《「残業100時間で過労死は情けない」 教授の処分検討》(朝日新聞)

「残業100時間で過労死は情けない」 教授の処分検討(朝日新聞)

この記事を読んで何とも言えない気分になりました。

長谷川秀夫さんのコメントはご個人の過去の経験を語ったものかもしれませんが、今の時代、特にその時のトピックで取り上げる話ではなかったと思います。その点は、その後長谷川さんが出した反省のコメントでも書かれており、それをどう受け入れるかどうかは人それぞれでしょう。

ただ、この長谷川さんは非常に真面目な方らしく、炎上騒ぎのあともこの記事では「ニュースサイト」とだけ書かれている「ニューズピックス」(以下、NP)での記事ピックを続けておられます。さらにNP上に上げられた、ハフィントンポストの炎上騒ぎを伝える記事に残したわたしのコメントに対してLikeをつけてくださっています。

少なくともこれまでのように、ネットで炎上したがためにすぐにアカウントを消してトンヅラした人たちとは一線を画している方だということは明らかです。わたしはそこに、長谷川さんがどういう過去を持つにせよ、学者として社会に知識を還元し続けるという社会的責任感をきちんと持った方なのだと感じています。

長谷川さんはNPで「プロピッカー」としてコメントをしておられました。NPでは利用者のうち、他社記事をNPサイトにピックアップしたり、そこにある記事にコメントを残したりする利用者を「ピッカー」と呼んでいます。もともとNPは、巷に流れるニュースに対して知見を持つ市井の人たちが自身の知識を使ってコメントをつけることで、ニュースそれ自体に加えて情報の価値をアップさせることを目的としてできたニュースサイトでした。

プロピッカーというのは、それに加えて特に専門性の高い知見を持った人を運営側が正式に招聘してコメントしてもらい、あやふやな情報が独り歩きするのを避けることを目的とした制度です。プロピッカーのコメントは一般のピッカーと同じようにコメント欄に流れますが、名前の横に「PRO」の文字が入り、またコメントスクロール画面の上方に掲載される傾向が高いのが特徴。つまり、明らかにNP運営側は一般ピッカーとは「別待遇」のピッカーとして取り扱ってきました。

とはいうものの、「PRO」の冠をつけたプロピッカーが自分の専門とは関係のない分野で適当な/勘違いありありのコメントをしていることもよくあり、古参のピッカーさんたちの間では不評があったのも事実です。

しかし、この長谷川さんの場合、ご自身の専門であるビジネスニュースに対してのコメントですから、不謹慎のそしりは免れないでしょう。さらに炎上して世間に広く知られたこともあって、所属の大学が同教授を「今の時代の観点にふさわしくない論をはっているのではないか」と考えるのもわかります。実のところ、世の中にはほかにも今の時勢にふさわしくない古臭い論を振り回している学者は大変多いのですが、幸か不幸か炎上するにまで至っていないがために、クビがつながっている学者はたくさんいます。それから考えると、この「再考」はまっとうだと思います(その結果、どういう処分が出るかはまだわかりませんが)。

ですが、これほどまでの騒ぎになったのに、当事者のNPの対応が見えてきません。

まず、このコメントをキャプチャ付きでブログ化して論じたのは、リクルート社員のピッカーさんでした。「働く人」を応援する立場のリクルートの人間としてこの発言に不満を覚えたのは当然でしょうし、結果的にこのブログがきっかけになって、NPに書き込まれたコメントが外で議論されることになりました。

でも、結局古参ピッカーの一人であるこの方も、それが「炎上」という形に発展したことに驚き、また長谷川さん個人を叩くつもりはなかったとして、NP運営関係者からの要請を受けたこともあって同ブログエントリを削除。

さらにもともと長谷川さんがコメントした記事は、その他のピッカーさんが残したコメントごと、すでにNPからガッツリ削除されています。

つまり、社会に残されたこの話題はここから「出処となるコメント」がすべて消えた状態で独り歩きし、さらなる「発展」を見せていることになります。もちろん、当該ブログからさらにキャプチャされて外のブログやまとめサイトに残っていますが、すでにさまざまなコメントや方針という「手垢」がついてしまっており、原生ではありません。

そして、所属大学による長谷川さんへの処分の検討報道。月わずか2−3万円といわれるアルバイトのおかげで本職を失うなんて最悪の事態ですが、そのアルバイトを依頼したNPはさて、何を考えているのか。

現時点でNPは、ピッカーたちに対しても、そして社会に対してもなんの発表もしていません。自分たちが「プロ」として招き入れ、喧伝した人物に対して、そしてそうやってプロモートされた発言を読まされていた利用者に対しても、一言も対応していないのです。これが「メディア」の態度なのでしょうか。

もちろん、水面下では長谷川さん及び大学側と接触している可能性はあります。リクルート社員さんにブログエントリを取り下げさせたときのように。ですが、NPが推薦する人物のコメントとして公開の場に出現し、人々の目に触れたわけですから、推薦した側としてもその立場を公開の場で説明する責任はNPにもあるのではないでしょうか。

その責任をきちんと果たしているところを見せないのは、1つのサービスとして利用者に対し、また情報を提供するプロピッカーとなった人たちに対し、またメディアの顔をして情報を提供してきた社会に対しての責任放棄だと思います。

さらにもし、これが噂されているような、ブログエントリ主との「メシ食って手打ち」のような手法で終わらせようとしているのであれば、先にNPが担ぎ出して有頂天になっていた「東京のガン」の陰のやり口とどう違いがあるのか。

今週金曜日にはNPの親会社の「ユーザベース」が上場する予定です。もし、その上場に「キズをつけない」ためにNPがだんまりを続けているとしたら、そんなメディアを傘下に持つユーザベースの上場を手放しで喜んでいるわけにはいかないのではないでしょうか。

個人的には、くだんのリクルート社員さんと長谷川さんの対談記事を作って、労働事情について語らせればいい。そこで両者の時代の違いと、その観念の違いをはっきりさせればいいだけなのですが、猪瀬さんコメントに飛びついて大騒ぎした編集部(参考:「NPの猪瀬さん暴露記事に関する私見」)としては、あまりにも尻窄みでつまんない状況になってしまいました。

「メディアとしての覚悟」や「社会責任感」がないメディアが、個人を利用して社会的発言力を持つことに危惧を覚えます。

#私的NC

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