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ハムカツの謎

 いま、この原稿を書きはじめようとして、ぼく自身の好みのユニークさにいつも通りにおかしくなった。
 今回のタイトルにあげたハムカツ以外で、惹かれる揚げ物を頭の中に浮かべてみたら、ケッタイな光景になってしまった。

 うずら卵、エビフライのシッポ、ハムカツ。
 庶民的か、セレブチックかといったモノサシをこえて、トンカツやビフカツやトリカラやイワシフライといったオーソドックスな一品は、その影すら現わさなかった。
 たしかに、エビフライはあるけれど、指先ほどしかない貧弱な身のエビフライでなければならない。
 コロモがメインのシッポはよく揚がっていて、噛んだ瞬間の香ばしさがたまらない。だから、あくまでも主役はシッポなのだ。
 
 ハムカツは、逆にハムの良しあしを問わない。ペラペラ、ツルツルの保存料の味がするような代物から、わざわざ手を加えることがもったいない上等なものまで、とにかくぼくはそれだとわかると、頬がゆるんでしまう。
 
 なかでも、「中の下(ちゅうのげ)」程度のハムにコロモをたっぷりつけてしっかり揚げたものに、下品なまでに濃厚ソースをどっぷりと浸からせて頬張れば、一週間ぐらい前のイヤな記憶なら、瞬時のうちに過去の闇に葬り去ることができるだろう。

 さて、ハムカツはちょっとした謎をまとっている。
 あんなに旨いのに、近所のスーパーで簡単に手に入る食材なのに、なぜかヘルパーさんにリクエストした覚えがない。
 いつものように行き当たりばったりに書き進めているので、はたとカーソルを止めてそのワケを考えてみようとした。
 ところが、目の前のモニターを見つめながら想いをめぐらすまでもなく、左後頭部あたりを確かな答えがよぎっていった。
 「確か」であるにもかかわらず、居座る意思も持たずに「よぎって」いった。
消えていかないうちに書かねば。
 
 その理由は、先ほど書いたぼくが描くハムカツの最高の食べかたと深くシンクロしていた(深くではなく、浅くかもしれない)。
 つまり、濃厚ソースにしっかり浸みこませるわけなので、揚げたてにはこだわらないし、思いきり頬張りたいからアツアツではないほうが都合がいい。
 それに、にぎやかな大衆居酒屋もよく似合う。
 フランクな間柄のヘルパーさんならいいけれど、キマジメなお相手と向きあいたくはない。
 そんなこんなで、ヘルパーさんにハムカツをリクエストしたことがなかった。

 どうも気分がすぐれなくて、週末の会合をサボることに決めた。
 こういうときにハムカツと出遭ったら、心の中の引っかかりはほぐれて、前向きな気持ちに換わるのだろうか。
 
 残念ながら、引っ越しをしてハムカツの店から遠ざかってしまった。長時間、車いすに乗れないいまはヘルパーさんにお願いすることも申しわけない。

 ということで、週末の会合はサボることになるだろう。

 相変わらず、大阪は蒸し暑い。

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