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初夏。そろそろ次へ。

あっという間に五月が去る。

参りますね。早すぎて。

葉桜の頃から、梅の実が落ちる頃まで
この初夏の時期が、一等すき。
すがすがしい、さわやかな風に
大地と大空の息吹を丸ごと感じられて
とても好き。

爽やか、は、初夏の季語。
たぶん季語として認められたのは
そう昔だとは思えないのですが。。
詳しい人の話によると
(以前、ツイッターで教えてもらいました)
出版社の都合で、つまり大人の事情で
季語を増やしていったのだとか。

たしかに芭蕉さんの時代は
季重なりの句が、思いのほか多い。
それって、つまり、昔は
季語じゃなかった可能性がある
てこと。
五七五の短い音節、文字のなかで
季語が二つある、という
できれば避けたい状況ではあり。
(禁忌とまで行かないけど)
季語に語らせる、ということになる
のだと解釈してます。

あと、五月の新暦旧暦問題は
毎年、五月に思うこと。

(ああ、五月も終わりとなると
 角川俳句への応募〆切ー
 て、毎年思う。
 二回出してダメだったから
 もういっかー
 てなあきらめ感。
 二回応募したものを、
 ちゃんとまとめてたのにー
 どこいっちゃったけかなー。
 とか、まとめて五月病
 どーでもいい話でした)

「あっぱれ五月晴れ」とか
五月の爽やか柔らかな日差しを
とろろ〜んと浴びてしまえば、
つい、うっかり口にしたくなる
「五月晴れ」という言葉。
旧暦が基準なので、正確にいうと
五月晴れは、梅雨の晴れ間のこと。

「五月雨」さみだれ、これは梅雨と同意。

「五月蝿い」うるさい、は
昔の梅雨の時分、
不衛生になりがちで蝿が増える、
そんな場面。

ところがどっこい、旧暦が
新暦に追いついた?かのごとく
季節の移ろいが加速したような
気がしなくもなく。
気の迷いが生じるけれど、、
肌で感じる旧暦のまちがいなさを、
空、風、地、水、花、山、川、海など
いわゆる自然に接するほど、蘇ります。

夏越(なごし)の祓え、と呼ばれる
六月末の茅の輪くぐりも、
本来は、よくぞ梅雨のじめじめと
夏のかんかん照りをしのいだことだ
という安堵と祝福の節目です。

和菓子の「水無月」が
正方形の半分であるのも
一年を分かつ意味があります。
水無月晦日が、夏越の祓えです。

なので京都などでは、
和菓子の「水無月」は
旧暦、あるいは月遅れで売る老舗も
少なくありません。

わたしが育った四国の地方でも
だいたいの儀式めいたものは
旧暦か、月遅れです。
たとえば、お盆は
八月、つまり月遅れであります。

たとえば、有名な仙台の七夕祭りも
月遅れにあります。

七夕、西瓜、朝顔、などなど
夏休みの風物詩なので、
うっかり、秋の季語に属する事実を
忘れてしまいます。

農業、とくに稲作
お米作りに関わると、どうしても
やはり旧暦!なんです。
これは、実体験に基づく体感がないと
むずいいと思いますが。
肌感覚でしか覚えられないかも。

実家、地元の花火大会は
神輿、御神体を祀るものなので
旧暦と満潮干潮、がからみ
毎年、ちがう月日に開催されてます。
父が子どもの頃から、ずっとそうで
今もそう。
基準はつねに自然。
晴耕雨読にならざるを得ない。

お祭りは、神社の御神輿が出ますね。
神道は、稲作と強く結びつきがあると
思われます。

「直会」なおらい。
これは、田植えや稲刈りの共同作業のあと
田畑の端で、皆で食事をする
行為を指すのですが
神とともにいただく、という概念があります。

それぞれ宗教のカタチは異なっても、
毎日、一日一日、お祭りがある
といっても過言じゃない、的な。
生きることを一日一日しのぎ確かめる
儀式としての祭りは、
生かされる意味より
生かされる喜びの証みたいなもの
だったと勝手に思ってます。

田植えと稲刈り、どちらも
天皇陛下の手による儀式が
TVニュースで流れます。

たとえば、キリスト教のカトリックでは
五月は、聖霊降臨、ペンタコステという
大きな儀式があります。
十一月は、キリスト教のお正月みたいに
暦のスタートがあります。

(ちなみに、茶道のお正月も
 十一月です。
 口切といって、
 茶摘みの時期の茶葉を
 茶壺で半年ほど寝かせて
 それを開けて、石臼で抹茶の粉に
 碾くのです。
 昔の童謡にある、
 茶壺に追われてとっぴんシャンの
 あの、茶壺)

十一月の収穫時期、旧暦十月ごろ。
新嘗祭は、お田植え同等に
皇室の重要な儀式です。
キリスト教では、
ちょうどサンクスギビングの頃。

世界同時多発現象的な人間の営みは
挙げたらキリはないし、
今ではネット上に、都市伝説と称して
いろいろ、それはそれは諸説と
不思議系のネタには事欠きません。

なので、なるべく「事実」中心に。

事実、史実からいうと
日本は、もともと神道の国。
奈良時代かな、仏教徒いう外来宗教が
入ってきて、、、、命がけで
海を渡って取り入れた仏教も
土着化して、今ではすっかり
日本的仏教になってます。
明治維新によって、神仏分離が
ムリムリ実施されていますが、
今でも、大きめのお寺さんには
鳥居があったり、
大きめの神社さんには、
寺院があったり、します。

地方は今でも、座敷に
神棚と仏壇があり、お葬式のときは
神棚を隠します。
格でいうと、神のほうが上なので
もともとの神仏混交のスタイルが
壊れないまま残っている場合の参拝は、
まず神社から、そのあと寺院へ、
が、習わしです。

旧暦新暦問題の解決の糸口は
なかなか見えないのですが、
農の実体験がない場合でも
よーくよく
旧暦の月の名を眺めてくださいましな。

旧六月「水無月」、水がないんです。
夏の盛りです。
旧五月が、わりと梅雨真っ盛り。

厳密には、旧暦、陰暦(太陰暦)のちがいが
あるそうですが、ここでは旧暦でいきます。

旧暦陰暦のちがいを調べてたら寝落ちた。

何か始めようとすると、つい
不安が勝手に飛び込んできて
いたたまれず、追い払うように
アグレッシブになります。
わたしはそういう生き物みたいだ。
きらわれて離れていくのは
むなしいけれど軽やか。
そうしないと生きるすべが見つからない
という悲しい生き物ですが、
悲しさの向こうにあるうれしさが
見えるなら、進みますね。

書こうとしていたことと
ぜーんぜんちがう内容になってしまった。

書くことは勇気がいる場合も、かなりある。
だから不安はできる限り、取り除きたい。
弱いので、弱さを強さに変えるには
不安という大小の石ころが減ると
一瞬、殺風景になる。それでも、
それを通過儀礼として呼吸し続けるほかは
ないと思っています。
そこそこ長く生きたので、そう思える。

日本人は無宗教と言われるものの、
信仰心の篤さに、自身が気づいていない
という皮肉さ。

宗教は儀式を司るので、なくなることは
ないと思います。
とくに「死」という出来事は
残される者たちのケジメとして
なくてはならないもの。

「誕生」すると
本人は「初」まみれなので
周りの大人がとり仕切る
儀式が続きます。
とくにカトリックでは、生まれてから
本人の意思を示される間もなく
洗礼へ。

日本だけなのかどうか知らないですが
、、生まれると、、
お七夜、お宮参り、お食い初め、初節句など。

死ぬと、初七日、四十九日、、
わたしの地元では、ものすごいニッチエリアで
「巳正月」の儀式があり、母が亡くなって
初めて、これのことか?!
というのを眺めました。

子どもの頃、
一つの食べ物を、二人でひっぱりあうと
よく怒られました。
その理由が、お墓の前で
(たぶん亡き人に見せる?)
お餅をひっぱりあうのです。。。。。
これには、、、、まったく意味不明ですが
昔から続けている、という理由だけで
続いています。

話が逸れた。

暦と儀式。そんな感じすかねー。

儀式、カトリックのミサと
茶道の関係を、昔は
じっくり書きなぐっていたのですが
今は、その情熱がない分、少し冷静に
伝えられるかもしれませんし、
むしろ覚えていない虚しさに
苛立つかもしれません。

(利休さんが、ミサ聖祭のときの
 神父さんの所作にヒントを得ているのは
 もう、これ自明の理。
 百聞は一見にしかずってやつ。
 見れば、わかります。
 見えないチカラにまで引っ張られると
 わりとズボズボの人生になりますが
 それはそれで、マジで幸せです)

大丈夫です。記憶は、本人が忘れても
必ず事実は、個人の史実として
脳に刻まれます。
自覚できないだけのこと。
いいわるいなんてない、ただひたすら
事実、起こったことが脳の
どこかに記録されています。
(部分的には非科学的、
 また別の部分的には
 じつに科学的な発言と自負)

必要なときは、絶対に
記憶と記録が動き出して
本人を助けてくれるので大丈夫です?!
だんだん妖しげな風向きなので
そろそろ、話を終わらせましょう。笑

茶道は儀式ではありません。
なので、様式美、という解釈も
わたしは好みません。
あくまでも利休さんに根ざします。
利休さんは、
「日常」を美に昇華して茶道にした。
ということです。
利休さんの時代の「日常」は、いまや
非日常です。
畳、襖、障子、縁側などなど。
だから、
ヘンに、芸術臭が付きまとうのですが
あくまでも、人の営みに根ざしています。

日常を美に昇華したのが、茶道です。
利休さんが根っこです。

さて、今の「日常」に寄り添うには
どうすれば良いのでしょうね。

和に親しんで運を開く。

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