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おめぇ、たこ焼きでも食わねえか!

 お年寄りむけの洋品店には、日焼けした花柄のブラウスがかけられていた。
フリーマーケット専門のスペースにはビーチパラソルが二本立てられ、靴と食器がごたごたに並べられていた。
小さな薬局の店先には、週刊誌が幅を利かせていた。
どこかのどかで、さびれた町並みだった。
 繁華街をすこし逸れれば、よく目にする光景に違いなかった。

 夏の盛りだった。降りそそぐ陽射しに焦がされながら、ぼくは電動車いすで歩いていた。
 あたりはまぶしかったけれど、電子レンジでトーストされる食パンを思い浮かべてしまった。
 ビジネスホテルで友だちと別れるとき、お気に入りのハンチングを預けたままにしたことをひどく悔やんだ。
夕方、駅で待ちあわせるまでガマンできるだろうか。

 東京への旅の一番のメダマだった「下町ひとり歩き」の雲行きがあやしくなりはじめていた。
 身の安全を守るための帽子を買うべきか、帰りの新幹線で楽しむお弁当に小遣いを取っておくべきか、のんきなようで差し迫った選択に決断は定まらないままだった。

 十字路の角にアジアンテイストの雑貨屋を見つけた。
 帽子を探してみようと進行方向を変えるべく、コントローラーのレバーにかかった指先に軽く力を入れた瞬間、くぼみにタイヤがつまずき、車いすごと肩と顔面を道に叩きつけられてしまった。
 が…、なぜか痛みは感じなかった。

 雑貨屋の店先からターバンを巻いた男が走ってきて、大柄な体がベルトで固定された計二百キロ近くある電動車いすを起き上がらせてくれた。
「ありがとう」と言って、お礼代わりに帽子を買うことをハナから決めて店先に眼をやると、ぼくの様子に安堵の表情になったターバンの男から耳を疑うような言葉が聞こえた。
「ぼく、泉谷しげると友だちなんだ。彼の家に遊びに行かないか?」

 「こんなチャンスはない!」
自分の常識のなさに苦笑いしながらも、ぼくは首をタテにふった。
 
 西日の差しこむ畳の上に、ぼくは寝ころがっていた。
 何も掛けられていないホームごたつを間にして、泉谷しげるとターバンの男が向かいあっていた。

 よく日焼けした泉谷しげると眼が合った。
「おめぇ、たこ焼きでも食わねえか」
 ぶっきらぼうではあっても、人の良さがいっぱい詰まった言葉だった。
 泉谷しげるのヒゲヅラが近づいて、つまようじに刺されたたこ焼きが口へ入れられようとしたとき、ぼくは現実へ呼び戻されてしまった。

 もうずいぶん前に見た夢だった。
けれど、こんなに鮮やかに情景とストーリーが重なった夢に出遭ったことはない。
 あの朝が遠ざかるにつれ、だんだんハッキリと目の前で起こった現実のように、情景が映像として心の中に描かれていく。
 意識の底辺で脚色され、細部までコンテでデッサンされてゆくように。

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