私のこと~元宗教二世のわたしの生い立ち~

こんにちは、夢子です。
わたしは元宗教二世なのですが、似たような境遇で悩む人に伝えたいことがいっぱいあるので私のことも記事にさせてもらいました!

ここではどこの宗教かは伏せておきたいと思いますが、一般的には"カルト"と称される新興宗教の二世でした。
※現在は脱会し、まったく関係のない暮らしをしています。

宗教に対してはニュートラルにとらえています。
ときどき、脱会をすすめているor現在も信仰している(勧誘している)と思われる方もいらっしゃるのですが、まったくそうではありません。

わたしが伝えたいことは、自分の幸せのために何を信じて生きるのかは自分で決めることが大切だということです。

だから宗教二世、三世でも、教義を信じていることですごく幸せな場合は良いんです。

この記事はわたしと同じ悩みを抱えている、または

宗教二世ってどういうものなの?と興味のある方だけお読みいただけたらと思います。


二世の悩みの深さ

わたしは、自分の生い立ちや自分の考えを人に話せるようになるまで、ずいぶんと時間がかかりました。

なぜなら、ずっと悩んでいないふりをしていたからです。
今は実家を出ていて、もう宗教とはなんの関わりもなく4年ほど過ごしていたので、
過去のことはもう忘れたかのように蓋をして、乗り越えた気でいたんですよね。

だけどそのときの自分は、いつもなにかをやらなきゃ、
なにかをつかまなきゃ、とあせりでいっぱいでした。

例えば、今こんな状況で悩んでいる方

・両親が信仰を強要する
・親族の板ばさみになっている
・なんらかの理由で実家から出られない
・まだ未成年で自由に動くことができない
・なんとか脱会したけれど一般社会になじめない

こういった二世の悩みは、それもうほんとうに深いと思います。
悩みごととしてもすごく深いのに、

宗教二世の悩みは人に話しづらく、
たとえ誰かに話しても、理解を得ることがなかなか難しいんですよね。

わたしも昔はおなじ宗教二世同士でさえも、うちとはちがうから分かり合えない><
なんて思っていましたから・・・


わたしの夢とSNSに書く理由

わたしが自分のことをオープンにしだした理由は、
わたし自身が、ずーっと他人の人生を生きてきてとても苦しかったからなんです。

蓋をして乗り越えたふりをして、自分は幸せだよ!と(思いこんでいた)だけで、わたしはわたしの人生を生きられていませんでした。

だからこそ今のわたしの夢は、

①自分の人生を生きて、人生を楽しみつくすこと
②自分の人生を生きる人を増やして、一緒に楽しいことをやり続けることなんです。

そこには年齢も性別も関係ありません。

自分の経験が、似たような状況で苦しむだれかの役に立てたら嬉しいです。
自分の人生を楽しく生きたい人の力になりたいと思ってます^^

いまはわたし自身が幸せだなって感じるのは、

花や緑をみて、きれいだな、とか、
動物をみて、かわいいな、って思えるようになったことです。

自分の人生を生きるって、
夢を追いかける!!ってような大層なことじゃなくって

「今、目の前にある日常のちいさなことにときめきを感じられる心を持てること」
なんじゃないかなって考えてます。

ほんの1年ちょっと前の私は、
もう目の前がいつも靄がかってて、花とか緑なんか目に映らないし、
動物や赤ちゃんをみても、べつにかわいいとかおもわないし
(口ではかわいい~ってとりあえず言う)
そんなことよりも、なにか大きなことをやり遂げないと自分には価値がないんじゃないかと
なにかに脅迫されてるように生きてました。

だけど口ではいつも、「親孝行したい」とか、「誰かのために」とかなんとか言ってたんです笑
今となっては恥ずかしい。そのきれいごとの本音は、親への恨みでしたから。

宗教二世の方は、強烈な恨みになってる方も多いと思います。
どうか、そんな自分を責めないでほしい。

親にこれまでの恨みつらみをぶつけるということではない方法で、
自分を癒していくことはできます。大丈夫です。
(親と向き合うのはいいことですが、感情に任せるのはお互いにいい結果にならないのでおすすめしないです)

親のことが嫌いな自分とか、恨んでる自分って、なかなか許せなかったりすると思うんです。
でもさあ、ちょっと考えてみてほしいんですけど、子供のころって無条件で親のことが好きなものなんだから、
それが恨みになってしまうほど、育っていく過程でよっっぽどのことをされてきたんだよ。って思うんですよね。

だから、どんなでも自分もゆるしてあげてほしいです。


恋愛と結婚

わたしは2017年に最高のパートナーと結婚することができました。

宗教の中にいたころは、強烈なほどに家族愛や夫婦愛を唱えるわりには、まわりに幸せそうな家族や夫婦がおらず、
結婚生活に憧れなんて一度も持てたことがありませんでした。

自由恋愛禁止の教えが厳しかったため、わたしは自由恋愛で結婚なんてしたら、そのうちとんでもない不幸に見舞われるんだと思い込んでいたんです。

わたしは自分の意思とは関係なく決められた相手に、自分の人生を捧げて生きるのだと早い段階であきらめていたんですよね。

また、幼少から教育とともにすりこまれた教えは、成人してからもずっと心のどこかに引っかかり、否定することも肯定することもできない自分がいました。

いや、うーん、どちらかというと強烈に否定もしたいし、でも肯定もしたいと思ってしまっているという感覚でしょうか。

これって二世によくある感覚じゃないかなあなんて思っていますが、どうなんでしょう。

もちろん、わたしも反抗したこともあります。
どんな恋愛をしてきたかはまた次の記事にて。

ここまで読んでくださりありがとうございます^^


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夢子

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