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超巨大スケールの「デジタイズド・ネイチャー」を実現したい! | 猪子寿之

チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、パリ・中国・福岡・オーストラリアなど、国際的な場所で行われている最近のチームラボの展示を中心に、「境界のない世界」を表現するときの2つのアプローチについて考えました。北京オリンピックの開会式を手掛けたチャン・イーモウのショー『印象大紅袍』に衝撃を受けたという猪子さんが実現したい展示とは。そして猪子さんの故郷・徳島に馴染み深い「鳴門の渦潮」をモチーフにした新作にみる、新境地とは――?(構成:稲葉ほたて)
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パリに作り上げる「境界のない世界」

猪子 来年、フランス、パリのラ・ヴィレットで展覧会「teamLab : Au-delà des limites(境界のない世界)」をします。コンセプト自体は、ロンドンで今年開催して、オープン2日目に全日のチケットが埋まった展覧会「teamLab: Transcending Boundaries」の延長だけど、会場が約2000平米と大規模になって、全く違う展覧会なんだ。

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▲チームラボは、2018年、パリで展覧会「teamLab : Au-delà des limites(境界のない世界)」を開催。 

宇野 会場自体がひとつの巨大な空間の作品みたいになっていて、チームラボワールドがぎゅっと凝縮されている感じなんだね。

猪子 そう、多くの作品同士が混ざり合って、ひとつの空間を成しているんだ。

入口は二つあって、一つの入口は、『グラフィティネイチャー』 につながっていて、その山を登って越えることで、他の作品に入っていけるようになっているわけ。他にも『秩序がなくともピースは成り立つ』や『追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして超越する空間 』の発展形となるような作品の空間もあるんだけど、作品内のキャラクターやカラスたちは、他の空間に自由に出入りしていくんだよね。

宇野 最近、チームラボは「境界のない世界」を表現するときに、二つの路線をとっていると思う。

一つは、実空間で開放的に展示する「デジタイズド・ネイチャー」のシリーズ。そこでは、普段の生活では実感できない自然や歴史との接続面を可視化することを試みている。つまり、昼では見えない夜の世界を表現している。それは同時に、人間の身体的な知をいかに引き出していくかという試みでもある。

それに対して、ロンドンの個展の延長線上として、作品同士の境界線をなくすという路線がある。こっちは「境界のない世界」を、むしろ情報テクノロジーで作られた閉鎖的な空間で表現しているよね。一定規模の空間に作品をかなり凝縮している。

猪子 確かに、そうかもしれない。

宇野 つまり、前者の「デジタイズド・ネイチャー」シリーズは人間の身体へのアプローチで、後者の作品同士の境界線をなくすというコンセプトの展覧会は、世界観の表現になっている。メッセージはどちらも同じなんだけれど、アプローチの方法が違う。

そう考えると、2016年の展覧会「DMM.プラネッツ Art by teamLab」は、それらのハイブリッドだった点が良かったんだろうね。あと、個々の作品もすごく良かったけど、なにより最初に展示されている『やわらかいブラックホール』で、まず我々の身体にアプローチして、現実空間の認識がものすごくリセットされるわけじゃない? それくらいの仕掛けが、もしかしたらこのパリの展示にもあるといいんじゃないかなと思った。

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▲『やわらかいブラックホール

チャン・イーモウにチームラボはどう応えるか?

猪子 話変わるけど、ちょうどこの前、中国に出張したとき、衝撃を受けたことがあって。北京オリンピック開会式の演出を手がけたチャン・イーモウの『印象大紅袍』というショーに出張先のクライアントに連れていってもらったんだけど、これが本当に凄まじかったの。

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▲『印象大紅袍』の様子

武夷山という山水が有名な中国の世界遺産でやってるんだけど、屋外に360度回転する巨大な客席を作って、さらにショーの舞台としても、ある方向には古い街並みまで作り込んでる。それらを、客席がぐるぐる回転しながらショーを見ていくの(笑)。

別の方向には、客席の目の前が、崖と川、その向こうには山、つまり目の前に世界遺産の景色があるわけだよ。それで、例えば演者が「山!」と叫ぶと川の向こうの山に光がついて、川の向こうから帆船が30隻くらい来たりもして。あまりにスケールが大きすぎて豆粒みたいな大きさにしか見えないんだけど、ちゃんとその船の上にも演者さんがいて、船の上から芝居をやってるわけ。

宇野 もう、色々とスケール感がすごいね(笑)。

猪子 この武夷山は武夷岩茶というお茶の産地として有名なんだけど、この演目はそうした茶の歴史や文化を紐解いた物語になっている。だから、最後に演者さんがバァーと観客席に上がってきて、何をするのかと思っていると……僕らの目の前でお茶を振る舞ってくれるの! それがあまりに衝撃で、お陰様でその瞬間から僕は岩茶が世界一美味しいお茶だと思い込んでしまってるよ(笑)。

しかもこの公演、中国の6箇所の世界遺産でそれぞれの土地に合わせたショーをやっているみたいなんだよね。世界遺産という素晴らしい場所をフルに活用して、昼は普通に散策できて、夜はその場所を生かして作り込んだ歴史的なショーをするわけ。もう、「模範解答だ!」って思ったよ。

宇野 6箇所もあったら、全ての公演をコンプリートして観たいという欲を駆り立てられるよね。しかも絶対に一晩では、一つの場所で一つの公演しか観れないから、繰り返し行く動機になる。季節によっても様子が違うだろうし。それにしても、スケール感が圧倒的だよね。こんなこと、日本ではできないんじゃない?

猪子 スケール感のあるショーって、たぶんアメリカ型の20世紀の舞台芸術をパワーアップさせたシルク・ドゥ・ソレイユがあって、ヨーロッパではオペラでたまに素晴らしい試みがある。今回の中国の『印象大紅袍』は、また違った形で発展させていて本当に感服した。

宇野 経済発展をしながら北京オリンピックとかを乗り越えた中国が、世界遺産という巨大な舞台装置を使ったショーをこの規模でやれているということだよね。自信を感じるよ。

猪子 実際、すごいクオリティだったから。

宇野 ただ話を聞く限り、やっぱり20世紀型のショーなのは気になった。昼に自然を楽しませ、夜に人工的に作り込んだものを見せるという発想はチームラボの「デジタイズド・ネイチャー」シリーズの発想と近いけれど、『印象大紅袍』は、「作り込まれたものを観客が受け取る」という劇の根本的なコンセプトは崩してないわけでしょ。

猪子 そうだね。

宇野 だからこそ、僕はこれに対して、チームラボのノウハウを使って打ち返すべきだと思うよ。作品が展示された夜の街を人々が歩いていると、テクノロジーの力で可視化された歴史の文脈に接続されていく、みたいなものの方がいいと思う。

猪子 それがさ、実際に『印象大紅袍』を観終わったぐらいの時期に、たまたまチャン・イーモウから「新しいプロジェクトを相談したいんだけど?」ってメールが来たんだよ。すごくない!? もう、どこかからチャン・イーモウに見られているんじゃないかと思ったよ(笑)。

宇野 でも、チームラボに声がかかるのは必然だと思うよ。やっぱり20世紀って、メディア表現が異様なまでに奇形発達した時代で、今その揺り戻しが起きてるのが誰の目にも明らかなわけだよ。そこで、そもそもハリウッド映画はブロードウェイへのアンチとして始まったけれど、もはや劇映画自体が広くは終わろうとしていて、その中で舞台芸術を制作する人は自分たちのターンが回ってきてることを分かっていると思う。実際、モニターの中の情報を受信するのではなく、人々が足を運んで自分が体験するということが娯楽や文化の中心になりつつあるわけだしね。

ただ、そこで従来の舞台芸術をやるのでは、ただの権威ビジネスにしかならないから、もっと大衆に開かれたものにアップデートする必要があると思う。つまり、表現そのものに手を入れなきゃいけないタイミングにきていて、そうした状況の中、チームラボのアートは特に魅力的に映っているんじゃないかな。猪子さんは前に「自分の最終目標はポスト劇映画としてのデジタルアートだ」ということを言ってたけれど、劇映画によって文化の中心の座から転がり落ちてしまった舞台芸術が、そうしたチームラボに声をかけてるのは面白い力学だよね。

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