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【声劇台本】御成愛式目

御成愛式目

登場人物
 おゆり 16歳
 与吉  16歳
 吉村 エリ  16歳
 古瀬 翔(ふるせ しょう)16歳/巨勢 新造(こせ しんぞう) 

時と場所
 江戸時代、元号でいうと寛文10年(西暦1671年)頃の農村。
 夏頃の、河川敷と、与吉の家。


祭りばやしが聞こえてくる。

エリ ふぁ~~(大あくび)。
翔 もしかして、つまらない?
エリ いや、まあ。
翔 吉村さん、お祭り好きだって。
エリ 好きだけど、これって、なんていうかお祭りなの?
翔 いやいやいや、この街でお祭りっていったらこれでしょ。
エリ これが? 嘘でしょ。
翔 本当だって。人すごいでしょ。
エリ 確かに人は多いけど。けどさあ、なんか時代劇のコスプレした人が地味にパレードしてただけじゃん。
翔 行列奉行の事? すごくよかったでしょ。
エリ いや、パレードっていったら、もっとエレクトリカルでハッピーでダンサブルでしょ。
翔 いやいや、踊ってたし、見てて幸せ。
エリ どこが。地元の公民館でおじいちゃんおばあちゃんが踊ってるようなのだけじゃん。
翔 それがいいんだよ。地域の歴史と伝統が詰まった悠久ロマンだよ。
エリ ふるせ君さあ。
翔 なに?
エリ マジ歴史オタクすぎ。
翔 いや、オタクじゃないから。歴史が好きなだけだから。
エリ 歴代徳川将軍の名前。
翔 家康・秀忠・家光・綱吉・家宣(いえのぶ)・家継(いえつぐ)・吉宗・家重(いえしげ)・家治(いえはる)・家斉(いえなり)・家慶(いえよし)・家定(いえさだ)・家茂(いえもち)・慶喜(よしのぶ)。特に、吉宗は有名だけど、家茂も紀州藩出身なんだよねえ。
エリ はい、オタク~。
翔 いいえ、好きなだけです。
エリ 興味ないし、歴史とか。
翔 もったいない。
エリ 歴史とか勉強してさあ、今、何の役に立つの?
翔 たつたつ。過去から学ぶことによってボクらは未来を……。
エリ ふるせ君は、もっと今の事を勉強しないと。
翔 それは…。
エリ そんなんだからさあ……。
翔 …なに?
エリ とにかく、JKは古い事覚えるよりも、新しい流行覚えるので必死なの。流行という名の情報の海をさまようドリフターなんだから。
翔 なにそれ。
エリ 昨日はどこどこでA組の井出くんが、鈴木さんに告白した? 結果はどうなった? おっとC組の佐藤さんが大学生と付き合ってるだって、話を聞きに行かなくちゃ! もう愛だ恋だと、毎日がお祭り騒ぎよ。
翔 そういうの良くないと思うよ。
エリ なんでよ。気になるでしょ。
翔 いや、恋愛探偵とか言われてるし。
エリ 恋愛探偵? いいねぇ。
翔 いや、ほめてないと思うけど。
エリ ひどい、傷ついた。
翔 ごめん、ごめんって。
エリ ああ~萎えた。帰ろう。
翔 待ってよ。これから祭りのメインが始まるから。
エリ メイン?
翔 祭りの本番はこれからだぜ。
エリ どうせおっさんがお神輿かついではしゃぐんでしょ。
翔 いや、そうだけど。
エリ 興味ない。
翔 江戸時代から続く祭りを、現代によみがえらせたこの土地の伝統が詰まった神事なんだよ?
エリ 興味ない。
翔 このためにいろんな人達が……。
エリ 興味ない。
翔 でも、これで……。
エリ ないないないない。全然興味ない。
翔 お願いだから~見て行こうよ。せっかく来たんだし。
エリ わかったよ、わかった。ちょっと疲れたから、そこの階段で座ってる。始まったら教えて。
翔 あ、そっちは危ない。
エリ え? なに?

男たちの喧騒が大きくなる。

エリ え、なに? 聞こえない!?
翔 危ないって! そこは神輿が落ちてきて危ないから!
エリ えっ、なにこれ!
翔 ここは大階段を神輿を担いで降りてくるんだよ。そこにいたら巻き込まれて危ないって!
エリ もっと早く言いなさいよ!
翔 エリちゃん! エリちゃん!

喧騒がフェードアウトしていく。


川の流れが聞こえてくる。

おゆり なんか疲れちゃった。
与吉 しゃあない、祭りの主役はゆりちゃんやから。
おゆり みんな大喜び。大げさだよねえ。
与吉 喜ぶのもしゃあないよ。どこぞのあほたれが、びっくらこいてひっくりかえってよぉ、そこん肥溜め落ちちゃあったわ。
おゆり ……私。
与吉 ゆり…おゆりさん、おめでとぉ。
おゆり よきっちゃん……
与吉 ワイも嬉しい。うん、嬉しいよぉ。
おゆり そ、そう……。
与吉 コンマイころからよぉ。こん村で育ってよぉ、まあ悪さもしたけどよぉ、許しちゃってや。
おゆり 本当よ。いつもイケズするんだから。
与吉 まあ、それもええ思い出やして。
おゆり そうね。
与吉 ワイもよぉ、丈夫な嫁もらってよぉ、たんと子供作ってよぉ。幸せになんだぁ。
おゆり そうね。大丈夫よ。よきっちゃんなら。
与吉 おうよぉ。
おゆり 明日、来てくれるの。
与吉 明日、明日はよぉ、畑行かねえとよぉ。いかねえから。
おゆり ううん、しかたないよね。
与吉 うん……おめでとう……。ワイ、行くわぁ。
おゆり ……ごめんね。
与吉 おう。じゃあな。
おゆり あ、あの!
与吉 な、なん?
おゆり こ、これ……。
与吉 そら、おゆりさんの大事にしてた髪飾りやないか。
おゆり 受け取って。お願い。
与吉 いらねえよぉ。ワイ、こんなん使わんて。
おゆり …そう。
与吉 いらねえよぉ。
おゆり そうだよね。ごめん。
与吉 わいは、男やして。
おゆり そうだよね。じゃあ、さよなら。
与吉 あ、おう。
おゆり お元気で。

エリ ちょーーーっとまった~~~!

エリ あんた~、なんでそこ受け取らないのよ。
与吉 びっくりした。
おゆり よきっちゃんの知合い?
与吉 知らねえ。誰な?
エリ そんなことはどうでもいいんです。いい、あなた。この贈り物はただの贈り物じゃないの。思いよ、あれは! 女の思い。あなたに覚えてて欲しいっていう! そういうやつでしょ。それを受け取らないとか、意味わかんないんですけど。
与吉 す、すいません。
エリ ほら、受け取る! あなたも渡す!
おゆり は、はい。どうぞ。
与吉 どうも。
エリ うんうん。
おゆり ありがとう。
与吉 あ、うん。

間。

エリ ちょっと~。
与吉 は、はい?
エリ ちょっとちょっと。なんかないの! 気の利いたの。
与吉 気の利いたん?
エリ そうそうそうそう。
与吉 い、いや~~。
エリ ダメ、本当ダメ。マジでダメ。
与吉 すいません。
エリ ここはさぁ、これを君だと思って、大事にするよとかそういうのいう所でしょ。
与吉 はい。
エリ はいじゃなくて、言って。
与吉 これを君を、じゃなくて、えっと君だと思って大事にするよ。
エリ そのままじゃん!
与吉 すいません。
エリ うん。で? 
おゆり うち?
エリ そう。からの~~?
おゆり からの~~?
エリ いやっ、なんか言わないと!
おゆり どうも、ありがとう。
エリ ありがとう? なんで。
おゆり すいません。
エリ なんなのよ。違うじゃん。どうしてほしいの。そこを言ってよ。
おゆり いや。その。
エリ だいたいさぁ、どいつもこいつもモジモジ・モジモジ、言うなら言う、言わないなら言わない! はっきりしろっていうの、そこらへんどうなの。
与吉 ゆりちゃん、逃げえ!
おゆり ちょっと、あんたなに後ろからハガイジメしてんのよ、離しなさいよ!
おゆり よきっちゃん!
与吉 行きぃ! ええから!
おゆり せやけど!
エリ ちょっ離せよ! なにしてんだよ!
おゆり よきっちゃん!
与吉 これ。
おゆり かんざし?
与吉 お祭りで買ってん。
おゆり 私に?
与吉 うん。
おゆり ありがとう。
与吉 安物やけど。
おゆり ううん。嬉しい。
与吉 ゆきちゃん。幸せによ。
おゆり ありがとう……ごめん!

与吉 いってもうた。
エリ グッジョブ!
与吉 ぐうじょうぶ?
エリ よかったよ、やればできんじゃん。
与吉 おまんどこのなにもんや。
エリ 道に迷っちゃってねぇ。そしたら、とんだラブトラブルやってんじゃん。もうキャーキャーもんよ?
与吉 けったいな格好にわけわからんこというて、おまんモノノケかなんかか?
エリ モノノケ? なにそれ。
与吉 おまんのせえで、わやくちゃよ。
エリ はぁ? マジ信じられない。あたしのオカゲで、いい感じになったんでしょうがっ!
与吉 まあ、せやけど。
エリ せやけど。じゃないでしょ。あんた、どうすんの。
与吉 どんすんのって、なんがや。
エリ この後、
与吉 この後って?
エリ 明日、離れ離れになっちゃう系でしょ?
与吉 せや。
エリ で?
与吉 でってなんよ。
エリ からの~?
与吉 それやめえ。
エリ いや、そこはあんた。
与吉 もう、ほっといてぇや。
エリ からの~~?
与吉 なんよ、そん、からのーってよ。
エリ いや、そこは奪わないと。
与吉 奪う?
エリ ボクと一緒に逃げてくれ!ってやつでしょ?
与吉 なっ、ワイがか?
エリ そうそう。ここはそういかないと。だって愛しあう二人が、はなればなれになったままじゃ、駄目じゃない?
与吉 そ、そんなん、む、ムリよ!
エリ ちょぉっとなんでよ~。愛でしょ? 愛?
与吉 そないだいそれたこと。
エリ だいそれたって、あんたそれでいいの? あの人、もう二度と会えなくなるかもよ。
与吉 ほやけどよ。
エリ ほらほら~運命の人逃しちゃっていいの~。
与吉 い、いや……。
エリ いいですか? 告白っていうのは、言うは一時の恥、言わぬは一生の恥といいましてですね……。
翔 あ、あの~~。
エリ くさっ! くさっ!
翔 助けて~~。
与吉 なんじゃあ~、おまん。
翔 そこで足滑らせて。
エリ 近付かないで!!
与吉 肥溜め落ちたんかっ!
翔 助けてくださ~~い。
与吉 と、とりあえず洗えよ。
翔 ど、どこで~。
与吉 うちの井戸使え! すぐそこやから!
翔 あ、ありがとうございます~~。
エリ ひ~~。
翔 あ、吉村さん?
エリ え? 誰?
翔 オレ、ふるせです~。
エリ え? ふるせ君?
与吉 なんや、知り合いか?
翔 吉村さ~~ん。
エリ ばっちぃ! 近づくなって!
翔 そんな~~。
与吉 ええから、はよう来い!
翔 ひい~~~。


囲炉裏の中で炭がはぜる音。

与吉 なんやぁ、キョロキョロして。うちには盗るようなもんはなんもないで。
エリ 本当に何もない。
与吉 わるかったの、貧乏で。
エリ なんか時代劇みたい。
与吉 時代劇?
エリ 服とかさぁ、さっきのおゆりちゃんとか、着物だったし。
与吉 なにいうとんな?
エリ ま、いっか。それより、ね? どうするの? ね? ね?
与吉 どうするって。何を。
エリ なにって、おゆりさん? だっけ? どうするのよ。なに? 他の男と結婚しちゃうの?
与吉 まあ、ゆくゆくは。
エリ ゆくゆくは?
与吉 巨勢(こせ)ちゅうここらを治める武家の養子になるらしわ。
エリ 武家?
与吉 せや、詳しくはしらんけど、どこかのえらい武家の旦那に見初められたんやが、嫁入り前に、そこの養子ちゅうことにするちゅう感じや。
エリ なんで?
与吉 なんでって、身分の違いを隠すのんに、一旦武家の娘ということにしたら、関係ないやろ。武士なんてメンツが大事やからの。
エリ めんどくさっ。
与吉 そういうもんよ。まあ、村にとっても、おゆりちゃんにとっても、ええことや。めでたいことよぉ。
エリ ふ~ん。そうなの?
与吉 こんな村から、えらい武家の側室がでるらそうそうない。それこそ大出世や。
エリ 玉の輿?ってやつ。
与吉 ……まあそういうことやな。
エリ そっか~燃えるわね。
与吉 燃える?
エリ ハードルが高いほうが、燃えるのよ。ライバルはお金持ちで、ハンサム。もう完全にこれはこっちが最後大逆転のパターンよ。あんた、もうもらったもんね。
与吉 なにをいうとんな。
エリ あんたが、彼女をかっさらうってことよ。
与吉 あかんあかん。
エリ なんでよ~。愛しあう二人が高い障害を乗り越えて、最後に結ばれるパターン以外に何があるってーのよっ。
与吉 ワイとよぉ、ゆりちゃんは、そんなんじゃねえよぉ。
エリ じゃあ、なんだってのよ。
与吉 いや、ほやかて、それは、小さい頃から同じ村で育って仲のええ、幼なじみっちゅう。
エリ え~い。(与吉を殴る)
与吉 ってぇ。なにすんなっ。
エリ あの場面を見て、まだ意地をはるかっ、このバカチンがぁ。
与吉 うっせえよぉ……そもそも向こうはそんな気はねぇよ。
エリ えーい!(与吉を殴る)
与吉 やめや。
エリ どう見てもこう見ても、誰が見ても、向こうもあんたに気があるでしょうがぁ!
与吉 そ、そうかの?
エリ え~い、白々しぃ、あんた!
与吉 あん?
エリ きらいじゃないよ、そのもどかしい感じ!
与吉 なんなんだよ、おめ~よ~。
エリ このもやもやドラマなら最終回2回前ぐらいね。いいわ。グーよ。グー。
与吉 意味わかんねえよ。
エリ まあ、そこはもう認めよう。ね?
与吉 いや、まあ仮にそうだとしてもよぉ、ワイとゆりちゃんでは身分が違うわな。
エリ そんなの障害にもならないわ。古い古い。もっと高いハードル頂戴。
与吉 もし、この縁談、ワイが潰すら、そ、そんなことしたら、命はないどころか、この村がどんな目にあわされるか。
エリ え? そうなの?
与吉 下手すりゃ、村ごとなくなるかもしらん。
エリ やばいじゃん。
与吉 せや。
エリ キター、高いハードルキター。村か、愛か。キタキタ―。
与吉 しかたねぇ。こればっかりは。
エリ ま~た~、意地はっちゃって。ダメダメ。そんなの。オールニーデュラブラブラブ♪
与吉 おるねらぼらぼ?
エリ 愛が全てよ。愛愛愛。
与吉 愛?
エリ そう! 人はなぜ生まれてくるのか!それは愛よ愛! すべては愛があればオールオッケイ。愛があれば世界は平和だし、愛があれば人は生きていけるの!
与吉 ほうか……異人さんの考えることは違うの~。
エリ 異人さん?
与吉 おめえさん、海の外から来たんだろ?
エリ え~? 違うし。日本生まれ日本さんのなでしこさまさま。
与吉 しっかし、そのけったいな格好、コトバもよくわからんしよ。
エリ そう?
翔 す、すいませ~~ん。
与吉 お?
翔 こ、これでいいんでしょうか?
エリ ちょっ、ふるせくん、なにその格好! ふんどし?
翔 いや、これしかないっていうから。
与吉 おめぇ、ふんどしも締めた事ねえのか。
翔 いや、ないですよ普通。
与吉 ほれ、股引。
翔 あ、すいません。
エリ ちゃんと洗ったの?
翔 まだ臭う?
エリ ちょっと。
翔 ご、ごめん。
エリ ふるくん、どこいってたのよ。
翔 どこって、エリちゃんを助けようとおもったら、ドブに落ちちゃって、気づいたら、なんか道端にいて。
エリ っていうか、帰り方わからないんだけど。分かる?
翔 いや、そもそもここがどこか。あの、ここ、どこですか?
与吉 どこって、おめ、天川(あまかわ)村だよ。
翔 天川村?
エリ ってどこ?
翔 ……なんか聞いたこと……。
エリ お祭りにいたのに、なんでこんなところにいるんだか。もう、携帯の電波もないし、マジここ日本?
翔 あの、今っていつですか?
与吉 いつって、夜だよ。
翔 あ、そうじゃなくて、何年ですか?
与吉 あ? 寛文(かんぶん)10年だ。
翔 寛文?
エリ なにそれ。令和でしょ?
与吉 令和? また変わったんか?
翔 まさか……。
エリ なになに?
翔 これって江戸時代かもしれない。
エリ 江戸時代でござる?
翔 ござるござる。
与吉 なぁ、なんなんだよ。
エリ タイムスリップしたの!?
翔 かも。
与吉 なんだなんだ?
翔 未来から来たんですよ。僕らは。
与吉 みらいってとっから来たんか。
エリ 違う未来! 未来!
翔 ボク達、遠い将来、先の時代から来ちゃったんですよ。
与吉 へ~。
エリ あ、わかってない。
与吉 いや、そがいなこと急に言われても。
エリ 江戸時代とかどうしよう!
翔 いや、周りもいかにも江戸時代って感じだし、この人の話きく限り今は江戸時代っぽい。
エリ どうしよう。帰れるの?
翔 さぁ。
エリ ざっけんなよって! ちゃんと考えてよ。
翔 そんなのボクに言われても。
エリ あんたがお祭りに行こうとかいうから、こんなことになったんでしょ。
翔 なんなの? ボクのせいだっての。
エリ 歴史好きなんでしょ。なんとかしなさいよ。
翔 タイムスリップはエスエフだから。
エリ エスエフでもマニアでもなんでもいいから。
翔 歴史とエスエフは関係ないから。てか、マニアじゃないから。
与吉 もう、夫婦喧嘩するなよ。
エリ 夫婦じゃねえ。
与吉 おっ、そりゃすまん。
エリ こっちは一大事なの!
与吉 どうでもいいし。静かにしてくれよ。オレ疲れてるんだよ。
エリ どうでもよくない!
与吉 なんだかんだ、おまんらの話は、ようわからんわ。おまんらも帰れんやったら、そこらで適当に寝えや。ほな、おやすみ。
エリ もう、人が大変だってのに!大体、あんた寝てる場合じゃないでしょが。
与吉 なんでよ。寝たらあかんのかよ。
エリ このままじゃ、おゆりさんと二度と会えなくなってしまうんでしょ? それを寝るって、男なら女の為に走れよ。
与吉 走るって言われてもよぉ。
翔 すいません。吉村さん、恋愛ごとには、うるさくって。
エリ うるさくって結構。さあ、走れよ青年。
与吉 そんなの誰も喜ばんわ。おゆりかて、こがいなわいよりよ、武家様の家に嫁いだ方が幸せに決まっちゃあるわ。
エリ そんなのわかんないじゃない。
与吉 わかるもなんも、お天道様が空に昇るのよりも分りきったことよ。
エリ おゆりさんの気持は?
与吉 そんなんわかるかよ。
エリ 分かりました。
翔 なにが分かったの?
エリ 私がおゆりさんの気持ち聞いてくる。これでいいでしょ?
与吉 なんじゃそら。
エリ お互い、気持ちがハッキリしたら、もう後は突き進むだけじゃない。ふたりとも愛し合ってるのに、別れ離れになるなんて変だよ。
翔 いや、でも。
与吉 やめえや。わいらの問題になんでそんなに首つっこむんよ。
エリ 愛よ! 愛のためよ!
与吉 なんやそれ。
エリ いってくる!

エリ、激しく戸を開けて出ていく。

与吉 ああ。行ってもうた。
翔 なんか、すいません。
与吉 なぁ。あいつ、おゆりちゃんの家知ってんのか?
翔 あ。
与吉 しょうがねぇなぁ。
翔 すいません。ちょっとバカなんです。でもそれがカワイイっていうか。いいなぁって。
与吉 おめぇも大変やな。
翔 いや、ちょっと思い込み激しい所あるんで。
与吉 おゆりん家は、こん道まっすぐいって、一番大きな屋敷よ。すぐ分かるわ。
翔 あ、そうですか。
与吉 ま、行っちゃりい。
翔 すいません。ありがとうございます!
与吉 ほやけど、入れてるわけあらへんから、引っ張って帰ってきいや。どうせおまんら、泊まる場所あらへんのやろ。
翔 すいません。ありがとうございます。
与吉 無茶すんなや。
翔 はい、じゃ。

翔、走り去る。

与吉 ……おるねじゅらぶらぶら、ねぇ~。


川の流れる音。

エリ 私のバカバカバカー! おゆりさ~~ん。どこですか~。っていうか、ここどこですか~? っていうか、私どこにいるの~。もうやだー。
おゆり あの……。
エリ は、はい?
おゆり 大丈夫ですか?
エリ た、助けてくださ~い。
おゆり あ、さっきの人……。
エリ あ、おゆりさん!
おゆり あ、はい。
エリ よかった~。もう、超怖かったんですけど。
おゆり は、離してください。
エリ 暗いし、怖いし。もーハゲそう。
おゆり は、ハゲる?
エリ マジ怖かった、マジ怖かった!
おゆり あ、あの……は、離して~。
エリ あ、てへぺろ。
おゆり ど、どうしたんですか?
エリ あ、そうそう。おゆりさん捜してたの。そしたらさぁ、うちさぁ、どこいったらいいかわかんないっていう奴? やっちまったなぁ~って感じ? てへぺろよ。ウルトラテヘペロンよ。ハゲハゲ。
おゆり 私を捜してたんですか?
エリ そうそう。あれ? なんでだっけ?
おゆり あ、あの……さっきははありがとうございました。あのまま与吉さんとお別れになってしまわなくて、よかった。
エリ あは~ん? でしょ~?
おゆり は、はい。
エリ あ、そうだ。おゆりさん的に、どうしたいのさ~。二人はラブラブトレイン超特Qでしょ?
おゆり ぶらぶらとれーちょうとくゆう?
エリ もうっ好きなんでしょ? ヨキチンの事!
おゆり よきっちゃんですか?
エリ そうそう。もう認めちゃいなよ~~。
おゆり はい。
エリ お、すぐ言う―。
おゆり 子供の頃から、よきっちゃんとはずっと一緒だったんです。よきっちゃんは子供の頃から、とってもかっこ良くて、小さい子の間では頼れて、みんな憧れていたんです。
エリ ああ~、ガキ大将的な感じか。
おゆり ふふ。今じゃ、ふたりともおとなになって、身分やら、貧富の差で、すっかりしょげちゃったけど。
エリ それが大人になるってことなのねエ。
おゆり でも、本当のよきっちゃんはとってもかっこいんです。
エリ ラブ目線ではそう見えるのね~。
おゆり ぶら目線?。
エリ 愛は偉大ねって事!
おゆり ……。
エリ そうそう思い出した。でさぁ、おゆりさん的にはどうしたいの? 明日、離れ離れになっちゃうんでしょ? このままでいいの?
おゆり 私……。
エリ っていうか? ラブ名探偵の目はごまかせませ~ん。ふふふふふ。
おゆり な、なんですか?
エリ あなた、こんな真夜中に、カンザシを大事に持って、こんな場所を一人歩いておられる。そして~、この道の先にはなにがあるか。私の目はごまかされませんよ~。
おゆり ……。
エリ この先にはなにがあるか。そう、ヨキチンの家だぁ。
おゆり ……。
エリ いやはや、二人の恋はノンストップ。おじゃま虫は必要なかったのかもしれません。どうぞ、お行きなさい。そしてゴクラブ浄土へと、ゴゴーヘブンですぅ~。ふふふふふ。
おゆり ち、違います。
エリ いやいや、全ての物証が、真実を述べておりますぅ~。
おゆり ただ……最後にちゃんとお別れがしたかったから。
エリ はぁ?
おゆり もう、多分会えなくなっちゃうから。
エリ ちょっ待てよぉ~。
おゆり な、なんですか?
エリ 駆け落ちでしょう!
おゆり か、駆け落ち!!
エリ 駆け落ちしかないでしょ。いつやるの!
おゆり え?
エリ 今でしょ! 今でしょ今でしょ今でしょ!
おゆり そ、そんな事!
エリ なんでぇ、二人は愛し合ってるのに、別れなきゃならないのよ! ほら後は、あの美しい未来という名の一番星に向かって手を取り合って、駆け抜けろでしょ!
おゆり そ、それは……。
エリ ヨキチンだってあんたのこと思って、眠れず今頃涙ボロボロよ。
おゆり そ、そうなんですか!
エリ いや、多分。
おゆり そうなのね。
新造 お嬢さん、嘘はいけないよ。
エリ な、何奴!
新造 お嬢さん。どうかしましたか?
エリ えっ? ふるせ君? どうしたの、そんな侍みたいな格好して。
おゆり 新造さん……。
エリ 新造!? ふるせ君のそっくりさんじゃないの?
新造 どうも。もうすぐこの方の父親になる巨勢新造というしがない侍です。こちらの奇抜なお嬢さんは、どちらですかな?
おゆり あ、この方は……。
エリ 出たな恋敵め!
新造 恋敵? いやいや、私はそんなんじゃありませんよ。さぁ、女性がこんな夜中にであるいては危険です。お宅までお送りいたしましょう。
おゆり あ……。
エリ おゆりさんは、用事があるの!
新造 与吉というものの所ですか?
おゆり ……。
エリ そうだよ。二人は愛し合ってるんです。
新造 そうなんですか?
おゆり 違います。
新造 違うって言ってますよ?
エリ ちょっと~待ってくださいよ~~。
新造 君もわからない奴だな。彼女がこういってるのはね。その与吉くんのためでもあるのです。
エリ はい?
新造 これ以上は、彼にも迷惑がかかるかもしれない。そういうこと。
エリ はい、わかりません!
新造 ……彼女はね、これからとても高い身分の方へ嫁ぐことが決まってるんだ。この村とは無関係。つまりすべてなかったことになるんだ。それを破れば……。
エリ や、破れば?
新造 与吉という人間の存在も消える。
エリ へー。
新造 そういうこと。
エリ ……。
新造 殺されるって事!
エリ なるほど!
新造 さ、分かったら、行きなさい。我々も帰りましょう。
おゆり はい……。
エリ おゆりさん……。
おゆり あの……与吉さんによろしくおねがいします。
エリ いいの?
おゆり それは…。
新造 さぁ、明日、我が家に来れば、こんな田舎のことはすぐに忘れますよ。貴方のような素晴らしい女性にふさわしい物を用意しています。着物も、食べ物も比べ物にならないのです。ああ、琴もご用意しましたよ。私も聞かせていただきたいものだ。あの方の心を打った琴の音を。
おゆり ……。
新造 さぁ、行きましょう。
エリ ぐぬぬ……。
新造 おや、それは?
おゆり これは。
新造 なんだこの汚いかんざしは。捨ててしまいなさい。私の家に来ればあなたにふさわしい物がまっていますよ。

バキッと折れる音。

エリ ひでえ! なにすんだ!
新造 あんまり聞き分けがないと、あなたも消えますよ?
おゆり ヤメテください!
エリ ちょっと、刀はなしでしょ~。
新造 こんな夜中に女一人、川で死んでいても、妖怪が仕業かもしれんなぁ。
おゆり 渡します渡しますから!
エリ おゆりさん……。
おゆり いいの……。
新造 さぁ。行きますよ。

二人、去る。

エリ ひどっ! なにあいつ! っていうか、ふるせ君そっくり。待ち伏せとか、あの顔はストーカーの血を受け継いでるのね。キモッ。キモッ、キモッ! あ~あ、かんざしもこんなになっちゃって。ん? これ、なんか文字が書いてある? ……漢字よめねえ~。


与吉の家。
与吉が奥の部屋の前に立っている。

翔 ぶあっくしょん!
与吉 おい、大丈夫かぁ?
翔 ちょっとくしゃみが。風邪かな?
与吉 おめー、女追っかけて、肥溜め落ちるとか、しかも一日に二度って。情けなさすぎんべぇ。
翔 ちょっと追い打ちかけないでくださいよ! こっちだって分かってるんです。
与吉 とりあえず、ちゃんと体洗えよ!
翔 は~~い。あの、与吉さん。
与吉 んだぁ? 着替えはもうねえぞ。
翔 ここ、本当に江戸時代なんですね。
与吉 江戸時代?
翔 ボクらの時代には江戸時代って言うんです。
与吉 ほうか。ほいたら、これから先、どないなるんよ。
翔 いや~、ボク歴史は好きっちゃ好きなんですが、近代はちょっと。
与吉 近代?
翔 この時代の後ですね。なんか面白くないんですねえ。ドロドロしてるっていうか、政治的感じがするっていうか
与吉 なんじゃそりゃ。
翔 江戸幕府が黒船の襲来やらなんやらで、なくなって。
与吉 はえ~、徳川様の世がおわるんか。
翔 ええ、それから色々あって、戦争があって。
与吉 戦争ってなんだ?
翔 世界大戦ですよ。世界を相手に戦をするんです。
与吉 はえ~、南蛮相手にか。
翔 そうです。で、日本は負けるんです。
与吉 この国がまけるのか。じゃあおれたちはどうなるんだ。
翔 今は色々ありますけどね、まあでもいいですよ。現代は。学校とかしんどいけど。それなりに原子力の問題とか紛争もあったりするけど、それなりに、みんな幸せですよ。
与吉 幸せに聞こえんな。
翔 みんな自由ですよ。なに言ってもいいんです。それこそ自由に恋愛してもいいし、
与吉 ほうか、自由に恋愛してもええ時代がくるんか。
翔 はい。まあもてなさすぎて逆に辛いですけど。
与吉 せやろうなぁ。おまん、モテなさそうやもんなぁ。
翔 そうなんです~。
与吉 生まれてくるのが早すぎたなぁ。ワイは。
翔 あ、あの~~。ボクこれから、どうなるんでしょうか~。
与吉 どうってなにが?
翔 このままここで暮らしていかないといけないとなったらです。
与吉 まあ水百姓でもするしか、ねえわな。
翔 ひゃ、百姓ですか。
与吉 ほやかて、家も土地もないやろ。
翔 はい~。
与吉 うちの畑でも手伝えよ。
翔 そうですか。
与吉 天川村も、そがいに悪い場所でもねえよ。
翔 天川村……。そういえば、ここって天川村っていうんでしたっけ。
与吉 せや。
翔 じゃあ、巨勢新造って知ってます?
与吉 あん!
翔 ボクのご先祖様らしいんですけど。
与吉 なん!
翔 この辺を治めてたらしいんですけどね。うちの親がもう酔っ払っちゃ、家はえらい武家の血筋だったんだ~。だからプライドをもてもてって言って、うるさいのなんの。関係ねえよって思うんですけどね。
与吉 おめえ、巨勢の子孫か!
翔 ちょっっと~、なにするんですかっ!
与吉 ちょっと顔の飾り外せ。
翔 ちょっメガネとると見えないんですよ。
与吉 あで~(あらー!)新造そのもんだ。
翔 返してくださいよ。
与吉 すまんすまん。
翔 ひどいなぁ。何にも見えないんですよ。
与吉 ほいたら、おめえ本当に遠い先の時代から来たんやな。
翔 知ってるんですか? 巨勢新造って。
与吉 おめ、ゆりちゃんが養子に行く先の武家様よ。
翔 えっ! そ、そうなんですか?
与吉 せや。明日、そこへ行くんや。
翔 ゆりさんって、じゃ、じゃあおゆりさん? 理由の由に、利益の利で?
与吉 あん? そうやったかな?
翔 あでででで。
与吉 なんや?
翔 あ、いや。
与吉 新造のやろう、こんまいころからエラそうにしてやがって気に食わん。くやしいわ。
翔 いや、おゆりさんなんですけどね?
与吉 なんよぉ。
翔 それが、大変ですよ。これは。

戸が激しく開く音。

エリ わーん。江戸時代キライー。
翔 吉村さん!
与吉 なんじゃあ、こんどは。 
エリ おゆりさん、連れて行かれたよ~。
与吉 つれていかれたって?
エリ これ。
与吉 これはわいがおゆりに渡したかんざしやんけ。
翔 折れちゃってますね。
エリ ここになんか書いてるんだけど、読めないし。
与吉 みしてみい。
翔 権現様でお待ち申します。権現様ってなんでしょうね。
与吉 東照宮様の事や。これをおゆりが持ってたんか。
エリ そう、そしたらあんたみたいな顔したキモオタ侍がおゆりちゃんを強引に。
翔 お、おれみたいの?
エリ 新造とか言ってた。
与吉 新造か!
エリ しらないし、キモオタ侍だし。
与吉 おゆり!

与吉が走り去る。

エリ あっ、ヨキリン急に出てってなんなの?
翔 やっぱりそうなんだ!
エリ なになに?
翔 大変なんだよ!
エリ どういうこと?
翔 おゆりさんは吉宗の母親だ!
エリ え? なになに?
翔 吉宗の母親なんだよ!
エリ 誰? 吉宗って。
翔 将軍だよ。将軍!
エリ しょ、しょ、しょ、将軍!
翔 そうだよ。
エリ へ~。
翔 ……分かってない?
エリ えへっ。
翔 徳川吉宗だよ! 暴れん坊将軍!
エリ マツケンサンバの人!
翔 そう!
エリ す、すごおーーー! 
翔 分かった?
エリ へ~。 マツケンのお母さんなのか。
翔 分かってないじゃん!
エリ だからなんなのよ。
翔 おゆりさんが、将軍の母親になる人なの!
エリ へ~。
翔 もうっ! いい? 巨勢新造ってオレのご先祖なの。
エリ あ、それでクリソツなんだ。
翔 我が家の言い伝えで、天川村の農家の娘を養子にして、将軍の側室にしたの。
エリ 側室?
翔 まあ、奥さん。
エリ へ~。
翔 それがおゆりって名前なの。それでボクのご先祖様は、将軍家に引き上げられて繁栄したんだけど。
エリ え? じゃあ、ふるせ君っておぼっちゃん?
翔 まあ、ボチボチ。
エリ へ~。そうなんだ。
翔 つまり、あのおゆりさんが嫁ぐ先は、紀州徳川家で、やがて江戸幕府の将軍になる徳川吉宗のお母さんになる人なの!
エリ まあ、なんか凄さだけはわかった。
翔 そう! でも大変なことしようとしてたの。エリちゃんは!
エリ なによ。別になにもしてないって。
翔 おゆりさんと与吉さんがくっついたら、吉宗は産まれてこないでしょ?
エリ あんたエリちゃんって言った?
翔 あ、ごめん……。
エリ まあ、いいよ。なんか大変なんでしょ?
翔 そう、将軍が産まれてこないなんて歴史がどれだけ変わるかわからない。
エリ へ~。
翔 つまり、ボク達の時代が大きく変わっちゃうんだよ。
エリ へ~。
翔 下手すりゃ、江戸時代がずーっと続くかもしれないし、
エリ あ、なんか大変そう。
翔 だから、原宿も渋谷も、時代劇のまんまかもしれないの!
エリ ええ! 大変!
翔 最先端ファッションが、ちょんまげにふんどしになるかもしれないの!
エリ あ、ちょっとオモシロイかも。
翔 くそっ、後退したか。
エリ ごめんね、バカで。
翔 でもそこがイイ!
エリ いや、も~。なによ急に。口説いてるの?
翔 いや……ってそれどころじゃなくて! あのあれだ、このままいったら、キムタクもフクヤマもみんなチョンマゲになってるかもよ!
エリ イヤーー! 絶対イヤーー!
翔 分かった?
エリ うん。ごめんね。
翔 つ、疲れた……。
エリ 大変だね。
翔 大変なんだよ!
エリ で、なにが?
翔 与吉さんを止めなきゃ!
エリ なんでよ、いいじゃん。愛じゃん。ラブじゃん。いけてるじゃん?
翔 だから、こんままだと、スマップとか、嵐が、大嵐幸太郎一座とかになるの。
エリ そ、それはヤバイ!
翔 とめなきゃ。
エリ ええ~。
翔 行くよ! ほら!
エリ も~、疲れてるのに~。
翔 大変なの!
エリ も~~強引♪ そういうのキライじゃないよ~。


東照宮の境内。

与吉 ああ、ここから見る村はえらいキレイなもんや。
おゆり よきっちゃん……。
与吉 わりよ、明日は、見送りにはいけんくなりそうよ。
おゆり いやよ……。
与吉 なんでこないなってもうたんやろうなぁ。
おゆり ……。
与吉 あいつらが言うとったわ。遠い先の時代には、自由があるてよ。身分も差別もあらへん、みんな自由に恋愛して、好きな人に自由に好きやって言える時代が来るて。
おゆり 素敵ね。
与吉 まあそん時代はその時代で大変らしけどよ。ええわなぁ。そんな時代が来たら。
おゆり くるわよ。来る。きっとくるわ。
与吉 また生まれ変わったらそんな時代がええなぁ。
おゆり ええ、私もその時代に行くわ。
与吉 ああ、なんや静かやよ。
おゆり よきっちゃん!
与吉 悪かったよ……。
おゆり よきっちゃん!

エリ いたっ! あら、ごめん。いい所だったか~。
おゆり あなた……。
エリ やるじゃん。ヨキリン? どうしたの?
おゆり 逃げて。
エリ 逃げて? どうしたの? ヨキリン?
おゆり いいから。逃げて。
エリ ヨキリン、それ、血じゃないの? すごい血出てるけど。ヨキリン? ヨキリン?
おゆり もう……。
エリ 嘘……。なんで? 救急車! 救急車よばないと。
おゆり 救急車?
エリ あいつだ、あいつだ! 新造だ! 警察も呼ばなきゃ、って電波ねえ、って江戸時代か。江戸時代不便すぎる。
おゆり もういいの。
エリ いいのって、ヨキリンが。
おゆり あなた、遠い先の時代から来たんだって?
エリ あ、うん。
おゆり いい時代みたいね。
エリ そうでもないけど。
おゆり この時代ではね、これが当たり前なの。愛なんかより大事なものが沢山あるの。
エリ ……。
おゆり あなたが変なこと言わなければよきっちゃんはこんな目に遭わなくてもよかったかもしれないのに。
エリ ……。
おゆり 誰もこんなの望んでなかったのに。
エリ 私のせい?
おゆり 違う?
エリ ……。
おゆり 二人にしてくれる?
エリ ……ごめんなさい。

新造が現れる。

新造 ああ、こんなところにいたのですか。
エリ あんた!
新造 またお前か。邪魔するな。さあ、もういいだろう。帰りましょう。
エリ ヒドイ、なにもこんなこと。
新造 ん? こいつ……死んでるのか?
おゆり ……。
新造 ひどいな。
おゆり ……。
新造 こいつが与吉か?
エリ あんたじゃないの?
新造 オレが? これをやったと?
エリ でしょ?
新造 知らないな。オレはおゆりさんが途中で逃げ出したんで、ずっと村中を探して廻てったんだ。
エリ 嘘!
新造 疑うなら村の人間に聞くがいい。
おゆり 村の誰も喋らないわ。
エリ ど、どういうこと?
おゆり 明日の話は村ぐるみで……だから。
エリ 村の人がやったってこと?
新造 なるほど。さあ、家に帰りなさい。こいつのことは私が引き受けるから。
おゆり もう少し!
新造 ダメだ!さぁ。
おゆり 分かりました。
新造 お前も失せろ。こいつと同じ目に遭いたいか?
エリ ……やだやだやだやだ。
新造 口止めのために、お前を斬ってもいいんだぞ?
エリ やだやだやだやだ!
新造 仕方がない。

刀を抜く音。

新造 恨むなよ。
エリ やだやだやだやだ。
新造 南無三! ん! なんだ与吉、まだ生きていたのか、離せ。
与吉 今のうちに逃げえ!
エリ でも!
新造 もう助からん。今、楽にしてやる。
エリ ヨキリン!
与吉 行けええ!
エリ ご、ごめんなさい。
新造 ふん……。ようやく力尽きたか。おい、女。
エリ ムリムリムリムリ。あっ、
おゆり ああっ。
新造 ふん。自分で大階段から落ちて行ったわ。この高さじゃ助からんだろう。さあ、おゆり、行くぞ。
おゆり そんな……。
新造 こんな奴らの事は忘れろ。お前はこれから紀州殿の側室として素晴らしい未来が待っているんだ。
おゆり ああっ……。


祭りばやしが聞こえる。

翔 エリちゃん、エリちゃん!
エリ あ、ふるせ君。
翔 大丈夫?
エリ あれ? おゆりさんは? ヨキリンは?
翔 分からない。
エリ ここどこ?
翔 戻ってこれたんだよ。
エリ どこに?
翔 ボクらの時代だよ。
エリ え、なんで?
翔 わからない。
エリ なんかクサい。
翔 エリちゃんを追っかけてたら、また肥溜めに落ちちゃって、気づいたらボクもここのドブで目が覚めたんだ。
エリ 相変わらずばっちいなあ。
翔 別に好きで落ちてるわけじゃないから。エリちゃんは、大丈夫だった?
エリ あ、うん。色々あったけど。
翔 あれから、どうだったの?
エリ ううん。
翔 そう。
エリ 戻ってこれてよかった。
翔 そうだね。
エリ なんか外すごいけど。
翔 神輿が大階段降りてくるみたいだね。
エリ そう。
翔 あ、動いて大丈夫?
エリ うん。観に行こうよ。
翔 分かった。

男たちの喧騒が大きくなる。

エリ あれがお神輿?
翔 そう、この大階段の上から男たちがお神輿を担ぎながら降りてくるんだって。
エリ 危なそう。なんであんなことするんだろ。
翔 一説には、吉宗の母親が、この階段から落ちて無くなった女の人を祭るために始めたっていう話しもあるんだって。
エリ おゆりさんが?
翔 まあ、わからないけど。
エリ ありがとう。
翔 なに?
エリ あんたに言ったんじゃないから。
翔 なにそれ。
エリ ああ、戻れてよかった。
翔 そうだねえ。あ、あれ、水泳部の山本と加藤さんじゃない?
エリ あ、ほんとだ。
翔 あの二人……。
エリ どうでもいいよ。
翔 え? ラブ探偵は?
エリ 自由に恋愛していいんだから、楽しめばいいんじゃないの。
翔 おおー、なんか悟った?
エリ なに、キモイよ。
翔 ひどいなあ。
エリ なんか食べて帰ろうよ。
翔 いいの?
エリ お腹すいた。
翔 はいはーい。え? 神輿担ぐ男衆? ボクがですか? いや、このふんどしは、え? いや、無理ですって、ええ~、エリちゃん助けて~~。勘違いなんです~。神輿とか死んでしまいます~。
エリ はは、ふるせ君頑張ってね~。
翔 そんなあ。

男たちの喧騒が大きくなる。

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コチラをご利用ください

使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきぼう)

1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

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