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「金についての本を書いた者で、こんなに金のない者は、いままでいなかったと思う」

好きな映画など簡単に思い出すことができる場合)でも、学習は自動的になされるわけではない。特定の描写、場面、瞬間をよく覚えているのは、それらに興味を引かれたからである。これらの場合には、深くて入念な符号化が自然に起こっているのだ。また、繰り返し練習(リハーサル)も自然になされる。つまり、心の中でその出来事を何回も繰り返して思い出しているのだ。

ガリレオはイタリアの貴族の依頼を受けて、サイコロの組み合わせのなかには出やすいものと出にくいものがある理由を調べた(中略)パスカルはこのサイコロ問題に取り組むために、裕福な弁護士でやはり数学者でもあるピエール・フェルマーの助力を仰いだ。二人は力を合わせ、カルダーノがすでに行なっていたランダム性の研究に基づいて確率の基本法則を徐々に突き止めていった(中略)数学者のリチャード・エプスタインが言うように、「ギャンブラーには確率論の生みの親を名乗る権利がある」わけだ(中略)ある企業を徹底的に調べ上げるやり方は、「ファンダメンタル分析」として知られており、一方、他の人々がその企業をどう見ているのかを時間をかけて観察する方法は、「テクニカル分析」と呼ばれる(中略)ブラックジャックと競馬に賭けて財を成したビル・ベンターは、この大転換の功労者が誰であるかに微塵の疑いも持っていない。彼はこう語っている。「世慣れたラスヴェガスのギャンブラーが攻略法を思いついたわけでは断じてありません。学問的知識と新しいテクニックを身につけた、外の世界の人間が乗り込んできて、それまで暗闇だった所に光を当てたときに、初めて成功がもたらされたんです」

マルクスは一度も定職につかなかった。「私はどんなときも、自分の目的を追求しなければならない。ブルジョワ社会によって、金もうけのための機械に変えられてしまってはならない」一八五九年、マルクスはそう書いている(じつはこのあと鉄道員の仕事に応募するのだが、採用されなかった。理由は字が汚くて読めなかったからだ)。定職につくかわりに、マルクスは友人や共同執筆者のフリードリヒ・エンゲルスから定期的に金を送ってもらっていた。エンゲルスはその金を父親の織物会社の金庫からくすねていたが、マルクスは金銭管理能力がなく、せっかくの金をすぐに無駄使いしてしまった。「金についての本を書いた者で、こんなに金のない者は、いままでいなかったと思う」と本人も書いている(中略)結局マルクスは二十年間苦しみながら、やっと『資本論』の第一巻を完成させ、残りの二巻を完成させる前に死んでしまう。

作家のスティーブン・キングはいみじくもこう言っている。「金はあるに越したことはない。でも何かを創り出すためには金のことをあまり考えないのが一番だ。金は創造的プロセスを停滞させてしまう」

ニュートンは、とっさに計算した紙や学校の古いノートなど、書いたものをほぼすべて保管しており、それを調べて行けば、ニュートンの科学的思考の発展をかつてないところまで理解できる。ニュートンの科学文書のほとんどは最終的に、研究活動の本拠地だったケンブリッジ大学に寄贈された。しかし、計数百万語に及ぶ残りの文書はサザビーズでオークションにかけられ、錬金術に関する文書の大部分は、入札した経済学者のジョン・メイナード・ケインズに買い取られた


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