ゾンビ1

「ゾンビーポリス」(1)

  大崎培男(おおさきますお)(42)は、警視庁蔵前署の組織犯罪対策課の刑事だ。
 今年の新年挨拶で森山警視総監が、警視庁ネタでヤフートップを取りたいという魂胆のもと「反社会勢力・頂上掃討2023大作戦」を突如発表した。
 これは2025年までに『都内の暴力団・反社会勢力をゼロにする』という現実無視の滅茶苦茶なスローガンなのだが、天下り先をぶら下げられた蔵前署の署長は真に受けて「各課長の諸君は達成計画を2週間以内に作成し、パワポでプレゼンすべし」というスルーパスな指令を組織対策課と刑事課に下した。

「わしらは日々の事件で忙しゅうて手が回らんわ、そもそも関係ないんじゃけん」と早々に刑事課は撤退。
 大崎刑事は「当然、組対課長も命令を跳ね返してもらえるもの」と期待していたが、逆に『2か月ごとに1組織を壊滅し、これからの2年間で目標の10組織を達成する』と、署長の目標をさらに1年前倒しで達成するハリキリ無茶苦茶プランを勝手に立案してしまった。
「負荷高いなぁ・・・」

 課長の下で捜査主任を任されている大崎には想像を超える重圧が圧し掛かった。
『達成したら署長の手柄、失敗したら俺のせい』
 これはほぼ未達成が見えている計画で、肝心の課長はその前に定年引退している。さらにバカバカしいことに蔵前警察署前には「交通事故」や「事件」などの普段の掲示に加えて、警視庁への存在感アピールの意味で「目標60日で暴力団1組壊滅!あと『26日』でやりとげます!」という日めくりスローガンが掲げられた。
 通りがかりの市民には笑われ、肝心の暴力団には計画がバレバレというありさまだった。

 組対課の大崎たちは、署内の大会議室に籠もって『四週間を切った残り時間で壊滅できる弱そうな暴力団調べ』を初めていた。

 日本の有名広域暴力団に所属する下部団体は犯罪手段を巧妙化させており、末端の客引きや、違法カジノを押えたところで、雇われ店長が現れるだけで、組織壊滅には到底至らない。

 狙うならまだまだ組織として無防備な外国人組織
 中でも最近問題となっていたのが西アフリカ コンゴやナイジェリアといった西アフリカ地区から日本にやってくる不良外国人の集団組織の問題だった。彼らは巧妙に日本女性に取り入り国際結婚することで日本の永住権を手に入れていた為、既存の暴力団組織と同様ここ数年間にわたり、クラブなどでの薬物裏取引の要となっていた。

「狙うならこのアフリカやくざ達です」
 会議の結果をまとめて品川は組対課長席へ『アフリカ系暴力団ガサ入れプロジェクト企画』を提出した。
 課長は企画書に目を通すと表紙に赤ペンで「イイネ!」と走り書きした。

「大崎くんいいよ、実にいい! こういう派手で思わずクリックしたくなるような見出しがあるとヤフートップになりやすいんだよ。さっそく実行したまえ」と気軽にゴーサインを出した。
 この計画には大崎なりの目算もあった。
 それは不良外国人グループが組織として未熟であることに加えて、同地域で覚せい剤の捌きでライバル関係となっている地元暴力団員からタレ込みの情報が定期的に入ることだった。
 そんなタレこみの一つから「京葉道路沿いにあるアパレル店舗」にコカイン分配工場が存在する情報を得ており、組対課ではすでに監視を始めていた。
 そこの監視員から昨夜入った情報によると、都内に散らばるアフリカ系やくざの幹部クラスが続々と集まって来ているらしい。
 「間違いない、大きな取引きが行われる」 
 捜査令状をとった大崎たち、蔵前署の組織犯罪対策課の総勢16名は、閉店後の店舗前に集合し一気にガサ入れをかけた。
 
 「動くな蔵前署だ! これから麻薬取締法違反の容疑で捜索をはじめる」
 店舗内には見張り役のアフリカ人が2人いたが抵抗はせず大人しく従っていたが、しきりに何かを言っている。若手刑事が英語でも説明をするが、どうも通じていないような感じだった。
 アパレル店舗の奥は倉庫になっており、そこにも5名以上の外国人がいた。すでに裏口から侵入した班により制圧された後で、机の上を見るとコカインを小分けする作業中だったことが分かる。
 すぐに鑑識班による違法薬物の検査作業に入った。

「主任、大正解でした」
 試薬を塗ると色が変わった。
「署に連行する。ところでお前たちのリーダーのゾンダ・トゥアレグどこにいる」
 言葉が分かっていそうな男に大崎は聞いた。
「知らない、ここには来ていない」
 男は緊張した表情で刑事たちに言った。
「そんなわけない、トゥアレグは昨日の夜ここに入ったことは知っている」
 向かいのビルから監視する捜査員の報告では、昨夜8時頃に酒に酔ったようリーダーのトゥアレグが仲間に支えられて店に入り、そのまま出てきていない。車もそのまま駐車場に置かれている。
「この建物のどこかにいるはずだ、徹底的に調べさせてもらう」
 大崎は部下の刑事たちに2階と地下の捜査を指示した。
「お前たち止めた方がいい、トゥアレグはもういない。早くここから逃げた方がいい」
「何、寝ぼけたこと言ってやがるんだ。ボスを捕まえなきゃ壊滅出来ねえじゃねえか」
 若手刑事の有田は日本語を話すアフリカ人の襟元を掴むと壁際を押し付けた。
 そんな時「ギャーッ」部屋の奥のドアから動物のような悲鳴が聞こえた。

「その奥に誰かいるようだな」
 大崎は有田を伴うと、倉庫の中を抜けて奥のドアの前に立った。「突入するから擁護してくれ。ワン、ツー、スリー」
 ドアを開けた大崎が見たものは、異様な光景だった。
 部屋の真ん中に数人のアフリカ系の男たちが胡坐をかいて座っていた。 異様にクーラーが効いており肌寒く、室内は煙たく強いお香のようなにおいがあった。
 「蔵前署だ、お前たちそのまま動くな」
 近づいてみると、男たちの前にはあるものは『こんもりとした布』だった。 警戒姿勢のまま大崎は捜査員に指示を出し、車座になっている男たちを取り押さえようと前に進んだ。
 突然、口々に何かを叫び、男たちは抵抗し始めた。捜査員たちは一斉に囲み、それぞれ格闘になった。
 その間もアフリカやくざは布を指さし何かを伝えようとしていた。大崎には何かわからなかったが「ンザビボドー」と言っているように聞こえた。 「何を言ってるんだ」語学に堪能な有田に大崎は聞いたが、英語でも西アフリカに多いフランス語でも無いようだった。
 最初は盛んに抵抗をしていたアフリカやくざ達も、ノルマを課せられた時の日本の公務員の必死さには勝てず次第に大人しく連行されていった。

 「有田寒すぎるよ、部屋のクーラーを切っておけ」 入った時よりマシになっていたが、まだこの部屋は寒すぎた。もともと暑い国から来たはずの男たちがなぜこんなにクーラーを付けていたのか不思議だった。
 「有田それと、そこの布ちょっと外してみろ」 大崎は男たちが囲んでいた、赤い布の撤去を有田に頼んだ。
 赤い布の端を持った有田は一気にまくり上げた。
 そこにはあったのは人、しかも大柄な男が横たわっていた。
 顔を見ると、この男が探していた「ゾンダ・トゥアレグ」だった。
 アフリカ系やくざの東京の東部地区を仕切る大ボスだ。
 大崎は身動きをしないトゥアレグの様子を見て、とっさに首の静脈に手を触れた。「脈がない。ちょっと鑑識を呼んでくれ、あと本部にもトゥアレグ確保の報告」
 指示を受けた有田は無線を持った署員のいる店の入り口に走った。
 部屋には大崎とトゥアレグの死体だけが残された。

 男たちは葬式をしていたのか?
 昨日の監視情報だとトゥアレグは酒に酔ったような足取りで部下に支えられていたという報告だったが、何者かに刺されていたのか?
 なぜ手当をされなかったのか?何が死因なのか?
 それと、男たちが必死に伝えようとしていた「ンザビボドー」とは何の意味なのか?

 ガサ入れ自体は計画通り驚くほどすんなりと進み。初め抵抗していた男たちも、コカインを残したまま未練なく護送車に乗り込んだ。
 何かがおかしい、トゥアレグの死が理由のはずだ、死因と死亡推定時刻を監察医に精密に調査してもらおう。
 そんなことを大崎がひとり考えていたとき、部屋の中で何かが動いた。 この部屋にいるのは大崎とトゥアレグだけだった。
 目の前に横たわっている足が少し動いたのだ。大崎は不審に思ってトゥアレグの死体に近づきしゃがみこんだ。
 トゥアレグの全身を観察するが呼吸している様子はない。
 「ガサッ」
 また足元の布が少し動いた。間違いない動いた。
 死亡直後は心肺停止でも、末端神経と筋肉は生きていて多少動くことは品川も知っている。
 品川は注意深く胸元に手を置いて、心臓の鼓動を確かめた。
 鼓動は無い。体温も感じられない。やはり死んでいるのか。
 その時、突然トゥアレグの目が開いた。

(つづきます)

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