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【ぶんぶくちゃいな】ポッドキャスト「不明白播客」:彼らはなぜ李克強を悼むのか?

10月27日早朝、李克強・前国務院総理の訃報が流れた。最初それを聞いたとき、誰もが耳を疑ったことだろう。何しろ、今年3月に10年の総理の職務を終え、引退したばかりだったからだ。また、亡くなるつい1カ月ほど前に敦煌に姿を表し、それも一部で話題になっていたからだ。

もう一つ、人々を驚かせたのは、その情報の公開の速さだ。報道されている情報によると、李は26日に心臓発作を起こして病院に担ぎ込まれ、27日未明に亡くなったという。

中国では国家指導者の死は一般にすぐには発表されず、周囲や医療関係者、あるいは中南海(中国指導者らが暮らす地域)の動きから漏れ伝わり、夜7時の全国ニュース放送で発表されるというのがお決まりだからだ。だから、それまでにちょっとでも高官死亡の情報、あるいは噂の片鱗を掴んだ海外メディアがすっぱ抜きを狙ってさまざまな取材を繰り返すのが常となっている。

だが、李克強の死は夜が明けた、現地時間の朝8時頃には新華社によって明らかにされた。もちろん、多くのメディアは想像もしておらず、寝耳に水だったに違いない。というのも、まだ68歳。周期的に高額な健康診断を受けているはずの身にいったいなにが起こったのか?

そのニュースを受けて、日本でもあっちこっちのウェブサイトにその影響を予測するコラムが出現した。市民が李の安徽省の旧居に集まっているというニュースをもとに、「天安門事件の再来」をちらつかせるもの、そして経済政策担当だった李の死によって中国の経済政策が不安定になるといった、いわゆる「目玉を引き寄せる」論調の記事がたくさん出現した。

筆者も編集者の依頼で1本書いたが、すでに李が引退して半年あまりが過ぎ、「天安門事件」も「経済不安定」も起こらないという初見で、「ドラマ」を期待する筋には肩透かしな内容となっている。

だが、筆者もSNSのタイムラインには李を追悼する言葉や写真がズラリ並んでいるのを目にしたし、多くの人たちが李の旧居に追悼に駆けつけたというニュースを知っている。そんな庶民の思いを無視するつもりはない。だが、それを一足飛びに「天安門事件」などと、読む側にとってわかりやすい言葉で煽り立てるのはいかがなものか(書き手さんにとっては、「わかりやすさ」でアクセスしてもらえれば収入につながり、「それでよし」なんだろうが)。

きちんとSNSに流れる声を読めば、そんな単純なものではなく、実際には人々は複雑な思いを抱えて、李克強を悼んでいることがよく分かる。そんな声を、「ニューヨーク・タイムズ」の中国人記者、袁莉さんが自身のポッドキャスト「不明白播客」で取り上げ、紹介していた。この、中国庶民の生の声を知ることができる非常に貴重なエピソードの翻訳公開を、また袁さんにご相談し、快諾を得たのでここに公開する。

袁さんについては、すでにこれまで何度かご紹介してきたのでここではもう再掲しない。今回はこれまでご紹介した同ポッドキャストの内容とはちょっと違い、中国国内在住の一般リスナーを袁さんがインタビューする形で紹介している。

なお、文中の[]は筆者が、日本人読者が読みやすいように補足したり、注釈をつけた部分である。


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