見出し画像

【オーディオドラマ】南紀異界ホテル

南紀異界ホテル

作 松永 恭昭謀

登場人物
 私
 支配人
 女 

女 ああ、やだやだ。

女 パンダと温泉、この二つで全国的に有名なこの街は、観光に飽きてしまうとやることない。めったに顔を合わせない父親が、急に旅行に行こう。っていうので、なにやらかんやら日頃の罪滅ぼしかよ。しらんけど。しかたがないない、まあパンダを見れるし、いいかいいかと来てみれば、ああ、やだやだ。本当はこの街で仕事があるついでで、父親はクソホテルに、お金と観光クーポンと観光雑誌、それに趣味の悪いサングラスと私一人を置いて、仕事に行って戻って来やしない。

女 ギンギンの夏に、ギャンギャンうるさいガッキンチョやら、ラブラブぶちかましたガップルにまぎれて、パンダは、コチラをちらっと見て鼻で笑ってやがる。パンダめ、まあ、きゃわゆいんだけど。お前なんか逆にみてやんないと、無視して通り過ぎてやった。ああ、やだやだ。その後、千畳敷っていう有名らしい海岸の崖で、私の顔を見た老人が、「命の電話」という電話番号を書いたカードを渡してきた。ああ、やだやだやだやだ。どうして、観光地というのは、幸せにしてこようとするんだろう。今日なんて、暑い中、誰もいない中庭のベンチで、くそっ晴れオーシャンビューをみながら、なにしようかと考えながら、スマホで動画をみているうちに気づけば夕方になってしまっていた。詰んだ。

女 ああ、やだやだやだやだ。あっ、

ガンッ。

女 バタバタしちゃってスマホが飛んでって、低いうめき声が聞こえた。ああ、やだやだ。恐る恐る振り返ると、季節外れというか、真逆の季節の国からでも来たのかという格好をして、変なサングラスをしたおじさんが、頭をおさえて、私のスマホを持っていた。

女 ご、ごめんなさい。

女 おじさんは、笑って私に画面バリバリに割れてしまったスマホを返してくれた。ああ、最悪。スマホすらなく私はここで過ごせるんだろうか。ああ、やだやだ。ヴヴ、つい、涙がでてしまった。

女 悪いのは私なのに、おじさんはかなり慌てて、私の話を聞いてくれた。ああ、何もかもつまらない。するとおじさんはこんな面白い所はないと思うけどね。といって、自分がかけていた薄曇りのレンズのきもいサングラスを丁寧に拭いて、渡してきた。そして、中庭から大きな窓ガラスのある、そろそろ夕食時なのか見たくもない幸せオーラ溢れるホテルのレストランのほうを指さし、サングラスをしてそこを見るようにいう。

女 えっ、なにこれ。やばっ。

女 サングラスをして見ると、すこし光がおさえられていて普通の景色なのに、急にホテルの窓から中が見えなくなった。サングラスを外すと、普通にホテルの中が見える。

女 なんで見えなくなるの?

女 そう聞くと、おじさんは、なぞなぞのようなことをいう。

女 このサングラスは、見たくないものは見えなくする。逆に見たいものは見えるようになるんだよ。
女 そんなバカな。

女 ああ、やだやだ。変なおじさんにからまれるとは、ホテルですらつまんなくなってしまう。夕日が落ちて、サングラス越しだとかなり暗くなってきた中、おじさんは、海のほうを指さして、あっちを見てごらんと言った。

女 え、なにこれ?

女 そこにはとても言葉でいえない世界が広がって、さっきまでつまらない景色が、嘘みたい。

女 どういうこと? これはブイアール眼鏡なの?

女 どうやらおじさんは、ブイアールというのがなにかわからなかったようで、ただ、その眼鏡は、いうなら魔法の眼鏡といってもいいかもしれないと教えてくれた。そして、しばらくこのホテルにいるから、帰るまでに返してくれたらいいよと貸してくれた。そして、こういって去っていった。

女 特にこのホテルほど面白い場所はないでしょう? しっていますか? ここは異界ホテルって呼ぶ人もいますからね。

女 私はきもサングラスをかけて異界ホテルに戻った。やだやだやだ。なにやら面白い事がおきそうだ。ああ、やだやだやだ!

M-1(もしくはオープニングへ)

私 ああ、やだやだ。

私 温泉とパンダ。この二つが全国的にも有名な、間違いなく観光で成り立つこの街にたどりつき、すこし南国の雰囲気をただよわせた住宅街を抜けると、街並みとはおよそそぐわない、まるでヨーロッパの古いお城のような建造物が現れる。それこそがバブル時代に全室スイートルームという元会員制超高級ホテルだ。かなりうきうきで絢爛豪華な廊下を抜けて、部屋に入った瞬間に、私の口から落胆の言葉が漏れてしまった。

私 先生、みて下さいよ。この壁、壁紙が剥がれている所、ガムテープで張ってますよ。ああ、がっかり。なんか全体的に古臭いし。なんか今、ギャップって言うんですかね、こうあがってたのがズドーンと落ちて、耳キーン。うきうきがブギウギですよ。

私 先生は、よくわからないと笑っていたが、タダでとめさせてもらってるんだからといわれて、まあしょうがないか、こんなもんかと納得することにした。先生は夕食まで少し散歩してくると言って出て行ってしまったので、私はこのホテルの中を見て回ることにした。

私 一階のロビーは、奥の大窓から差し込む夕日が、天井に隙間なく張られた金箔をギラギラと輝かせ、足元の趣向を凝らしたモザイクの模様を浮きたたせている。まさに絢爛豪華という言葉を思い浮かべるが、それにしても、ちぐはぐな印象がぬぐえない。おそらく、柱の一本一本から、ランプの一つまで、超一流の品なんだろうが、それがまとまっているかと言われれば、また別の話になるんだろう。また、人の気配のない、ひっそりとした感じが、この一つ一つを浮きただせすぎて、ぎらついて感じるのかもしれない。

女 あなたは何者?

私 急に話しかけられて驚いてしまった。後ろを振り返ると、若い女が私のことをどこかでみたことのあるようなサングラスをしてじっと見ていた。

私 何者、な、私は何者なんでしょう。す、すいません。
女 なぜここにいるの?
私 なぜ? えっと、ここには、呼ばれてきたんですけど。
女 誰に?
私 ここのホテルの人に。
女 そうなんだ。やっぱり面白い。このホテル。
私 そ、そうですか。

私 そう言って若い女は行ってしまった。宿泊客だったのだろうか。何者かと聞かれて答えられなかった自分に、少しシュンとしてしまった。なんと答えればよかったんだろう。ロビーを進んでいくとフロントの前で、初老でおそらく高いんであろうスーツを着たホテルの支配人が話しかけてきた。

支配人 ご宿泊でしょうか?
私 あ、いえ。先生の助手をさせていただいています。
支配人 ああ、れいの件の。それは大変失礼いたしました。先生はさきほど散策にでていかれました。まだ近くにいらっしゃると思いますので探してまいりましょうか?
私 あ、いえ。私もせっかくですので散策してみます。
支配人 そうですか、先生がお戻りになられましたら、もうすぐ当ホテル自慢の夕食バイキングが始まる時間ですので、いつでもこのロビー奥のレストランでぜひ楽しんで頂ければ。話は通しておりますので。では、のちほど御相談につきましては、お部屋へ伺わせていただきますのでよろしくお願いいたします。
私 ありがとうございます。

私 ロビー奥の大ガラスのあるスペースが、レストランとなっていた。料理もビュッフェ形式でとても豪勢なものを選び放題で、さすがホテルの食事という風情だったが、先生はいささか一流すぎる食事というのは、肩がこる。といって、ラーメンや牛丼が食べたいというので、私はがっかりしてしまった。窓の外には、このホテルのうりの一つである見事なオーシャンビューが広がっている。

私 先生は私に見えるかどうかを訪ねた。なぜそんなことを聞くのだろうと思えば、そういえば先生はいつもの眼鏡をしていない。なぜかと聞くと、女の子が泣いてしまったので貸したと答えた。そういえば、さっき声をかけてきた女の子がかけていたのがそうなんだろう。女子を泣かすような人ではないと思っていたのにがっかりしたのだが、それは勘違いで、こちらがどちらかといえば被害者なんだと、おでこをみせてきた。そこに笑ってしまうほど、ぷっくりとたんこぶができていた。

支配人 わざわざお越しいただいた理由はお分かりの事だとは思うのですが、

私 食事を終えて、部屋でゆったりとしている所に支配人が訪ねてやってきた。

支配人 (さきほどと同一人物とは思えないほど悲壮感が漂っている)こちらも色々と調べてみたのですが、そもそもどう解決していいのかすら分からない状態でして。

私 先生は、少し考えて答えた。しかし、古くからあるホテルや旅館なら、そのたぐいの噂ばなしの一つや二つはあるもんでしょう。
支配人 ええ、確かにその通りです。私どものホテルも、ご存じかとは思いますが、異界ホテルなどと噂されているのではありますが、ただ、今回はそういうわけにもいかず……。本当に見えると。
私 見える。
支配人 そうなのです。
私 では、支配人さんもですか。
支配人 私はそういった事は……なかったのですが……先生に連絡させていただいた時には、従業員から聞いただけだったので、正直、半信半疑だったのですが、つき先ほど……ついに私も見えてしまいまして。

私 まずは調べてみましょう。また何かわかりましたら、お知らせします。そう先生が言うと、支配人はそそくさと部屋を去っていった。

私 先生、支配人の話をどう思いましたか? 私はなにか違和感というか、奇妙な感じを受けました。何がって言われてもわからないんですけど。

私 コトワリ。人間には人間のことわりがあり、彼らには彼らのことわりがある。と先生はそう言う。よくわからないけど、先生にはなにか分かっているんだろう。先生が眠りについてしまい、部屋の窓からも、月明かりを受けて輝く妖精と、島が浮かぶ海の上を、海のあやかし達が戯れて漂っている景色が見える。都会ではこの風景はもう見ることは叶わない。まさに異界ホテルという名の通り、彼らがとても自由に見えた。

M-2

女 次の朝、やっぱり部屋に一人なので、朝食を食べずに、さっそくホテルの調査をすることとする。まずは聞き込み調査、開始。

支配人 異界ホテル。たしかにそう呼ばれることもありますけども。
女 やっぱり、じゃあここはそういう場所だったのか。
支配人 そんなことは決してございません。確かに幽霊などの怪談めいた噂もありますが、大丈夫ですので、ご安心ください。
女 大丈夫ってどういうこと? お祓いでもしてるってこと?
支配人 お祓いもしておりますし、そういた現象というのは、すくなからず、なにかしらの原因というものがあるはずですので、そういった事を解決してきた有名な先生にお越しいただいて、丁度今、調査している所です。
女 有名な先生?
支配人 ええ、世の中にあふれる怪現象や心霊現象を解決してこられたかたです。幽霊なんていうのは、大体がストレスや精神的疲労が見せる幻覚のようなものです。そうにちがいありません。人間というのは、いる、いると思っていれば、見えないものも見えてしまうものなんですよ。
女 じゃあそこにいる、頭の半分ない子供もそういうことなの?
支配人 おっ、おどろかさないでください。お嬢様、大人をからかってはいけません。おひまでしたらどこか観光をしていらっしゃい。まだまだこの町には面白い場所が沢山ありますよ。
女 そんなの興味ない。それよりそのうさんくさい先生っていうのはどこにいるの?
支配人 お嬢様、あまりこういった事には首をつっこまないようにお願いいたします。お父様から私どもがお叱りを受けてしまいます。
女 いいでしょ。あんなクソ親父。
支配人 そんなこと言ってはいけませんよ。立派なお父様です。そうだ、このホテルに興味がおありでしたら、ミュージアムへ行ってみてはいかがでしょう。
女 ミュージアム?
支配人 ええ、このホテルにある美術品や工芸品などを展示している当館併設の美術館でございます。
女 興味なさすぎてヤバい。
支配人 そこに、このホテルがたてられた時の資料や記録が残っておりますよ。なぜここが異界ホテルと呼ばれるようになったかもわかると思います。
女 ちょっと興味でた。
支配人 宿泊されておられるお客様は無料でご覧になれます。世界の有名な画家の作品も、目の保養にようございましょう。あっ、では、ワタクシ、少々用がありますので失礼いたします。

女 そういって支配人は、通りがかった昨日のへんなおじさんの所へ行ってしまう。いや、もうあのおっさん以外に、うさんくささを超える人はいないでしょう!こっそりと追跡しようと思って、へんなおじさんとホテルの支配人の後をつけていたが、すぐにばれて、追い払われてしまった。しかたないので、どうやらへんなおっさんにくっついていた、昨日見かけた怪しい女を追いかけることにする。

私 ホテルに併設されている美術館は、かなり豪勢な造りとなっており、聞いたことのある有名な作家の絵や彫刻などが並べられていた。すごいなあという前に、これがバブル時代というものかという感想が襲ってくる。美術館にあるホテルの歴史のコーナーを読むと、結局このホテルにふんだんにお金を使った為、実際に超高級会員専用ホテルとしては稼働したのはほんの数年で、その後一度倒産して、今は遠く北海道の会社が買い取って経営しているという事らしい。なにかそれだけで、執念というか、怨念というか、そういうものを感じてしまう。しかし、これほどの有名な作品や価値の高そうな美術品があるというのに、誰もいないので、隠れているつもりなのかもしれないが、昨日の女の子が私のことをつけているのがまるわかりで、どうしたものか。

私 あの、なにか御用ですか。
女 私ですか。いえいえ、私はここのホテルの歴史について調べているんです。興味深いですねえ。決して誰かを尾行なんかしておりませんよ。
私 そうですか。すいませんでした。
女 そちらさまも、このホテルにご興味がおありでして?
私 まあ、そんなところです。
女 いやあ、面白いホテルですねえ。なんでもここは異界ホテルと呼ばれるそうですよ。知ってましたか。
私 ええ、聞いたことあります。
女 なんでもこの美術館に、そう呼ばれるようになった資料があるとききました。おもしろそうな話じゃないですか。
私 私もそれを知りたくてここにきたんです。
女 あった。ほらほら、これだ。
私 ここを作った時につけたコンセプトが、「異空間・異世界を経験できるホテル」です。
女 異世界・異空間?
私 ここを建設した創業者が、日常を忘れるほどの豪華さをもった異空間、そして全ての願いが叶う異世界体験を作ろうとここをおつくりになられたのです。
女 信じるか信じないかはあなた次第です!
私 いや、ここに書かれてますけど。
女 あなたもここが異界ホテルだと知ってきたのね。
私 いや、まあそうですけど。
女 やっぱりここにはなにかを引き寄せる力がある。そういうこと?
私 引き寄せるって何を?
女 異界ホテルだけに、この世の物じゃないなにか、みたいな。
私 そうなんですか?
女 私が聞いてるんですけど。
私 私に聞かれましても。
女 あなた、あのへんな格好したおじさんとなにかここのホテルを調べてるでしょ。
私 いや、それは……。
女 あきらかにここの支配人はなにかを隠している。そして、あきらかに怪しいあなた達がこのホテルをまるで調査でもしているように調べている。それはなんなのか!
私 なんなのか?
女 知るわけないでしょ。
私 知らないの?
女 こっちが聞いてるの。なんですか?
私 なんですかと聞かれましても。あの、あなたは誰ですか?
女 私?
私 ずっと私をつけてるみたいですけど。
女 尾行はしてませんっていいましたけども。
私 尾行してる人は尾行してますなんていいませんよ。
女 そ、そんな。完璧な尾行だったはずが、そんな罠があっただなんて。あなた、何者?
私 別にそんな大したことありませんよ。先生の調査についてきた助手ですから。
女 先生?
私 ええ、先生は……。
女 ちょっと待って!
私 な、なんですか?
女 お腹すいた。
私 は、はあ。

私 昼を過ぎたホテルのレストランは、がらんとしていた。おそらくほとんどの宿泊客は観光やらにでかけてあまりホテルにはとどまっていないのだろう。私を尾行した女は自分が隠れてしまいそうな大きなパフェごしに、とてもはっきりとこう言った。

女 私はひまな女子校生です!
私 ひま?
女 そう。ひまでひまで死にそうな女子校生ですよろしく。
私 ひまなんですか。
女 ええ、間違いなくひま。
私 せっかく観光地にいるんだから、もったいないんじゃないですか。
女 観光なんて一回見たら終わりでしょ。 そもそも一人で見て回っても面白くないし。
私 確かに。でも一人でここに来たんですか。 友達、もしかして彼氏とか。
女 ああ、やだやだ。父親と。
私 家族旅行ですか。
女 まあ、そうだけど、どっちかといえば、仕事がメインで、私ほったらかしで、仕事ばっかり。
私 なるほど、それでひまなんですね。
女 ここいらの窓を見て回って、帰ってきてもすぐ寝て、起きたらいないの。これもうちの仕事。
私 この大きい窓ですか。窓やさんですか。
女 ううん。ここの窓、太陽直撃なのに、そんなに眩しくないでしょ。
私 あ、いわれてみれば。
女 太陽の光を眩しくしないようにするフィルムを張ってるの。ここの窓も、去年、クソ親父のフィルムを貼ったんだって。その時のお礼にここの宿泊券もらったから、それでここに泊ってるの。
私 そういうことなのね。
女 まあ、本当のところは、フィルムのメンテナンスのついでだろうし、他にここいらのビルの窓にもフィルム扱っているから色々回っているみたい。ここらも高速道路? が開通したとかで、大きなガラス張りのビルが増えて、仕事が増えてるんですって。知らんけど。ここに来るまで、車の中でもずっと窓の話ばっかり。女子校生は、窓に興味はありませんから。
私 そうですね。確かに窓の話は辛い。
女 それよりあなた達の話を聞かせてよ。
私 私達ですか?
女 そう、あなた達は何者?

私 ひまで死にそうな女子校生は、先生の話に興味を持ったのか、過去の先生の事件について色々聞いてきた。なんども繰り返し上映される幽霊映画館の話。自分の噂話を追いかけるうちに、自分が死んでいることに気づいた女の話。ただ、お腹いっぱいになってしまったのか、話している途中で、ひまで死にそうな女子校生は眠ってしまったようだった。

支配人 こんなところで寝ていては風邪をひいてしまいますよ。

女 ふと気づくと私は眠っていたのか、支配人に起こされた。

支配人 ほら、眼鏡も落っことして、踏んで割れてしまいますよ。
女 ども、ありがとう。
支配人 お一人で退屈じゃありませんでしたか。
女 え、一人?
支配人 ええ、ずっと一人でこのホテルをうろうろしていたじゃないですか。
女 だって、へんな格好したおっさんと一緒にいた女の人、あの人とずっと。
支配人 へんな格好?
女 季節間違えたような。
支配人 ああ、あのおかたですか。ですが……。
女 そう、あの人と一緒にいた。
支配人 あのかたはずっと一人でお越しになられておりますよ。ああ、そういえば、一人だけお知合いのようですけど。
女 そう、その人。
支配人 それはおかしいですよ。
女 な、なぜ?
支配人 それはお嬢様。あなたですよ。
女 私?
支配人 ええ、あのおかたはお一人でお越しになって、今日もずっとお一人で調べものをしてらっしゃいましたから。唯一話している所を見たのは、お嬢様だけです。
女 じゃああの人は……。
支配人 やめてくださいよ。お嬢様まで見たとかいうのは。
女 そのへんなおじさんは、今どこにいるの?
支配人 このホテルのどこかにいるとは思いますけども。あら、お嬢様、走ったら危ないですよ。あ、眼鏡もわすれてますよ。お嬢様、お嬢様! ああ、先生。ちょうどお嬢様が先生をお探しになっているのですが、すれ違いになったようですね。ところで調査はいかがでしょうか。えっ、問題が分かった。それはそれは……。

M-3

私 後十五分ほどで、分かりますよ。そう言う先生は、温泉に行ってそのままなのか、首からバスタオルをかけて、こうしてみるとそこいらのだらしないおっさんにしか見えない。それまでコーヒーでも頂きませんか。というので、支配人は、安心からは程遠い表情のまま、二人分のコーヒーをもって、大きな窓の側の席に座った。先生はこの大きな窓について支配人に質問した。

支配人 その通りです。ここの大きな窓も、特注品を使わせていただいております。やはりホテルの大きな特徴の一つが、この海を一望できるオーシャンビューですので、思う存分お楽しみいただくためには、大きな窓のほうがいいですから。ですが、色々ありまして、日光が眩しいということもあるのですが、御覧の通りコチラの天井はフランスの職人が一つ一つ、手で張り付けた金箔がありまして、直射日光で変色などが起こりやすくなるのです。去年の秋頃に、日光をおさえるフィルムを張っております。しかし、この窓が今回の幽霊が見えることと何か関係あるのでしょうか。

私 陽が落ちてきて、レストランの影が延びていく。先生は、すぐに分かりますよと答えて、こう続けた。

私 幽霊とか、お化けとか色々いわれますが、まあ、コチラの世界とあちらの世界は、似てるようで全く違う所にあるものなんです。まあ、理(ことわり)が違うというのでしょうか。ですので、どこかにいる。感じるということはあっても、見えるということはほとんどないのです。もちろん、ボクにも見えません。ですが、この眼鏡。

支配人 ああ、これはさきほどお嬢様が忘れていった。

私 これは、ちょっと特殊な仕掛けがしてあるんです。見えるという事は、なにかしら光が作用しているんですが、あちらの世界を見る事ができましてね。おっと、もうそろそろかな。彼女を紹介しておりませんでしたね。
支配人 彼女?
私 ほら、私の横にいるでしょう。
支配人 い、いつの間に。
私 ずっといましたよ。ねえ。

私 支配人は、驚いた表情で私をみつめる。私はずっと先生の横に座っていたのだが、急に見えたようで、私も驚いた。ごくまれに私のことを感じる人間はいるけども、ここのホテルに来て、見える人がこんなにもいるなんて初めてだった。確かにこのホテルにはなにかあるんだろう。

支配人 この女性は……。
私 先生の助手をしています。
支配人 昨日、私が見たというのは、じゃあ。
私 それ、私のことだったんですか。

私 先生は笑って、私の横に立ち、手に持っていたバスローブを大ガラスにかけた。すると、支配人は驚いて声を上げた。

支配人 これは手品か何かですか? さきほどの女性はどこに消えたのですか?

私 そうして、先生が今度はバスローブをどけると、支配人は私を見て、声を失った。

私 どういうことなんですか? 説明してくださいよ。
支配人 人が出たり、消えたり、どういうことなんですか。それが今回の霊現象の原因だということですか。

私 先生はいたずらな笑顔で、大ガラスを指さして、これが原因だと言った。

支配人 この大ガラスがですか。
私 最近変わったことがあったでしょう? そう先生が聞くと支配人はハッとした顔をしていた。
支配人 フィルムですか?
私 先生は笑顔で頷いた。

支配人 フィルムは張らせていただきましたが、一年前の事です。見えるというのは、ここ最近の話でして。
私 しかし、眩しいというお客さんは一年中でもなかったんじゃないですか。
支配人 確かにこの時期が多かったですが、じゃあ、日光の角度が問題だという事ですか?
私 光にはいろんな成分があるんですが、偏光フィルムはある種の光のみを通すんです。そして、それが奇跡的に合致したというか、ほんのひと時、合うタイミングがこの時期のこの時間帯だという事だという事です。
支配人 なら、この偏光フィルムをはったおかげで、見えるようになったということは、彼女は?
私 私はあちら側の助手ですから。
支配人 なら、みえないものがいたのが、見えるようになっただけだと。
私 その通りです。ここにはいろんな執着、いや執念のようなものを感じます。これほどの大きさの建物にそういった執念が集まれば、かならずどこかに歪みが生じる。そこに人が違和感を感じるんです。そしてそれがかれらを生む原因になる。ですが、それは普段は問題が起きないものです。せいぜい普通の人には、違和感を感じるぐらいのものですから。そもそもここの金箔が一面に張られた天井やら、海外の職人が作ったモザイク画の床なんかは、一流が作った強い念がこもっていますからね、悪い霊などは入ってこれないでしょう。
支配人 では、私どもはどうすればいいのでしょうか?
私 そうですね。明日には解決すると思いますよ。先生は笑って答えた。

M-4

5

女 ああ、やだやだ。

女 これから面白くなると思ったのに。やっとみつけたへんなおっさんは、もう全部解決したよという。なんてことはない、あのクソ親父が作ったフィルムがたまたま奇跡的にあっちの世界と繋がっただけだということだった。ああ、やだやだ。明日にはもう帰ってしまうらしい。知らんけど。自分の部屋に帰ると、珍しくクソ親父が早く帰って、部屋から窓の外を眺めながら、ビールを飲んでいた。事件の話をすると、もうすでに知っていて、別のフィルムに張り替えることになったと言った。ああ、これで事件は完全に終わり。そして、2つめのビールの栓をあけながら、昔話をする。お母さんが病気になる前に、ここの景色が好きだとよく泊りに来ていたらしい。私も何回かここに来たことがあるという。そういわれれば、どこに泊まったかとか覚えてなかったけど、パンダは小さいころ何度か見に来た記憶がある。

女 で、このホテルは面白かっただろ? クソ親父が得意げな顔で言ってくるもんだから、私はまあね。と答えてやった。

私 なんだか結局私はなんにもできなかったので、がっかりしていると、先生が、全部解決したよと帰って来た。あれ? 先生、そのサングラス返して貰ったんですか? と聞くと、先生は、その日の夜には、そもそも返してもらったと言っていた。じゃあ、あのひまで死にそうな女子校生がかけていたサングラスは先生のサングラスじゃなかったということになる。

私 じゃあ、なんであの子は私のこと見えてたんですかね?

私 そう聞くと、先生はいつもの笑顔で、ここは異界ホテルだからねと答えた。

女 朝、クソ親父が珍しくホテルにいたので、一緒に朝食を食べようとホテルのレストランに向かった。するとあのへんなおっさんがいたので、挨拶しようとすると、クソ親父とへんなおっさんが親し気に話をするので驚いた。どうやら知り合いらしい。どうも変なおっさんのキモイサングラスは、うちの親父が作った特別製らしい。それでよく会うという話だった。お前にも一つやったろうというのだけど、ホテルのどこかで失くしたというと、へんなおっさんが、拾ったと言って私に返してくれた。サングラスをかけると、すぐそばに、昨日の女が立っていた。

私 まだつまらない?
女 まあね。もう帰るんでしょ。
私 それがあればまた会えますよ。
女 しかたない。遊びに行ってあげる。幽霊とか、私よりひまでしょ。
私 そうですね。死ぬほどね。

私 そういって、ひまで死にそうなだった女子校生は、楽しそうに笑った。

PDFファイル

コチラをご利用ください

使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)

1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?