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Tポイントカードの末路

レジの店員が尋ねる。
「Tポイントカードはお持ちですか?」
すると私たちは、決まってこう答える。
「いえ、持っていません」

本当は持っている。Tポイントカードを持っている。しかし私たちは、レジ店員の目をだまし、Tポイントカードを必死で匿いながら、ここまでやってきた。親にバレないように納屋でこっそり捨て猫を飼う、みたいな感じでTポイントカードの存在を隠してきた。

しかし、店員だってバカではない。
「本当は持っているんじゃないか……?」
欺かれ続けてきたことに、店員がそろそろ気づいてもおかしくない頃だろう。そこから店員のレジスタンスが始まるのも、時間の問題である。

「Tポイントカードはお持ちですか?」
その店員の言葉の裏に「メアリーお嬢さんがこの家に逃げてきたのは分かっているんだ、さあ早く出しなさい」という保安官の詰問のごとき迫力がにじむようになる。
しかし、こちらだっておいそれとTポイントカードを出すわけにはいかない。「メアリー?知らないね。オレんちにいるのはビーンズスープを煮るのが村で一番上手な母ちゃんだけさ。さあ、帰ってくれ!」みたいな強硬態度で、「いえ、持っていません」とTポイントカードを守る。
そのうちに、なにかが、決壊する。

「……本当に、Tポイントカードを持っていないんですね?」
いままでと違い、深追いを始めるレジの店員。
「……はい、持っていませんよ」
明らかに変わった空気を敏感に察しながらも、私は無表情を決め込む。
「……ウソじゃないですよね?」
「ええ、ウソなんてつくものですか」
カウンター越しに、こちらの目の奥の色をジッと見つめてくる店員。私は素早く商品を受け取ると、駆け足で自宅へ戻る。
玄関の鍵を閉めたら、もう大丈夫だ。さあ、購入したコイケヤスコーンを思う存分楽しむとしよう……。
と、その時である。部屋の壁が、斧によって引き裂かれる。裂け目から店員が顔をのぞかせ、こう叫ぶ。
「Tポイントカードはお持ちですかぁぁぁぁっ?!」
私は顔面蒼白になりながらも、庭へと逃げる。しかし、血走った目の店員に、追い詰められる。
「は、早くTポイントカードを出せ!持っていることは分かっているんだ!」
もはや店員は、常軌を逸していた。
「……持ってないと言っているだろうが!」
私は命を賭す覚悟で、店員に抗う。
「なぜだ…なぜ誰もが、Tポイントカードを持っているくせに、持っていないフリをするんだ……」
店員の表情に、悲しみが走った。その様に一瞬だけ情が湧き、「それはな、なんか面倒くさいからだ」とつい告白しそうになるが、寸前で踏みとどまる。
「……これだけは使いたくなかった」
そう言って、銀色のピストルを私の心臓に向ける店員。
「最後にもう一度だけ聞く。……Tポイントカードは、お持ちですか?」
ごくり。
私はツバを飲み、そして覚悟を決め、こう答える。
「いえ、持っていません」
パーン。
乾いた銃声が、辺りに響いた。
店員は、温度の失った表情を浮かべ、その場から立ち去る。

戦いは無惨な血の結末を迎えた。かのように思えた。
私は、起き上がる。生きていた。無傷だった。胸ポケットに入っていたTポイントカードが、凶弾から命を救ってくれたのだ。

これが、もはや形骸化しかけている「Tポイントカードはお持ちですか?」「いえ、持っていません」のやり取りの先に待っている、未来である。

(了)

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2016年に『テレビブロス』誌に書いたコラムを短編小説風味に修正して再掲載してみました。2016年頃が「Tポイントカードはお持ちですか?」「いえ、持っていません」の過渡期だったように思う。

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