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その9、”それっぽいコミュニティ”ではなく、”確かな文化をつくる”ために

私という存在、媒介者がおらずとも、場に集うそれぞれがそれぞれに反応していった結果「こんな文化ができていた」。そんな光景をつくらないと、本当の意味での持続性が生まれないと思っていた。だから長崎二丁目家庭科室を始めたときから、どんな仕掛けが必要かを日々考え続けていた。
時が経ち、2018年2月ごろ、インタビュアー/IT時代の編集者、くいしんさんのツイートに反応して、こんな返信をした。

文化ってなんだろう。調べていて、今回書きたい内容ととっても近いなと思ったものを紹介します。

「文化」は民族や社会の風習・伝統・思考方法・価値観などの総称で、世代を通じて伝承されていくものを意味する。(デジタル大辞泉の解説)

章立てとしては、①想いと想いを媒介する ②つかず離れずの距離感 ③消滅しないための「文化のアップデート化」 。

①想いと想いを媒介する

少しさかのぼると、soarさんに取材してもらった2017年の6月ごろ、長崎二丁目家庭科室が始まってすぐのときにも、こんな話をしている。

結果としては、この抜粋した一文の通りの結果となり、長崎二丁目家庭科室がなくなったあとも、「シーナの編み物の会」として続いている。


「増えたり減ったりするんだけど、毎回わたしが出欠とって、シーナと一平に伝えてるの。毎月の終わりに、来月集まる日程と、来月何をやりたいか、って話すんだよね。」
「編み物って冬ってイメージあるけど、今は麻を使って編めば、麦わら帽子とか麻のカゴとか作れるし、気付いたらもう秋ごとで、またみんなニット帽とかベストとか、編みたくなってくる季節になるよね(笑)編み物ってハードル高いんだけど、やってみたいと思って飛び込む場所って意外と少ないよね。高い教室通うのも勇気要るし。今まで気になってました〜っていう子連れの方もいてね〜 (続く)」(若林さんとの話の様子。)

まちの作り手たちの広がりと創作意欲は止まらない。本当に素晴らしいことだと思う。とっても大好きな方たちの集まり。


少しだけ人より得意なことは、他の人にとって立派な先生もしくは指南役として機能していく。だけどあんまり人におおっぴらに話をするきっかけもないだろうから、私がしたことといえば、「こうあったらイイな」という時に潜在化、時に顕在化しているその想いと想いを、そっとつなげる役割をしたに過ぎない。

具体的には、”その人らしさを徹底的に聞き出し、役割を持てる場を長崎二丁目家庭科室の習いごとの場の先生と生徒役として提供”した。

②つかず離れずの距離感

だけれど、いつも私がいなければ成立しないような流れにはしてはいけない、と思っていた。これは編み物のみならず、他の長崎二丁目家庭科室の習いごとそれぞれに対してだった。(全てにそうして出来たわけでもないが)もちろん、場をきちんと成り立たせるためにいきなり手放しになる必要はないが、集まる人々がそこに大なり小なり意味を見いだし、自分の出来ること小さなことから貢献し始めるように、つかず離れずの距離感を保っていった。

どういう結果を生み出したいかで、日々の接し方はまるで変わってくる。これが自分の家で開催する習いごとなら、しっかりと主導権を握る必要があるし、まちの中に飛び出した家庭科室は、私の主導権なぞはかえって邪魔になる。
いかにこの土地に、それぞれが役割を持ちゆるやかなつながりを持ち続ける文化をつくるかを考えなければいけないのだから。その文化の結果が編み物の創作であったり、縫い物やリメイク文化だったりするのだ。

③消滅しないための「文化のアップデート化」

ちょっと極端かも知れないけれど、これからの地域が”消滅”していかない唯一の手は、コミュニティにとどまらず、「文化をつくること」、そしてその「文化のアップデート化」が出来るか出来ないかが、その土地の命運となるのではないかと思う。

祭りの日などその日は盛り上がるが次の日からはやはり閑散とするまち。既存の地縁コミュニティは担い手不足だと嘆いていることが分かりやすく取りざたされる。そんな時に視点を変えて、出会い方、関わり方に工夫を持たせるだけで、互いに反応しあって生まれる「文化」を、その土地土地で現代のようにアップデートしていくことは必ず出来るのだと思う。

それには、今まで土地に関係したことすらなかった「よそ者」が担えることが多くあるのではないかな。そんなときに、このマガジンで綴っている何かが役に立てばいいな、と願う。

とっても素敵な文化がアップデートされている様子、ぜひ一度、椎名町をのぞいてみて欲しい。

さて、次は最後の更新。何を書くか決めてません。
今、たぶん本でいうと1日一冊ペースで色々なものをインプットしているから、これだ!と思う問いや考え、
何か、福祉の再構築を目指した、小さな実践の何かを、
きちんと綴りきっておこうと思います。

ここまでよんでくださってありがとうございます。

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このnoteは、2018年6月ごろまでの私の頭の中の備忘録です。
自身の生い立ちから有料老人ホームの立ち上げ・運営、
デンマークへの留学、「長崎二丁目家庭科室」の運営などから、
福祉の再構築という大きな問いへの小さな実践を残します。
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私、藤岡聡子については、下記記事を読んでみてください。
・灯台もと暮らし
【子育てと仕事を学ぶ #1 】藤岡聡子「いろんなことを手放すと、生死と向き合う勇気と覚悟がわいてきた
・月刊ソトコト 巻頭インタビュー
・soar
「私、生ききった!」と思える場所を作りたかった。多世代で暮らしの知恵を学び合う豊島区の「長崎二丁目家庭科室」
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