【ぶんぶくちゃいな】愛国主義たたき売り時代?

先週は毎日流れてくる中国国内の話題ニュースを眺めていて、ちょっとした傾向に気がついた。基本どれもそれぞれに論点があって、それぞれの問題点があるのだが、さらさらっと眺めていて時代の変化というか、中国に起こっている閉塞感みたいなものを感じた週だった。

まず、若いネット世代の間で大騒ぎになったのが、大人気おちゃらけ動画「暴走漫画」の作品シリーズの全面配信停止。

「暴走漫画」というのは、もともとアメリカのネットに投稿された、素人の落書きのような線描き図柄の漫画スタイルの総称で、まず台湾や香港で知られていたところ、中国で「王尼瑪」(ワン・ニーマー)さんという漫画家が現れて人気を集め、それを企業名にした。ネタはどれも生活の細々した話題を笑いにしたり、風刺したもので、単純な絵柄なのに同感を呼び、爆発的にファンを増やした結果、SNSの公式アカントを始め、ニュースキュレーションサイト「今日頭条」にも専用チャンネルが設けられるまでになった。

騒ぎを引き起こしたのは、「暴走漫画」制作のスタンダップお笑い動画シリーズ「暴走大事件」が5月8日に発表した最新作。「暴走大事件」は漫画ではなく、王尼瑪さんがトレードマークになったマスクをかぶって(こんな感じ。このマスクのおかげで彼の素顔を誰も知らず、また「王尼瑪」は複数が演じているとも言われている。)登場し、風刺やトークを展開するのだが、2013年に配信を始めて以来、爆発的な人気を博し、2014年には視聴回数は3億にも達した。

今回の作品はもともと、学校教科書に巧妙に企業名や商品名が書き込まれ、子どもたちの潜在意識にその存在を植え付けていることをテーマにしたものだった。そこで、中国人なら誰もが知っている唐代の詩人、杜牧の詩、そして中国建国前の国共内戦時代に生命を落として「建国の英雄」と祭り上げられている董存瑞、葉挺という兵士の故事に商品名を混ぜて読み上げ、笑いを誘おうとする構成だった。

これが「地雷」に触れた。「英雄をおちょくっている」と批判が出たのだ。

タイミングも悪かった。先月末、最高議決機関の全国人民代表会議常務委員会で「英雄烈士保護法」が可決され、にぎにぎしく5月1日に施行されたばかり。その中には「英雄烈士の事跡や精神を歪曲、けなし、冒涜、否定してはならない」とする一文があり、「暴走大事件」がこれに該当するとされた。

ネットで騒がれた結果、問題の動画作品は公開サイトから削除されたが、17日にはSNS「微博 Weibo」(以下、ウェイボ)は300万人ものフォロワーがついていた「暴走漫画」のアカウント閉鎖を宣言。また、「暴走漫画」のその他作品シリーズを配信していた複数の動画サイトも次々と全ての作品を削除してしまい、現時点では「暴走漫画」作品をネット上で見ることができなくなる(海外サイトに違法にコピペされたものを除く)ほどの深刻な事態になっている。

わたしが動画の一部を画像にして切り貼りにしたのを見たサイトでは、問題の董存瑞と葉挺に関する以外の部分も抽出していたが、特にこの二人を貶めるものではなく、また杜牧の詩も同じように改編されていたが、国営通信社の新華社の記事でも「伝統文化」杜牧の詩は問題にされていない。

災難は重なった。この騒ぎの真っ最中の13日、「暴走漫画」が製作中だった新作映画の世界的配信権を米国ストリーミング動画サイト「Netflix」が3000万米ドルで買い取ったというニュースが発表された。だがこの調子では、中国では今年夏の公開が決まっていたこの新作も予定通りに配給されるのは難しいだろう。

現政治指導者ならともかく、過去の、それも指導者というよりもただの著名人ですら、「愛国」「民族」のガラスケースの中にしまわれ、庶民は眺めることだけしかできなくなってしまった。

成語熟語古語などの伝統文化の使いこなしを知的文化として重んじる中国で、これからの中国文化人はいかにして文化を構築、再生産するのだろう?

●そして火の粉は南京大虐殺に…?

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