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【妄想ドラマ企画38】透明刑事(3)

その日、小石川富坂警察署にある取調室では異様な緊張感が漂っていた。

普段は取調室を見に来ない刑事課長だけでなく、署長までがマジックミラー裏の隣室に現れ、これから始まる透明刑事と新人の取調べの立ち合いを待っていた。

とは言え、一人取調室内に立つ柏原慎吾(25)は心底困った。

何をどうすればいいのか誰も教えてくれない


「入ります」留置場担当者の誘導で、ひったくりの容疑者・正岡マサト(42)が取調室の椅子に座らされた。

正岡は席に着くと、目の前にいる慎吾の若さを見て「フンっ」と侮ったような態度を見せた

そりゃそうだろう、俺だって自信は全くない。
ただ、今日は取調べの鬼がいる”てい”なのだ。
隣室から幹部たちに凝視されている。
このまま侮られていては絶対ならない。

もうこうなったら、やりきるしかない。

「おい、お前この方の前で舐めた態度していたら、あとで後悔することになるぞ!」
語気強く言う慎吾。
容疑者正岡は一瞬何のことか分からないという表情になった。

明神さん、今日は勉強させていただきますので、こいつを絶対に吐かせてください!」
慎吾は透明刑事をいる”てい”で椅子を引いてやり
自分は隣で腕を組んで正岡の表情を伺う姿勢をとった。
「はぁ、どういうことなんだ?」
訳の分からない正岡は動揺していた。

慎吾はマジックミラーに背を見せ、表情を見られないように
正岡に片目でウィンクしながら「つきあえ」とサインを送った
が、理解されない。

無言の時間が流れている。

いや、ここは透明刑事がしゃべっている時間という”てい”だ。

慎吾は時折深く頷くアクションを入れる。

「えっ、えっなんですか、なんなんですか」
容疑者正岡はうろたえ出した。

落ち着け、狼狽するな! ここは大人しいく話を聞く芝居してくれ!

声には出せず、表情で伝えようとするが
無理な話だ。

隣室の署長や課長は今頃、不審な顔をしているに違いない。
透明刑事を無視したら即異動、下手に動いたら「明神刑事の邪魔をした使えない男」として左遷。

どうすればいいんだ。このゲームむず過ぎる。

慎吾はあらかじめ用意した捜査資料を見る。
何か突破口はないのか・・・。

「なんなんだよさっきから、なんか言えよ」
容疑者・正岡は席を立とうとした。

まずい、このまま暴れられたら俺の立場がなくなる。
咄嗟に、慎吾は容疑者の後ろに回り肩を持つような姿勢となった。

「まぁお前も明神さんの図星の指摘に、いたたまれなくなる気持ちになったんだろう。まぁ座れや」
「本当に何なんだこれ」
慎吾は容疑者の肩を押さえて有無を言わせぬように座らせた。

「正岡、明神さんもおっしゃっていたが、随分金に困っていたことは認めるんだな。サラ金3社に借金300万円あった、そうだな?」
捜査資料にあったデータを慎吾はぶつけてみた。
「それはそうだが、だからって何で俺が犯人扱いされなきゃならないんだよ、さっきから明神って誰なんだ。説明しろよ
容疑者・正岡は懇願するように、慎吾の顔を見た。

「俺じゃないだろ、明神さんの目を見て本当にやってないって言えるか?」

言えるわけがない、明神の眼がどこにあるのか俺にもわからない。

「明神って誰なんだよ。そんな奴どこにもいないじゃないか」
「バカヤロー、そんなこと言ってるからお前はひったくりなんかしちまうんだよ」
「はぁなんの話だよ。俺の質問に答えろよ」
正岡は興奮し始めた。
「その前に明神さんの質問に答えろ」
だから誰なんだよ明神って?
「お前の眼の前にいらっしゃるだろう。明神さん怒らせんなよ」
容疑者・正岡はもしかしてと目の前の空いている椅子に目をやったが
再び慎吾をにらみつけた。
「刑事さん、ふざけないで下さい」
「黙れ、今明神さんが話している最中だろ!」
慎吾は、腕を組んで取調室の隅で、明神がいる設定の空間を見つめて頷いていた。

マジックミラーの向こう取調室隣室では署長と課長がほほ笑んでいた。
新人くん、なかなかやるね
「初めてにしては、センスいいですね」

ここからだ、問題は。
昨日の夜ここまでは想定シミュレーションしていたが、ここから先はノープランだ。
いない刑事をいるように見せて、かつ容疑者を自白させる。
最悪、自白は無理でも、”明神刑事いる設定”は守り抜きたい。

どうすればいいんだ、正解が分からない。

「刑事さん、そろそろ、その人の話終わりました?」
容疑者・正岡は馬鹿にしたように聞いた。
「とっくに終わってるよ。明神さんはお前が話出すのを待ってるんだよ。察しろ!」

隣室では課長が緊張した表情で「察しろは、NGワードでは?」と署長に伺いを立てた。
ギリ、OKとする。しかし、ここからどうするかだな」署長は無表情に答えた。

「待ってても、話すことなんか何もないよ」
「お前は明神さんの話何も聞いていなかったのか? 証拠は全部あがってるんだよ
「えっ何の話ですか、そんな話出ました?
明神さんをこれ以上怒らせるな!
「誰が怒っての。さっきからあんた何言ってんの」
「ぐあーっ」
 慎吾は大声を上げると、両手で机をひっくり返した。

「これはさすがに自白の強要ではないですか?」と署長が眉をしかめる。
「限界ですね、即退場させます」
 課長は目で立ち合い刑事に指示した。

「認めろ、今のうちに罪を認めてくれ、さもないと大変な事になるんだ」
「えっ、何が?」
「それは・・・」
 ガチャリと取調べ室のドアが空き、課長の指示を受けた先輩が現れた。
「慎吾来い」
 先輩に肩を持たれ、柏原慎吾は退場していった。
 同時に書記係も部屋を出て、外から鍵がかけられた。
 取調室には一人、容疑者正岡が残された。
 部屋の電器が消え暗闇になった。
「おい、俺もつれてってくれ、俺を一人にするな」
 正岡は途端に頭の両側が押さえつけられるような痛みを感じた。
誰だ、誰がいるんだ

 散々、慎吾に刷り込まれた為、正岡には明神を感じるようになっていた。

 署長室へ戻るエレベーターの中で刑事課長は聞いた。
「署長、いつまでこんなこと続けるんでしょうか?」
「今の警視総監の方が、ここの署長だった時からの申し送りだ。しょうがないだろう・・・」
沈黙の時間。
「でも、今日の取調べは、明神さんも喜んでくれたのではないでしょうか?」
「そうだね柏原君には悪かったがな。これで早く成仏してくれるといいんだが・・・」

「やめてくれ、なんでもしゃべる、しゃべるから」
 正岡はマジックミラーのあった方向に叫んでいた。
 取調室が暗闇になるとマジックミラーの向こうが見えるはずだが、既にそこには誰もいない。

 不安感から嘔吐に襲われた。

いるんだよここに誰か、誰なんだ」

不幸な柏原役は一人芝居もうまい神木隆之介で!


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「早ければ葬儀、遅くとも初七日までには解決します」

妄想ドラマ企画・刑事シリーズお好きな方は気に入っていただけると思います。


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