうございます」
ミエ「子供がいたらもっと忙しくなるしね」

ミエ、にっこり笑う。

時子「そしたらお母さん、晩御飯、どうしましょうか」
ミエ「いらない」
時子「え」
ミエ「町内会の打ち合わせがあるから、外で食べてくるわ」
川田「また旅行かよ、いい身分だな」
ミエ「日帰りだし予算も知れてるわ、それに」

ミエ、時子を一瞥する。

ミエ「パソコンよりは安いわよ」

時子、ミエから目を逸らす。

川田「母さん、何度も言っただろう」
ミエ「個人情報でしょ、わかってるわよ、ごめんね、古い人間で」
時子「もう、やめてくださいよ」

ミエ、時子、わざとらしく笑う。

④川田家・台所(夜)
コンビニ弁当の空き容器が、ゴミ箱へ荒っぽく投げ込まれる。

⑤川田家・ダイニングルーム(夜)
ノートパソコンと向き合う時子。
無表情の時子の顔がモニターのバックライトに照らされている。
原稿用紙モードの画面。何も描かれていない。
キーボードの音。
「殺人」の二文字が入力される。
次々と文字を打ち込む時子。
「殺人を表現技法だと言い張る彼の芸術は」
暗い部屋に響くキーボードの音。

⑥記者会見場(夕)
おびただしい数のカメラのフラッシュとシャッター音。
天井からつるされた
「令和ミステリ大賞 授賞式」
の看板。
時子、フラッシュを浴びながら柔和な笑みを浮かべている。

司会「それでは、栄えある大賞を受賞されました川田時子先生へご質問のある方、挙手をお願いいたします」

X X X

記者A「受賞、おめでとうございます。今回初応募での大賞とのことですが、自信はありましたか」
時子「全くありませんでした。賞を獲りたい、という気持ちより、読んでほしいという気持ちが強かったんです」

X X X

記者B「ご家族からはどのような言葉をかけていただきましたか」
時子「実は、小説を書いていることを、全く伝えていなかったんです」

ざわめく会場。

時子「ですから、みんな本当に驚いていました」

X X X

記者C「陰惨な残虐描写が多数あることで、選評が真っ二つに割れたそうですが」
時子「真っ二つに割れた、という言葉も、なかなか残虐ですよね」

笑う時子。
フラッシュとシャッター音。

X X X

記者A「次回作のご予定は」
時子「ええと、出版社様のご意向次第なんですが」

申し訳なさそうな時子。
会場に広がる微かな笑い。

時子「でも、これからも書き続けたいです。トリックもアイデアも、まだまだたくさんありますから」

フラッシュとシャッター音。

⑦書店
時子の受賞作「猟奇の住む家」のハードカバー本が平積みされている。
何人かが手に取っていく。
笑顔の時子が映っている「猟奇の住む家」のポスター。
派手派手しい字体で
「重版出来!」
「あなたは最後まで耐えられるか?」
「令和最凶の地獄絵図!」
といった太文字が並んでいる。

⑧川田家・ミエの部屋
ミエが「猟奇の住む家」を読んでいる。
「焼けただれた顔面」「生きたままのこぎりで」「じわじわ溺れる」といったおどろおどろしい文字列。

ミエの声「お前を殺す方法は、いくらでもあるんだ。これから全部、試してあげる」

本を置くミエ。顔面蒼白。

⑨川田家・ダイニング(夜)
食卓を囲む時子、川田、ミエ。
時子はどこかウキウキしている。

時子「カレーとか作っておこうか?」
川田「いいよ、外で食べてくるから」
時子「おかあさんはどうされます?」
ミエ「わたしも、外で」
時子「そうですか、ありがとうございます」
川田「遅くなるのか?」
時子「どうかなあ、テレビ局の人は20時には終わるって言ってたけど」
ミエ「凄いわね時子さん、まるで有名人みたいじゃないの」
時子「まあ、お母さんったら」

堂々と笑う時子。
ミエ、気おされて目を逸らす。

時子「なるべく早く、帰ってきますね」

笑顔の時子。
川田、場の空気に耐え兼ね新聞を開く。
「猟奇の住む家」の新聞広告。
「地獄絵図」の文字。
川田、新聞を畳む。

時子「賞金、来月入るんですって。税金でだいぶ引かれるらしいけど」
川田「こづかい増やしてくれよ」
時子「もう。じゃあ、そのかわり旅行に行きましょうよ」
川田「それもいいな」
時子「おかあさんも、ぜひ、一緒に」
ミエ「いいの?」
時子「もちろん!瀬戸内海にある小さな島に行きたいんです」
ミエ「島?」
時子「景色もきれいだし、魚も美味しいし、あと、不思議な伝説があるらしくて」
ミエ「伝説?」

X X X
「猟奇の住む家」の一ページ。
「彼らは久しく伝説の犠牲、生贄となったのであった」
X X X

ミエ「いけにえ?」
時子「どうします、おかあさん」

ミエ、うわずった声で

ミエ「わたしはやめておくわ。夫婦水入らずでいってらっしゃい」

ミエ、味噌汁を飲み、顔をしかめる。

ミエ「ちょっと時子さん、これ、しょっぱいわよ」
川田「半分くらい飲んでるじゃねえか」
ミエ「じゃあ何、急に塩分が増えたっていうの?いったいどうやって」

川田とミエ、同時にぎょっとして、ゆっくり時子の方を見る。
笑顔の時子。

時子「成功!よかったですねおかあさん。これが毒じゃなくて」【完】

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