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ボーイ・ミーツ・ガール・アンド・グッド・バイ。ロシア映画「動くな、死ね、蘇れ!」


どん底へようこそ。

舞台は第二次大戦直後のロシヤの片田舎。暖かさ、朗らかさとは真逆の辺境。 
少年期 という言葉の持つ煌めきと、はるかに程遠い、ほろ苦い土地。


非常に荒寥として寒々しい風景。地面は常に湿っぽく、いつもどんよりとした曇り空。建造物、丘陵、機械、家畜、何もかもが、よどみ、くすんでいる。
それは季節が冬のせい だけではない、スターリンの大粛清が人心に暗い影を落としているせいでも、あるだろう。ケガレなく輝くのは、24時間ぶっ通しで稼働し続ける(そしてこの片田舎の存在意義である)鉱山を照らす灯りだけ。

人心もまた然り。誰もが、荒っぽく、声が大きく、殴る蹴るは当たり前、弱いものから惜しみなく奪う、やくざの気風。ヒステリーを起こした母が、子を殴るのが当たり前。大人たちだけでなく、子供たちも又互いに罵り合い、突き飛ばし合い、ただでさえ不足がちの配給物資を奪い合う。(そしてヨコハイリのためのワイロが横行する。)労働者階級を祝うパレードすら、整然とは程遠く、みんないやいや、憑かれたように、そこらをぐるぐる廻るだけ。

命のあらん限り広がっている無味乾燥。正直者がバカを見る。そんな社会の底辺だ。まともな人間は、耐えきれまい、直視できまい、世界のどん底。

この映画は、旧ソ連、強制収容所のあった極東・沿海地方の炭鉱町のリアル「どん底」で少年時代を生きた監督が、その少年期を語るべく魂込めた一作。

第二次大戦直後、雪に覆われたソビエトの極東にある炭鉱町スーチャン。収容所地帯と化したこの町では、強制労働を強いられる受刑者や捕虜、職にあぶれ無気力な者、酔っ払いが溢れ、窃盗や暴力が横行していた。そんな殺伐とした空気に満ちた町に生きる12歳の少年ワレルカ。純粋無垢だが不良ぶっている彼は、学校のトイレにイースト菌をばら撒いたり、スケート靴を盗まれた仕返しにスケート板を盗み返したりと、たびたび騒動を引き起こす。そして唯一の家族である母親への反発と相まって、悪戯をエスカレートさせていく。そんなワレルカの前に、守護天使のように現れては、危機を救ってくれる幼なじみの少女ガリーヤ。 二人に芽生えた淡い想いは次第に呼応していくが、学校を退学になったワレルカが町から逃亡することで、彼らの運命はとんでもない方向へ転じていくのだった…。【スタッフ】
監督・脚本:ヴィターリー・カネフスキー
【キャスト】
パーヴェル・ナザーロフ、ディナーラ・ドルカーロワ、エレーナ・ポポワ

theアートシアター  公式サイトより引用

さて、いればいるほどとうてい抜け出せなくなりそうなこの片田舎から、まともな少年・ワレルカと少女・ガリーヤは手を繋いで脱出を図る。街を外れ、森を抜け、鉄路を歩く。歩いては休み、休んでは歩く。彼らは必死だ:不安だからだ。
この救いようのない世界への怒りを撒き散らすようにして、ワレルカは悪戯を続ける。同じ歳の子供ですらいっけん近寄りがたい彼を前にして、なお微笑むことができるガーリヤは、ワレルカの救いだ。

あるけどもあるけども、幸いという町はない。
いく先々の町で、彼らは大人たちの不幸、子どもたちの不幸を垣間見る。
この定業の尽きるまで行く手を塞ぐ、曇った世界。不安に追いかけられ、不安に引っ張られて、いくら歩いてもいくら歩いてもラチが明かない。
それでも歩く、必死で、必死で、逃げる。

町の外れ、やっと彼らは、何処かへ連れ去ってくれる貨車を見つける。しかし、乗り込むまであと一歩のところで、ワレルカは官憲に捕まってしまう。ガリーヤひとり逃げるわけにはいかない:二人とも街に引き戻されて、折檻される。


やがて季節が巡って、春がやってきた。
ワレルカは妙に明るく、大人たちに従順に振る舞う。大人たちの監視も緩んだところで、ワレルカとガリーヤは又も街をこっそり逃げ出す。不良青年たち=大人たちから逃れるようにして。 

鉄路をとぼとぼ歩いていく:春の容器に、今度は不気味に平和。ワレルカは歌う、自機が撃墜され、辛くも脱出するも、パラシュートがなかったのでそのまま地面に叩きつけられた戦闘機乗りのことを歌う。不吉な歌を歌い切ったところで、不意にガリーヤは何かを取り出す。(カメラが左に振れたところで)銃声。「こんな世界にいられるものか!」 幼き いのちの 心中だ。

ガリーヤの死体が実家に運ばれる。彼女の母親は既に こわれている。
こわれた母親を写した後に、カメラは、興味津々に見つめるガリーヤの親戚の娘弟を捉える。外から声がする、

「カメラを止めろ!」


1989年にいる監督の声がここに被さる。これを見ているお前たちが不吉だ、禍をもたらすのだ、という糾弾なのか。見てはいけなかったのか。
現在と接続されながら画面が白く包まれて、不意に、いびつに、映画は終わる。


逃げるのはもうやめた。  さようならだ。


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