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新種のバイオハッカーは、反逆的な研究者と陽気なマニアからなる

歌舞伎の演目「勧進帳」は、指名手配中の源義経が武蔵坊弁慶とともに変装して安宅関所を超えるという話です。義経が弁慶の弟子として関所を通ろうとすると、その関所を守っている富樫に怪しまれます。「それ、義経じゃないか」と言われた時に、弁慶が主人である義経に対して、「おまえがモタモタしているから、こんな疑いをかけられるんじゃないか」と言って棒で打つという筋です。この時、富樫はそれを見て騙されたと思うのは野暮な解釈です。関所を守る富樫は、仕える者が主人を打つという、当時としてはありえないことをあえてする弁慶を見て、「この主人をそこまでして守りたいと思っているんだな」と理解し、見て見ぬフリをして義経を通します。観客としては、「関所を守っている富樫にバレないか」というサスペンスで見るのか、「2人の主従関係に感銘を受けて冨樫が気づかぬフリをして通してくれた」と考えるかで、野暮な人と粋な人に分かれます。ここで面白いのは、「勧進帳」の主人公が富樫になっていることです(中略)洞察力をつけるためには、自分がその難しさを体験してみることです。そうすれば、一見、簡単そうなことでも、それをするためにどれだけのハードルを越えて、修羅場をかいくぐってきたかがわかります。修羅場をかいくぐっているから、洞察力がついてくるのです。

何が問題なのかを見つけ出そう 解決方法が見つからないのではない。問題を見つけることができないだけだ。──G・K・チェスタートン(※優生学に対し最も鋭く反対意見書き連ねたイギリスの作家)※引用者加筆.

おそらく、最も鋭く反対意見を書き連ねたのは、イギリスの作家で詩人のG・K・チェスタトン(中略)チェスタトンはグレゴール・メンデルの科学と、マディソン・グラントの擬似科学の間にくさびを打ち込んだ↓

日本では、旧優生保護法(一九四八〜一九九六)のもと、遺伝性疾患やハンセン病、精神障害のある人たちに対し、子どもを持てなくする不妊手術が行われていたことが近年大きく注目されているからだ。手術が強制的だったケースだけでも一万六千五百件(中略)法律改正から二十年あまりを経て、ようやく被害者たちが声を上げはじめ、ドキュメンタリーなども制作されるようになり、被害者への補償をめぐって法廷での戦いが続いている(中略)一九世紀に誕生した優生学というニセ科学(中略)今ではまとめて優生思想と呼ばれるこうした考えは、歴史上に無数のおぞましい爪あとを残したにもかかわらず、いまだに葬り去られたとは到底いえない状況だ。とくに現代においては、SNSという媒体を得て猖獗をきわめている(中略)一方、科学としての遺伝学は、優生学とはほぼ同じ頃に産声を上げたが、誕生するやいなや優生学に取り込まれ、抑圧と差別を正当化するために利用されてきたという残念な歴史がある(中略)遺伝学を優生学から奪還しなければならない(中略)なぜなら、遺伝学は自然を記述する重要な科学であるばかりか、平等な社会を願う人たちにとってけっして敵ではなく、むしろ手放してはならない強力な味方だと考えるからだ───訳者(※青木薫氏)あとがき ※引用者加筆.

お金が人生に及ぼす影響は非常に大きく、高所得者は低所得者よりも一〇年から一五年長生きすることがわかっている↓

人生はアンフェアだ───人生の長さである寿命まで含めてそうだ(中略)社会的ヒエラルキーの序列が高い者ほど、より長く、より健康な一生を送る。アメリカでは、最富裕層の男性は、最貧困層の男性に比べて、平均で十五年ほど寿命が長(中略)本書の目標は、遺伝学風のスタイルに姿を変えた科学的レイシズムは、経験的には間違いであり、道徳的には偏狭であることを明らかにすることだ(中略)優生学の目標は、「より目的に適う種族または血統が、そうではないものよりもすばやく増殖するようにすること」だった(中略)優生学のイデオロギーは、人間の優劣にもとづくヒエラルキーが存在(中略)そのヒエラルキーに由来する社会的、政治的、経済的な不平等は───優れた者はより多くを得、劣った者はより少なく得るのは───不可避であり、自然であり、正統であり、必要だというのが、優生学の思想(中略)(※チャールズ・ダーウィンの従兄で、「優生学」という言葉を造った人物)フランシス・ゴルトン以来、優生学推進派の思想家たちは、間違った情報のキャンペーンを着実に推し進め、新たな社会を思い描いても無駄だと人々に信じさせることに成功してきた(※ゴルトンが目指したのは、イギリスの階級構造は、生物学的に受け継がれた「卓越性」によって生じたと論証することだった)(中略)ゴルトンは、DNAの何たるかを知らなかった。なにしろDNAはまだ発見されていなかったのだから(中略)遺伝的差異と社会的不平等との関係についての人々の理解は、ゴルトンの最初の定式化からほとんど変わっていない(中略)遺伝(※へレディティ)の研究には、この分野が科学として発展しはじめたごく初期から、レイシズム的な行動を正当化するレイシズム的な概念が織り込まれてきたし、遺伝学を利用しようとするレイシストたちの情熱は、二十一世紀に入って久しい今日も続いている(中略)下層階級の人たちが、ここまで道徳的に無防備なまま放置されたことは、いまだかつてない(中略)不平等を生み出している制度的な力に気づくことができなければ、その力が中立性と受動性の仮面をかぶり続けることを許してしまうことになるのだ(中略)不平等を作り出す制度的な力としての遺伝くじに気づくことができなければ、優生学的遺伝学の思うツボだ───遺伝に関連する不平等が批判的検討を免れて、「自然」なことであるかのように生き延びるのを許してしまうのだ。※引用者加筆.

『ガタカ』流に、子どもたちに遺伝的「不適合者」のレッテルを貼るためにポリジェニックスコア(※農業で言う「推定育種価・EBV」の人間バージョン)を使おうと言い出した者はまだいないが、著名な行動遺伝学者の中には、教育と職業の選抜にポリジェニックスコアを使おうと提案した人たちはいる。その筆頭が、(※『ブループリント』著書の)心理学者で行動遺伝学者のロバート・プロミンだ(中略)ポリジェニックスコアは高いけれども親の社会・経済的地位がもっとも低い階層に属する子どもたちは、ポリジェニックスコアは低いけれども親が裕福な子どもたちよりも、大人になってからの暮らし向きは平均として良くない(中略)貧しい家庭に生まれれば、遺伝的には有利ではないが富裕な家庭に生まれた子どもたちと比べて、成人後の社会経済的な地位は低いままなのだ(中略)大切なことなのでもう一度言うが、まともな学者の中に、不平等が百パーセント「遺伝」のために生じていると考えている者はいない(中略)残念ながら、教育、心理学、社会学の各分野で仕事をしている科学者たちは、この問題に取り組むどころか、自分たちには関係のない問題だと言うことにして片づけてしまうことが多い(中略)社会科学の多くの領域には、今なお一種の認識論的「暗黙の共謀」がある(中略)自分ではその問題を取り上げず、他の研究者の仕事を評価する場合にも、その点には目をつぶるのだ(中略)人々のあいだの遺伝的差異は、社会学者たちが理解して変化させようとしている環境的差異と絡み合っている。しかしその考えを人前で口にすると、敵意を向けられることがある(中略)あなたの自由意志が働ける領域を決めているのは、あなたの遺伝型でもなければ環境でもなく、あなたというひとりの人間の表現型空間である(中略)あなたがどんな人間になるかを選択するとき、哲学者ダニエル・デネットが言うところの「自由の余地」がどれだけあるかを教えている(中略)道具箱の中にある道具はすべて使ってやろうという心構えが必要 ※引用者加筆.

新(ネオ)無神論者は「明るい者(ブライト)」を自称している〔ヒッチンス、ドーキンスと、あとに出てくるサム・ハリス、ダニエル・デネットの四人は、ネオ無神論者の4騎士とも呼ばれる〕↓

もの静かな修道士メンデルは、表舞台に出ない運命にあったようだ。一八六五年、四〇人の農場主と植物育種家が参加するブリュン自然科学会の例会で、彼はその発見について二回にわたって講演を行なった。その講演の内容を仰々しくまとめた論文は、翌年、同自然科学会の紀要に掲載された。以来、その論文が引用されることはほとんどなかったが、一九〇〇年に、同様の実験を行なった科学者によって発見された。メンデルと後継の科学者の発見から、遺伝の単位という概念が生まれ、一九〇九年、ウィルヘルム・ヨハンセンというデンマークの植物学者がそれを「遺伝子」と名づけた(中略)酵母は、外部のDNA断片を自分のDNAに取り込むのがうまい(中略)彼女(※クリスパーと呼ばれるゲノム編集技術を発明したジェニファー・ダウドナ)は酵母のゲノムを編集するツールを作った ※引用者加筆.

ハーバードの哲学者マイケル・サンデルが述べた通り、「(DNA研究のパイオニアジェームズ・)ワトソンの言葉には、古い優生学の気配が少なからず漂っている」。コールド・スプリング・ハーバーがかつて優生学研究を牽引したことを思うと、それはその研究所から漂ってくるとりわけ不快な気配だった(中略)一九八六年以来、コールド・スプリング・ハーバー研究所では、ワトソンが立ち上げたヒトゲノムに関する会議が毎年開かれてきたが、二〇一五年秋から新たにクリスパー・ゲノム編集に焦点を当てた会議が開かれることになった(中略)出席者の中には、それを歴史的瞬間だと感じた人もいたようだ、スタンフォードの生物学者、デヴィッド・キングスレーは、ワトソンとダウドナが話しているところを写真に収めた。しかし、四年後の二〇一九年の会議をわたしが訪れた時、最前列にワトソンの姿はなかった。会議から追放され、肖像画(※ルイス・ミラー作)も撤去されていた。現在、彼は国外追放の身となり、妻のベスとともにコールド・スプリング・ハーバーの北端にあるバリバングと呼ばれるパラディオ様式の邸宅で、優雅だが孤独に苛まれる日々を送っている(※ワトソンはアフリカ人が遺伝的に劣っているとほのめかし、そのことについて挽回の機会を与えられるも挽回、前言撤回しなかった為。しかし統合失調症で40代後半のワトソンの息子はこう弁明する「父の発言は、父が偏屈で差別的だという印象を与えるが、それはただ、父が遺伝的運命をかなり狭く解釈していることの表れにすぎない」と)(中略)マイケル・サンデルも参加した生命倫理科学(中略)この(※生命倫理評議会の)報告書の著者たちは安全面より主に哲学的な問題に焦点を絞り、幸福の追求とはどういうことか、天武の才を大切にするとはどういうことか、与えられた人生を生きるとはどういうことか、といったことについて論じた(中略)「わたしたちは優れた子どもを望んでいるが、それは出産を製造に変えたり、他の子どもより優秀になるよう脳を改造したりすることによってではない。わたしたちは人生において優れた成果をあげたいと思っているが、それは自分を化学者の製造物や非人間的な方法で勝利や成功を収める道具に変えることによってではない」。大勢の信徒がアーメン(「その通りです」)とうなずく後方で、数人が「わたしはそうは思わない」とつぶやく様子が目に浮かぶようだ。※引用者加筆.

遺伝子スクリーニングと選別の可能性は、イーサン・ホークとユマ・サーマンが主演した一九九七年の映画『ガタカ』(Gattaca)(このタイトルはDNAの四つの塩基を表す文字A、T、G、Cでできている)によって人々の想像力をかきたてた。その映画は、最高の遺伝体質を持つ子どもを産むために、遺伝子選択が一般的に行われるようになった未来を描いている(中略)ホークが演じた主人公は、着床前遺伝子操作の恩恵あるいは重荷を受けることなく宿され、宇宙飛行士になるという夢を叶えるために遺伝に関する差別と戦わなくてはならない(中略)まるで『ガタカ』のワンシーンのようだが、二〇一九年には現実に、着床前診断を利用して赤ちゃんを設計するサービスが、ニュージャージー州のスタートアップ、ゲノミック・プレディクションによって開始された(中略)一〇年以内にIQの予測が可能となり、両親はとても賢い子どもを選べるようになる、とその創設者は言う(中略)オリンピックで金メダルを獲得したスキー選手、イーロ・マンチランタで発見された珍しい遺伝子も、身体能力を強化する。マンチランタは当初ドーピングを疑われたが、調べたところ、赤血球の数を二五パーセント以上増やす遺伝子を持っていることがわかった。そのせいで持久力と酸素利用能力が自然に高くなったのだ(中略)記憶力は、精神的機能の中で最初に工学的に改善できる可能性があり、幸い、IQに比べて、それほど異論の多いテーマではない。マウスではすでに、神経細胞のNMDA受容体の遺伝子を強化するなどして、記憶力の向上が計られてきた。人間の場合、それらの遺伝子を強化すると、高齢者の記憶障害を防ぐだけでなく、若い人の記憶力を高めることが期待できる。おそらく認知スキルが向上すれば、わたしたちはテクノロジーをより賢く使いこなせるようになるだろう。しかし「賢く」というのはどういう意味だろう。ヒトの知性に組み込まれているあらゆる複雑な要素の中で、賢さは最もとらえどころのないものだろう(中略)自ら発明したゲノム編集技術をどう使うかを熟考しなくてはならない。賢さを伴わない発明は危険だ(中略)新種の(※バイオ)ハッカーは、反逆的な研究者と陽気なマニアからなり、市民科学[アマチュアの科学者が行う研究]を通して生物学を民主化し、一般市民が活用できるようにしたいと考えている。従来の研究者は特許取得に熱心だが、バイオハッカーが目指すのは、バイオ研究のフロンティアを、特許使用料や規制や制限から解放することだ。そういう点は、サイバーフロンティアを開拓するデジタルハッカーによく似ている。バイオハッカーの多くは、(※ジョサイア・)ザイナーのように元は大学や企業で研究していた優秀な科学者で、その立場を捨ててDIYメーカームーブメントのドラマにおいて、ザイナーはシェイクスピアの『真夏の夜の夢』に登場する妖精パックさながらに、愚かな道化を演じながら、実は真実を語る。高尚さを気取る科学者たちを茶化し、人間の愚かさを指摘することでわたしたちを前進させるのだ。※引用者加筆.

(※クリスパーと呼ばれるゲノム編集技術を発明したジェニファー・)ダウドナが最も心配するのは、リスクや適切さについての議論がなされないうちにヒトの生殖細胞が改変されることだ。精子や卵子、受精卵の遺伝子を書き換えることは、まだ生まれていない子供や、その次の世代にまで影響を及ぼすことを意味する。未来の人間のDNAを永久的に書き換える準備が、私たちにできているのだろうか。それは一歩間違えれば、『ガタカ』で描かれたような、より「優れた」人間を作るための操作、さらにはナチスドイツが信奉し、ユダヤ人や同性愛者・精神疾患患者・身体障害者らのホロコーストを引き起こした優生学の復活につながりかねない(中略)映画『ガタカ』は、ヒトの遺伝子操作が当たり前になった近未来を舞台に、人間の自由意志の強さを描く美しい映画だ。序盤にこんなシーンがある(中略)自然妊娠によって生まれた主人公は、生後すぐに、三十代前半で心臓病によって死ぬ運命にあると宣告される。両親は次の子を「普通のやり方」で得ようと決める。体外受精ののち、確実に健康に育つ受精卵を選別して子宮に戻す方法だ。主な遺伝病の可能性がなく、目や髪の色もあらかじめ指定した通りの幾つかの受精卵が候補になる。遺伝学者は、両親に性別を選ばせると、さりげなく付け加える。「勝手ながら、早期脱毛、近視、アルコール中毒、中毒に対する脆弱性、暴力や肥満などの傾向など、潜在的に有害な条件も取り除きました」。遺伝子操作で生まれながらに優れた知力・体力が約束された「適正者」とそうでない者が区別され、「不適正者」には職業を選ぶ権利すらない──。『ガタカ』の世界は、公開当時はまさしくフィクションだったが、二十年後の今、そうとも言い切れなくなっている。※引用者加筆. 

ヴィンセントという名前はラテン語の 'vincere' を語源としており、 '征服' あるいは '克服' を意味している(中略)名づけたのは、ヴィンセントに短命の確率を克服して欲しいという親心からしたことだ。



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