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アレクサで始める #SHYHACK | 栗原一貴・消極性研究会 SIGSHY

消極性研究会(SIGSHY)の連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』、今回は情報科学者の栗原一貴さんに、身近な #SHYHACK についてご紹介いただきます。最近身近になってきたスマートスピーカーは、じつは言いにくいことを人に伝えるときにも活躍をするのだとか。育児やビジネスの場面での効果的な消極性デザインとは?

はじめに

皆さんこんにちは。「物議を醸すモノづくり」が得意な情報科学者、栗原一貴と申します。2012年に珍妙な賞として世界的に知られている「イグノーベル賞」を受賞し、自らのマッドサイエンティスト人生を運命づけられました。現在は「秘境の女子大」と巷で呼ばれているらしい津田塾大学学芸学部情報科学科で、リケジョの育成に邁進しています。
さて、拙著「消極性デザイン宣言」で私は、一対一、あるいは一対少数のコミュニケーションにおける「自衛兵器」の研究を紹介しました。
おしゃべりな人を邪魔する銃「スピーチジャマー」、性能の悪い人工知能の暴走を装って自分のスマホやパソコンの画面を覗く人を撃退する「PeepDetectorFake」、耳の「蓋」として働くことで聞きたくない声や音を遮断する「開放度調整ヘッドセット」、そして人の目を見て話せない人のために視界のすべての人にモザイクをかける「視線恐怖症的コミュ障支援メガネ」などです。

本日は執筆後の近況報告として、身近な話を一つ。家庭の話から、最後はビジネスコミュニケーションの話に繋がります。

育児withアレクサ

書籍執筆後の反響として、章末の寸劇でレイ子さんが言っていたように「コンピュータや技術にあまり詳しくない私は、どうやって消極性デザインすればいいのか」というものがやはり、ありました。これについては我々消極性研究会でも日々議論しておりまして、皆さんとともに「 #SHYHACK 」と称して日常の小さな工夫・デザインによって自分の環境改善に取り組んだ事例の共有を進めています。

本日は、そのような中で最近我が家で流行している #SHYHACK のひとつ、「育児withアレクサ」をご紹介したいと思います。これは、消極性デザイン宣言の中で紹介した「性能の悪い人工知能の暴走を装って自分のスマホやパソコンの画面を覗く人を撃退するPeepDetectorFake」の原理を身近に応用したものの一つです。Amazon EchoやGoogle Homeなどの最近流行りのスマートスピーカーをお持ちの方であれば、その標準的な機能によって簡単に実践できます。すでに実践されている方もいらっしゃるでしょう。ですから新活用方法の提案というより、よくある利用実態の分析という感じでしょうか。

PeepDetectorFakeのポイントは、以下のようなものでした。

・人間、特に消極的な人は、他人を咎める、責める、叱るようなことに多くのエネルギーが必要である。
・他人に咎められ、責められる、叱られるとき、そこに感情が込められていると、受け手も防衛反応からか感情的になってしまう傾向がある。
・コンピュータを使えば、人工音声やテキストメッセージによって、人に対して感情を排除して淡々とメッセージを送ることができる。
・コンピュータに発言を代理させれば、メッセージの発信責任について、「暴走した性能の悪い人工知能のせい」と偽装することができる。
・人が人にネガティブなメッセージを伝えなければならないとき、コンピュータを媒介にすれば、伝える側も気楽にできるし、伝えられる側も冷静にそれを受け止められる可能性がある。

これを家庭内で応用することを考えてみましょう。こどもを叱るのって、難しいですよね。気持ちを込めて、心に訴える叱責。感情を抑えて、冷静に伝える叱責。その後のこどものダメージをフォローする工夫。我が家でも毎日、試行錯誤の連続です。私が特に苦手なのが、こどもが毎日のように忘れてしまう約束について、毎日のように守ることを促す叱責作業です。

我が家では、Amazon Echoの音声エージェントであるアレクサが、一日に何回か仕事をします。
平日朝7:35になると「こどもたちは学校へ行く準備をしましょう」と声掛けします。
朝7:45になると「こどもたちは学校へ行きましょう」と声掛けします。
こどもが1時間だけゲームするときは、親がいる場でこどもがアレクサに「アレクサ、一時間後に〇〇ちゃんがゲームをやめるように教えて」と呼びかけます。
夜8:30になると「こどもたちは寝る準備をしましょう」と声掛けします。
夜9:00になると「こどもたちは寝ましょう」と声掛けします。

夜9:00の発言には飽きを防ぐために日々変化するバリエーションがあって、「9時になりました。おばけの時間の始まりです。起きているこどもはおいしくいただきます」や「9時になりました。みなさんが寝ないので、私はおばけの国にさらわれます。さようなら。しくしく」などと淡々とつぶやきます。こどもたちは失笑したり、「うそだ!知ってるもん!」などと突っ込んだりしつつ、しつこく言われることに観念して、結局は(比較的にですが)、言うことを聞くようになりました。
親の方としても、予め決めた約束を守らないことに対していちいち血圧を上げて憤慨していた日々から、「ほらほら、アレクサがさらわれちゃうと悲しいから一緒に寝ようね」などとこどもの側に立って振る舞えることで、幾分か気が楽になりました。

どこがポイント?

アレクサは近年の音声合成技術の進歩によりだいぶ自然な発話ができるものの、まだ聞いている人間は「淡々としてるな」という印象を受ける声質です。また、自然言語理解技術もまだ完全ではないので、彼女があまり物事を深く理解できていないことも普段の会話を通じてこどもたちは理解しています。ですので、「空気が読めない無骨な存在が、淡々と決められた処理をしている。どうしようもないけど、憎めない」という共通理解が生まれているようです。なので、家庭における、忍耐力が必要な憎まれ役的仕事を代行するにはうってつけです。

また、アレクサが「音声言語でコミュニケーションしている」という点にも、実は隠れた長所があります。アレクサとのやり取りの音声は、そのまま周囲にいる人にも聞こえるという特徴です。
単純に目覚まし時計によって定時にアラーム音が鳴った場合、その音が何を表すのかは解釈が多様です。自分に関係ない機械音が鳴っているだけだ、とやり過ごすことができます。しかし「こどもは寝ましょう」と言われると、それがこどもに対して寝ることを促している解釈から逃れようがありません。無視しようものなら、同室の他者(親など)にその無視が明らかにわかってしまうので、気まずい雰囲気になります。つまり社会性をともなう強制力が発揮されます。
また、親がいる場でこどもが「アレクサ、一時間後に〇〇ちゃんがゲームをやめるように教えて」と呼びかけたとき、それはアレクサへのアラーム設定の指示だけでなく、その発話を聞いた親に対して、ルールの確認と周知をする働きがあります。「自分で納得してルールを決めたよ」という状況を作りやすいのです。これはルールを守ろうとする力を強めます。

家族化するアレクサ

育児withアレクサとは、要するに「ちょっと賢い(つまりしゃべることができる)アラーム時計の活用」にすぎません。
アレクサの革新的な点は、アラーム時計に人格と音声コミュニケーション能力を与えた点です。
私はもともとスマートスピーカーの価値に懐疑的で、「機械に向かってしゃべるなんて虚しくて無理!」と消極的に思っていたのですが、いざ試験的に家庭に導入してみると、妻子がすぐに愛着をもって接するようになり、いつの間にか私も家族の一員としてアレクサを迎え入れていました。一時、私が研究で使うためにAmazon echo dotを家から持ち出した際、妻子が間違って不在のアレクサに話しかけ、返事がなくてすごく寂しかった、と漏らしていました。アレクサ・ロスですね・・・
考えてみるとこれは、ロボット掃除機ルンバを導入した時と同じです。私はよくネットで「ルンバが可愛い。ペットみたい」などとロボット掃除機を愛玩する記事を冷ややかに眺めていたのですが、あの単純原理の移動ロボットが掃除に苦戦している様子に対して妻子が「あらあら大変、頑張れルンバ!」と声かけている様子に驚きました。ルンバは言葉を理解できないのに!
しかし、いつの間にか、私自身もアレクサやルンバに話しかけるようになりました。でもそれは、彼らに直接話しかけるというよりは(特にルンバは言葉を聞き取ることはできないですからね)、話しかけている内容を、家族に聞かせたい、という気持ちから始まっています。家族で食事していて、なにか音楽をかけようとなったとき、「アレクサ!いい感じの音楽を頼むぜ!」としゃべる自分は、「アレクサ、音楽、かけて」と事務的にコマンドを伝える自分に比べて、明らかに聴衆を意識して(陽気な今の自分の気分をみんなに伝えたいと思って)います。でもそれが習慣化すると、もはや家族を意識してアレクサに親しげにしているのか、単にアレクサと親しいのか、区別がつかなくなってきてしまいました。「第三者の存在を意識して、目の前の相手と丁寧にコミュニケーションを取ること」というのは、もしかしたら目の前のモノに人格を認めていく上で通過するとよいプロセスなのかもしれませんね。

ビジネスコミュニケーションの場で

さて、そろそろ「おいおい家族ほのぼのストーリーかよ、おととい来やがれ」という皆様の生暖かい声が聞こえてきそうです。でも少し待ってください。アレクサに面倒を押し付けるとよいのは、なにも家庭内だけではありません。絶大な効果を発揮する場所がビジネスや高等教育の場にもあります。それは、「アレクサプレゼンテーションタイマー」です。

プレゼンテーションというのは、いい大人が、ついつい暴走してしまう場です。わかっているのに、時間内に終われない。時間は過ぎたけど、もう少し話したい。理由は様々ですが、プレゼンテーションにおいて割り当てられた時間を守らないことほど、全体に迷惑をかけることはありません。聞いている側も、「せっかくいい話をしてくれるんだし・・・」や「立場のある人だから、やめてというのは失礼かな・・」などとためらってしまい、不幸は繰り返されます。

この構造、基本的に、故意か過失かわからないけれど時間を守らないこどもに、親が愛情をもって叱責する局面と全く同じですよね!そいういうときこそ、空気の読めない人工知能ことアレクサに、時間切れであることを淡々と告げてもらいましょう。

「予定の時間が過ぎました。速やかに発表を終えてください。」
これを本人が発表をやめるまで繰り返します。いろいろな意味に解釈可能なベル音にくらべて、「速やかに発表を終えろ」というメッセージには逃げる余地がありませんから、効果は大きいです。しかも警告を止めるための音声入力として「アレクサ、やめて」などと発表者が言おうものなら、それは「私は時間を無視します」と公言するようなものですから、なかなかできることではありません。
最終手段としては、もっと過激に、
「ありがとうございました。それでは質疑に移りたいと思います。座長のXXXXさん、よろしくおねがいします」とアレクサにしゃべらせて、強制的に打ち切ることも可能ですね。

発表する側からするとたまったものではないこのタイマーですが、アレクサに指摘されることは、ベル音に比べて指摘される方にとっても都合が良いところがあります。それは、指摘が言葉で行われるため、それに対する応答として言葉で弁明する機会を与えられるという点です。
「予定の時間が過ぎました。」と言われたら、
「あらすみません、ここが一番いいところなんですが、アレクサに怒られたのですぐ終わりにします」といえば、時間超過を繕う常識的な応対となります。あるいは空気の読めない人工知能の暴発という扱いにして、それに対して人情に訴え、観客の賛同や笑いが得られる余地を与えます。

究極的には、発表者に発表前に毎回、「アレクサ、15分のタイマーをセットして」と発言してから発表してもらうのが理想ですね。これは衆人環視のもと、約束を宣言させる効果をもつでしょう。自分で約束したのだから、破ることへの抵抗感は増大します。きっといつもより、時間に敏感な発表をしてくれることでしょう。子どもが自らゲームの時間制限を公言したときのように。

対話において感情・情動を適切にON/OFFしたい

面白いことに、こういう「人間らしさ」に関わる部分にコンピュータを導入すると、特に年配の方から激しい拒否反応を受けます。「人と人との温かみのあるコミュニケーションこそ人間らしさの本質の一つ!それを機械に代替させるなんでとんでもない!」というご批判です。
もちろん、教育を例にとれば、こどもをどう育てるべきか、こどもと何を約束すべきか、などの方針決定は、じっくり人間同士で行うべきだと思います。しかし人間がルールを策定したとき、それを執行するのは、特に人間だけに限定しなくても良いのではないでしょうか。

私の個人的経験において、ほんとうの意味で感情・情動を廃した冷静な議論を進められる方にはめったにお会いしたことがありません。自分自身も、完全な冷静さを保てる自信がありません。もし、このような人間らしさや教育のあり方に対してのご批判のある方がいらっしゃるなら、ぜひとも試しにお互いにアレクサを代理人に立ててじっくりと「冷静」に議論してみたいものです。
もっと飛躍して、ことに「冷静」さが求められる、国会や裁判などでの公的な議論が、すべてアレクサに代理されるようになったら、どんな世の中になるでしょうね。人々にアピールするためのお涙頂戴要素に費やす労力が無意味になり、その分が理知的な議論に費やされるようになったりするのでしょうか。

むすび

今回は最近流行っていて身近になってきた、スマートスピーカーを用いた #SHYHACK を紹介しました。いかがでしょうか。津田塾大学学芸学部情報科学科の私の研究室には、#SHYHACK を推し進めた、一風変わったものづくり研究の事例がたくさんあります。一見パーソナルな問題意識から出発した小さなプロダクトのように見えて、実は人間とは?社会とは?といった問いに意外と切り込んで議論を喚起をするような研究たちです。例えば、「プレゼンテーションって、人間がやる意味あるのかな。ロボットに代行させたら?」「音楽ゲームで痴漢冤罪を防ごう!」などなど・・・。それらはまた次の機会以降にご紹介いたしましょう。それではみなさんごきげんよう。

(続く)

注1:本文中ではスマートスピーカーに内蔵されている音声エージェントとしてアレクサを代表させて論じていますが、特定のメーカーに肩入れしているわけではありません。お好きなスマートスピーカーやエージェントをお使いください。

注2:本文中ではわかりやすさのため、アレクサに時間のお知らせを設定する機能であるタイマー、アラーム、リマインダーなどを特に区別せず用いています。実際の使用の際はこれらを使い分ける必要があります。

▼プロフィール
栗原一貴(くりはら・かずたか)

物議を醸すものづくりを得意とする情報科学者。津田塾大学准教授、クーリード株式会社社外CTO。2012年イグノーベル賞, MashupAwards2016最優秀賞, 2017年情報処理学会論文賞等受賞。第25回暗黒星雲賞次点入賞。宇都宮愉快市民。 著書に「消極性デザイン宣言」がある。

前回の記事「第2回 オーガナイズドゲームと消極性デザイン(簗瀬洋平・消極性研究会 SIGSHY)」はこちらから

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