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【特別再配信】京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録 第6回 坊屋春道はなぜ「卒業」できなかったか――「最高の男」とあたらしい「カッコよさ」のゆくえ

ご好評をいただいている特別再配信、今回は本誌編集長・宇野常寛による連載『京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録』です。『クローズ』『頭文字D』を題材に、男性向けマンガが切り拓いた新境地とその限界について論じます(この原稿は、京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部 2016年4月29日の講義を再構成したものです/この記事は2016年7月22日に配信した記事の再配信です)。

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『クローズ』とヤンキーマンガのカッコよさ

  さて、前回までは「週刊少年ジャンプ」を中心に少年マンガと戦後日本人の「成熟」感、とりわけ消費社会下の男性性の問題について考えてきました。

 そしてここからは少し角度を変えてこの問題を掘り下げていきたいと考えています。その上で僕がとても重要だと考える作品があります。それは高橋ヒロシの『クローズ』です。いわゆる「ヤンキーもの」のマンガですね。1990年から1998年まで「月刊少年チャンピオン」で連載されていた全26巻のちょっと長い作品です。最近は『クローズZERO』(2007年)で小栗旬、『クローズEXPLODE』(2014年)で東出昌大の主演で話題になったので、知っている人も多いと思います。

 やたらめったらヤンキー高校生が出てきて、延々と派閥抗争を繰り広げる例のアレですね。舞台は鈴蘭高校という、とある地方都市の底辺校です。この鈴蘭高校は「カラスの学校」と呼ばれる不良たちの掃き溜めで、ここでは生徒の大半を占める不良少年たちがいくつかの派閥に別れて、高校の支配者の座をめぐって十年以上ものあいだ抗争を繰り返しています。そして鈴蘭周辺の高校の不良少年グループもこの抗争に外側から干渉し、ほとんど戦国時代のような様相を呈しています。しかも抗争が激しすぎて、この鈴蘭高校は史上まだひとりも校内の派閥を統一した「番長」が生まれていない。こうやって改めて紹介するとなんだか笑ってしまいますが、僕はこのマンガこそが、これまで議論してきた少年マンガと戦後の男性性の成熟の問題を、決定的なかたちでえぐり出してしまっていると考えています。そしてこの『クローズ』はヤンキーマンガに革命を起こしたと言われています。

 では、この『クローズ』のどこがすごいのか。

 まず、このマンガには「大人」がまったく出てきません。それまでの70、80年代のヤンキーマンガは「大人社会へ反抗する」ということを中心的なモチーフにしていました。不良は大人社会に対するカウンター的な存在だったわけです。

 ところが90年代の『クローズ』になると、「大人への反抗」というモチーフがなくなってしまうんです。第1話で主人公が転入手続きをするシーン以外、先生が出てこない。ほかに働いてる普通の大人の人も、OBのおじさんがひとり、たまに顔を出すだけでほとんど出てこないんです。そして次に「女子」がまったく出てこない。

 このふたつはとんでもないことです。要するに『クローズ』の世界には「超えるべき父」も「守るべき女」もない。かつてのように目指すべき大人や、超えるべき「父」は、もうこの世界には存在していない。かといって「女の子をゲットする」ことで男の証を手に入れようとしても、この世界には「女の子」がいないのでそれも不可能です。

 つまり『クローズ』では、昔のような「強くたくましくなり、父を超えて女を守る」という従来のマチズモが信じられなくなった時代のヤンキーもののマンガだったと言えます。その結果、大人社会へ反抗するのではなく不良少年同士の抗争だけが描かれることになった。

 さて、その『クローズ』の物語は主人公の坊屋春道が鈴蘭高校に転校してくるところからはじまります。この主人公の坊屋春道のもつ「カッコよさ」こそが、この作品のメッセージそのものだと言えるでしょう。

 その春道が第1話で「お前は何者だ?」と尋ねられます。そこで春道はこう返すんですね。「オレはグレてもいねーしひねくれてもいねぇ! オレは不良なんかじゃねーし悪党でもねえ!!」と。ヤンキーマンガの主人公がこれを言っちゃうのはすごいですね。大人社会への反抗としての不良、ヤンキーというものがこの時点で全否定されている。

 この時点で作者の高橋ヒロシが、かつてのヤンキーマンガを捨て去り、新しいヤンキーマンガを始めようとしていることが明確にわかります。不良でもなければ悪党でもない、この少年をヤンキーマンガの主人公にしたのは、当時としては画期的でした。では坊屋春道というあたらしいヤンキーがどんな男の「カッコよさ」を示していったのか、見ていきましょう。

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