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家族を再定義する。2つ安心感と家族。

昨晩はWasei Salonとサイボウズ式第2編集部でのコラボイベントに開催した。

ご参加いただいたみなさん、本当にありがとうございました!とてもいい時間でした、今まで一番楽しい会だったかもしれない。


僕は主催側と言うよりほぼいち参加者として話を聞き、ディスカッションさせていただいた。ちょっと酔っていて危なかったけど(その後の飲み会で盛大に酔った)、「家族」についての自分なりの考えをまとめておきたい。


妻子は(今は)ほしくない、でも家族はほしい

ずっと昔から、奥さんや子どもはほしくない、というより結婚したいという欲があまりない。想像できない。こういう感情は経験で変わるから、「今は」と但し書きをつけるけども。

でもその一方で「家族はほしい」と思っていて、昨日はその感情を深掘りしたくて参加した。

特にWasei Salonチームのトークテーマ「家族を再定義する」を楽しみにしていて、実際聞いてみると勉強になることばかりで、本当に良い時間だった。人生で一番と言っていいくらい良かった。

その中でも、シェアハウスに暮らす土田っち(@Ryotsuchida)の話が面白く勉強になった。シェアメイトに家族らしさを感じていると。僕も昔シェアハウスに住んでいた経験があり、家族らしさを感じていた。


トークセッションでの土田っちのこの話がすごく面白く、うんおもしろい。そうだなぁ。

「泊まって夜を越して朝ごはんを一緒に食べるという"家族っぽいこと"をすると家族と感じる」


サ式のみなさんのトークセッションで話していた、「家族は自分をさらけ出せる存在」という話を思い出しつつ、帰り道に酔いながらごちゃごちゃ考えていた。


どうでもいい自分をさらけ出せる存在、オフの暮らしに同居できる存在が家族なんじゃないかなぁと。そんなことを考えていたら、チーム水彩の仲間のながりな(@nagarina)がいいまとめを書いていた。

僕のツイートの2分後でまじで笑った。


このツイートを見て、午前中うんうんと考えていたら、少し自分の中で考えがまとまった気がする。


2つの安心感が持てる存在が「家族」


昨日の勉強会を経た、今の考えだ。

オフの暮らしをさらけだせる=暮らしの安心感
自分の心をさらけだせる=心の安心感
2つの安心感を持てる存在が「家族」


土田っちやながりなの話は、暮らしの安心感に関するもので、一緒に暮らして完全オフの自分をさらけだすことが、家族だと思える要素なのではないか。

そのわかりやすい状態が、「泊まって朝ごはんをともにする」なんだと思う。寝ているときはもっとも無防備な状態だし、朝起きがけのときが人間もっとも準備ができていない状態。

生物的にも無防備だし人様に見せない自分、それをさらけ出せる安心感。

最初は気になるだろうけど、何回か泊まって暮らしている内に慣れてくる。



ただ、以前土田っちと、同じシェアハウスに住む人でも家族だと感じる人とそうでない人がいると話した。

それは、自分の心をさらけ出せていない相手なのではないか。オフの暮らしは見せるけど、オフの心は見せていない。心では少し構えたままの相手。

一緒に暮らす血縁的・世帯的な意味での家族に対して「家族感」を感じない場合があるのは、心で身構えているからなんだと思う。心の安心感を持っていない。


一方で、心の安心感「だけ」でも家族とは感じない。僕はWasei Salonのメンバーに対して心の安心感はものすごくもっているけど、家族だと感じたことはない、友人だ。

一緒に暮らしていないから、暮らしの安心感は持っていない。


一緒に暮らすことと心を通わすこと。

2つの安心感を持つと、家族だと感じるんじゃないでしょうか


さいごに

「さらけだす」と言っても、全部さらけだす必要はない。部分的にでも、コアなところをさらけだし安心感を覚える、ということが本質で。


他にも以下のような疑問がつきない。

・恋人の同棲は「家族」と感じるの?

・一度「家族感」を得ても、単身赴任とか遠距離生活で離れてしまうと薄れていくの?

・オンラインコミュニティや仮想シェアハウスみたいな、暮らしを精神的に共有している場合はどうなの?


これからも考えていきたいし、いろんな人と話してみたいし、実験もしたい


誰か僕と同棲しませんか?それはちがうか。


Wasei Salonメンバーの記事やイベントレポートを最後に載せておきます。みなさんそれぞれ感じるポイントが違っていて面白い。


ありがとうございます。本を読むのに使わせていただきます。