魔法使いの研究室-01

魔法の世紀を迎えるための助走 前編(落合陽一『魔法使いの研究室』)

今朝のメルマガは、メディアアーティスト・落合陽一さんの連載「魔法使いの研究室」です。12月2日にブックファースト新宿店で行われた特別講演「魔法の世紀を迎えるための助走」の前編をお届けします。書籍の内容を踏まえつつ最新の動向や知見を交えながら、来るべき「魔法の世紀」のビジョンと可能性について論じます。

 こんにちは、落合陽一です。まずは自己紹介からさせてください。私は筑波大学の落合陽一研究室・デジタルネイチャーグループを主宰しながら、メディアアーティストとして活動しています。そのほかにも、ピクシーダストテクノロジーズという、超音波スピーカーやホログラムを開発している会社の社長業と、VRコンソーシアムという組織の理事もしています。最近では電通のISID(電通国際情報サービス)のイノラボにも所属していて、広告関連のイノベーション事業でも働いています。

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 世の中には「リサーチ」「プロトタイプ」「マーケット」という3種類のモノづくりの場があります。だいたいの製品はこの3つの過程を経由して世の中に出ますが、このうちのリサーチを大学研究、プロトタイプをVRコンソーシアム、最後のマーケットを会社で行っています。そして、アーティストとしては、この3つの間の立ち位置で作品を作っています。
 そんな人間ですので、『魔法の世紀』は、リサーチ・プロトタイプ・マーケットの3要素すべてが含まれた言説となっています。

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 先日「ワールド・テクノロジー・アワード」という大きな賞をもらいました。青色発光ダイオードを作った中村修二さんに続く日本人の受賞ということで大変恐縮しています。過去にはインテルの創設者であるゴードン・ムーアさんやGoogle創業者の方々も受賞していますね。
 今年の注目すべき受賞者は生物部門のジェニファーとエマニュエルです。彼女たちはCRISPER/Cas9というシステムに関わる技術技術を発明しました。これはDNAの特異的な部位を特定のDNAの鎖で置き換え発現させるというもので、私の予想では、彼女たちはいずれノーベル賞を受賞するでしょう。いまMIT(マサチューセッツ工科大学)でバイオが流行っているのは、このCRISPER/Cas9という因子のおかげだと僕は思っています。

■ コンピュータの発展と世界を変える2つの道

 今年はデジタル計算機、つまり現在のコンピュータの基礎が誕生してから78年目となります。人間でいえば、後期高齢者にさしかかったところですね。
 コンピュータの歴史は、クロード・シャノンが23歳のときに提出した「継電器及び開閉回路の記号的解析」という論文から始まります。

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 これは、20世紀で最も重要な修士論文だと言われています。0と1の論理値からなるブール代数を電気回路のスイッチのオン/オフで計算すると、電圧で答えが返ってくる。この論文は史上初のデジタル計算機=コンピュータを生み出します。それまで人間に限られた知的活動だった「計算」を、機械が行う時代がやってきました。
 最初期のコンピュータは、第二次世界大戦の暗号や弾道の計算に使われていましたが、1960年代になると職業的な用途――コンピュータグラフィックスの描画や、医療の診断、建築物の設計に使われ始めます。
 1972年になると、アラン・ケイが「A Personal Computer for Children of All Ages」という論文を発表します。この論文は、コンピュータが子供でも扱えるメディア機器として普及する未来を予見したものでした。

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 右側に写っているのは、当時アラン・ケイらが開発していた「Alto」です。現在のデスクトップパソコンの原型となったコンピュータですが、価格は3000万〜4000万円程度はするでしょう。これがいずれ子供のおもちゃになるというのは、相当に突飛な発想ですよね。しかし43年後の私たちは、それがiPadによって実現したことを知っています。このエピソードは「性能の指数関数的な伸びによって用途の幅が大きく振れる」というコンピュータの特徴を、よく表しています。
 ちなみに、Appleの「Macintosh」は、この「Alto」を模倣して作られました。スティーブ・ジョブズが米ゼロックス社のパロアルト研究所に遊びに行った際、この画期的な機械が産業化されていないことに目を付け、そのままパクって自社で作ったのがAppleの最初のコンピュータ「Macintosh 128K」です。

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▲Apple Macintosh 128K(1984年)

 1991年になると、マーク・ワイザーによってユビキタスコンピューティングの論文「The Computer for the 21st Century」が発表されます。
 今まさに会場の皆さんが行っているような、スクリーンに投影された説明を聞きながらiPhoneでメモを取るようなコンピュータの用途は、1990年代に想定されたものです。

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 当時は、この環境を実現するためには、コンピュータはユニットとして高度に無線化され、赤外線で相互に通信する必要があると考えられていましたが、現在、私たちの社会は、Wi-Fiを始めとする無線が都市のあらゆる場所に張り巡らされ、私たちは紙を使うようにコンピュータでメモを取れる社会に生きています。
 この論文が書かれた1991年から、既に24年の月日が経ちました。マルチメディアテクノロジーによるビジュアルとオーディオのコミュニケーションは成熟の域に達しています。私たちは誰もがスマホを持ち、Wi-Fiにアクセスできる。もちろん先進国に限っての話ですが、先進国においては可能性はほぼ出尽くしているといえます。
 これからの我々には取るべき2つの方向性あります、ひとつは今ある技術をさらに前進させていく道。もうひとつは、発展途上国にWi-Fiなどのインフラを拡張させていく道です。
 今朝、Facebookの創業者マーク・ザッカーバーグは、全財産の99パーセントの株式を、世界の隅々までインフラを行き渡らせるために使うと発表しました。これは先進国で新技術を開発するよりも、途上国のインフラ拡充に投資した方が社会に貢献できるという考え方です。
 しかし私は研究者です。50年後や100年後、世界のあらゆる場所にインフラが行き渡ったときに、何が起きるのか。一足先に成熟国家になっていく日本やアメリカでどういう問題が起きるのか。そういう興味から『魔法の世紀』は書かれました。

■ 人間の感覚器の上限を超えたアートを表現する

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 私の研究テーマについてお話しましょう。今までマルチメディアは、人間の聴覚や視覚に対応した入力をしていました。例えば、人間の視覚は1秒間に60Hzの動きの変化を認識できます。ハイビジョンくらいの画質があれば、充分に美しい映像を網膜に投影できます。
 聴力も同様で、人間に聞こえるのは最大で22kHzくらいまでなので、そこの間をいかに埋めていくかが、従来のマルチメディア装置には求められていましたが、これは人間の感覚器の制約に囚われた発想です。目に対応してディスプレイの書き換え周波数が、耳に対応してオーディオの使える周波数が決まっている現状に対して、いかに光と音のエネルギー出力を強化するか、いかに表示を高解像度化するか、そして、いかにホログラフィーを組み上げるか。これが私の研究テーマです。つまり今まで一次元的・二次元的だった音や光をどうやって三次元的に合成するのか、という関心です。

▲Fairy Lights in Femtoseconds: with Artist Statement

 これは強力な光源によって、光の粒で絵を描いたりモノを動かすという研究です。どちらも使っているのは光と音です。例えば、テレビから出ているエネルギーは全体でミリワット程度ですが、より強いエネルギーをそこに込めれば、空中に絵は描けるし物体も動く。使っているエネルギーソースは一緒でも、全く違う使い方があるのではないか、ということを今のマルチメディア時代に考えているのが、私の研究者としての立ち位置です。
 アーティストとしての活動についても触れましょう。これまでの世界では、絵画や彫刻といった静的な表現が芸術の中心でしたが、私の活動は、メディアを機械制御したり、動く物体をコントロールしたりといった、電気・電信を使った芸術、いわゆる「メディアアート」です。

▲ドン ペリニヨン P2-1998 エクスペリエンス開催

 これは「ドンペリ」の愛称で知られる最高級シャンパン「Dom Pérignon」とコラボした作品です。シャンパンの中に泡で絵を描くために、遠隔で泡を起こす方法を考えました。炭酸は一様なポテンシャル場なので、その中に赤外光レーザーを入れると泡が出てくる。だからその泡を使って絵を描けるんですね。これはドンペリを注いでメディアにしていますが、炭酸が抜けたら終わりなので、次々と高価なドンペリを空けるという、非常にお金のかかった作品です(笑)。それでも非常に美しい出来映えになったので関係した方々には非常に感謝しています。
 シャボン玉の滝を作ったり、室内に雷を落とすような作品もあります。僕がシャボン玉を好きなのは、突然出てきて消えるところにデジタル的な雰囲気を感じるからです。まるでデジタルデータみたいだと思いませんか?
 こういった水・光・音・電気を利用したアートは既存の美術館には展示できませんが、いずれ時代が進めば可能になるはずで、それを楽しみにアーティスト活動をしています。
 ほかのアーティストとコラボすることもあります。10月20日にZeppTokyoで行われた『SEKAI NO OWARI』のライブでは、会場の演出を担当しました。

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 ここではいかにして映像装置とは違った形の映写装置を作れるかを試みました。1900年代のゾートロープ(回転のぞき絵)を今風にするなら、3Dプリンターでムービーを直接出力して作るのも面白いし、ほかにも「絵画に見えるけど実は動画」といったメディアをどうやって作るのか、それがこの時のテーマで映像の異なった解釈を行っていきました。このようにさまざまな作品を作りながら研究したりそれをまとめたりとアウトプットしています。

■ アイデンティティ・クライシスを超えて

 先日、東京映画祭で富野由悠季さんと対談したときに、富野さんから「こいつ『映像の世紀』が終わるとか言ってるんですよ!」と紹介されて、記者たちが一斉に私の写真を撮るという一幕がありました。

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 私は映画や映像業界の人たちから敵視されるような発言をよくしますが、本質的には、今、映像の世界で仕事をしている人たちが、どうやったら次の時代に合わせて業態を変えていけるのか、どうすればアップデートしていけるのかをいつも考えています。
『魔法の世紀』で重要なのは、アイデンティティ・クライシスを超えてどのようにモノを作っていくかということです。コンピュータが登場してからというもの、各業界にたくさんのアイデンティティ・クライシスが発生しました。
 今日(2015年12月2日)、日本最大の出版取次会社である日販(日本出版販売株式会社)が赤字を発表しました。本や雑誌の取次会社は、Amazonとは違ったスタンスで動いています。出版取次が便利なのは、日本中に少ない手間暇で出版物を配分できるところで、離島の小さな書店にも新刊が並ぶのは、出版取次の流通ネットワークがあるからです。確かに、大ベストセラーが次々と生まれる時代であれば効率のよい仕組みだったでしょう。しかし、今の時代においては、Amazonのように注文に応じて商品を届ける方が、コストにおいてもマーケット配分においても効率が良い可能性はあります。
 私たちは、1970年以降培ってきた高度経済成長の文化と、新しい時代のコンピュータの文化との戦いの中にいます。

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