シリーズ∶日本酒と私(4)

寮生活と、清酒日本海

金衛町浜

大学生活は、年季の入った旧制の学生寮入寮から始まった。 
昭和40年完成の鉄筋コンクリート4階建。食堂・ホールを中央に、東西にA棟とB棟が両翼のように配置されていた。
部屋は二人部屋と四人部屋。私たちが入寮していた頃は、二人部屋は上級生が一人で使い、四人部屋は半分を上級生、残り半分を下級生が二人で使うようになっていた(二段ベッド有り)。
各棟各階には「談話室」という部屋も有り、月いちの会議(通称「ダベリ会」)や勉強会、催し物、そしてコンパ(飲み会)でも使われるのだが、この部屋で、大学生活最初の試練がやってくるのである。
「新歓コンパ」の席で、先輩たちから歓待を受けたところまでは良かったのだが、乾杯のビールから「清酒日本海(傍の浜から汲んできた海水の入った?辛口日本酒!)」のコップ飲みに移り、先輩方の注ぎまくり(大きなアルミやかんで次々に)を受けているうちに、周りはひとり、またひとりとつぶれていき、私もだんだんと意識が朦朧としてきて・・・。
目が覚めたら病院のベッドの中。傍には付き添いの先輩の顔が。
急性アル中で運ばれたわけである(たぶん、調子に乗って1升くらいは飲んでいたと思われる)。
※「九死に一生の巻。」参照!

パイナップルイッキ! 

パイナップル

 お次は、学部生活について。
私の属した工学部土木工学科では、伝統のビールの飲み方があった。
その名も「パイナップルイッキ」と言う。
丸ごとのパイナップルを縦割りにし、果肉をくり抜いたもの(多分、学食から調達したもの)を酒器と見立て、ビールを注いで飲み干し回す。
最初のうちはパイナップルの風味があって美味しくいただける?のだが、なんといっても一気飲みなので、あとはただただ苦みを感じながらの勢いのみ!
流石に日本酒ではやらなかったが、果実酒っぽく意外と美味しかったりして(^^;)。
あれから何十年も経ったが、今もやっているのだろうか・・・。

合宿所での打ち上げ

ユーフォニアム

 大学の部活でも吹奏楽部に入部した。
吹奏楽部の年間活動の総仕上げとして、年末に定期演奏会を開催していた。
メインイベントなだけに、かなり気合を入れて準備、練習をして本番に臨んだものだ。
なので演奏会が終わると、達成感もひとしお。そしてその勢いを持って、打ち上げに向かうのである。
打ち上げ会場は、学内にある「合宿所」。つまり、心置きなくエンドレス!
翌朝は、酒臭い空気と、あちこちに転がった部員たち。片付けと掃除が大変であった・・・。
 飲み物は、乾杯用のビールと、学生の味方のホッピー&焼酎。そして日本酒は地酒の「鶴の友」。
実は合宿所での飲み方が悪かったせいか、この酒にはあまり良い思い出がない。
巷では燗酒で人気が出てきている酒だが、今飲んでみても当時の記憶が蘇るせいか、特に美味しくは感じないのである。

家庭教師と越乃寒梅!

 学業が忙しくなる前の1、2回生の頃は、アルバイトで家庭教師を少しばかりやっていた。
従妹が中学校の教師をしていた関係で、出来の悪い生徒を紹介してもらっていたのである。
出来が悪いといっても、ちょっとヤンチャで品行方正でなかった子の場合が多く、「やればできる子」たちであった。
なので丁寧に教えればのみ込みが良く、私の言うことはよく聞いてくれたので、教えがいがあった。
成績は上がったものの、本人の希望する高校に入れなかった残念なケース(内申書が足を引っ張った)もあったが、
親御さんからは感謝のしるしに、当時入手困難であった「越乃寒梅」をいただいたこともあった(ジョニ黒なんかも貰った)。
当時は貴重で入手困難だったので、大学の仲間と飲むのはもったいない気がして、実家に持ち帰って親と飲み交わしたと記憶している。
これが、「日本酒って良いものだな」、と感ずる最初のきっかけになった気がしている。

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