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【ぶんぶくちゃいな】英語化されていない作品が受賞も? 成都主催「SF界のノーベル賞」ヒューゴー賞を巡る大スキャンダル

これを書いている日の朝、ツイッター(現・X)を開いたら、タイムラインが『三体』祭りになっていた。とうとう文庫化されたんですね。版元の宣伝ツイートと、「すでに買った」というツイートがたくさんリツイートされてきて、その人気ぶりを再確認させられた。

わたしは、日本語化されるずっと前から『三体』の作者、劉慈欣(りゅう・じきん)氏の名前は耳にしていた。最初は2010年ごろだった。当時よく会っていた中国人ジャーナリストが何度もその名前を口にしてべた褒めするのを聞かされた。だが、わたしはというと、長らく小説を、それこそ日本のそれすらも読まない生活を続けていたので、中国の小説にはまったく食指が動かなかった。

中国小説はわたしにとって、伝統的にどことなーく現実社会の影を引きずった重いものが多く、毎日チェックしているニュースですら重いのに、小説を手にとってさらに読もうという気にならなかった。その後、経済的な豊かさを背景に、そんな重苦しい生活とは縁を切って新しい都市生活を楽しむ主人公たちの姿を描いた小説が登場し、わっと話題になった。やはり中国人たちも数十年間続いてきた重苦しい小説に疲れていたのではないだろうか。だが、そんな小説ブームは長く続かなかった気がする。

もちろん、先のジャーナリストの友人がそうであったように、『三体』はすでにファンたちに知られる存在だった。でもそれはまだ「一部のファン」の間でのこと。ただ、じわじわと読まれ続けていたのは確かで、それが2015年にアメリカで中国出身のSF作家、ケン・リュウによって英訳出版された。そして同年の「SF界のノーベル賞」ともいわれる「ヒューゴー賞」で最優秀長編小説作品賞を獲ったのをきっかけに読んだ、という中国人も少なくない。中国の文学界ではちょうどその頃、SF、ミステリ小説ブームが起きていた。

まぁ、そんな中国の小説メインストリームにおける代表作はすでに日本でも紹介されているので、読んだことがある人もいるだろう。実はわたしは、日本語訳の『三体』を読み始めたとき、一番最初に出てくる文化大革命の話に「うっぷ」となり、「ブルータス、お前もか」とそれを閉じてしまった。改めて読んだのはその後しばらくしてから、周りが騒ぎ始めてからのことだった。

そういう意味で『三体』はやっぱり「中国の特色ある」SFであり、それを超えてこれほど多くの国々の人たちを魅了するに至ったのはすごいことだ。かつて我われが西洋の小説を読んだときにやったように、「小説に出てきた背景」に惹かれて、それを調べたり、それに関する本を読んだりして彼の国への理解を深める――それを現代中国を舞台に、実現させてしまったのだから。

その『三体』は昨年、中国でもアニメと実写版ドラマが放送され、若者から中年世代の間で大きな話題となった。さらには、米Netflixでも長らく「製作中」といわれ続けていたドラマがやっと完成、日本でもこの3月から配信される予定だという。そこに文庫化が重なり(重ねた?)、この春、日本で再び『三体』ブームが巻き起こるのだろうか?

だが、そんな『三体』祭りの裏で、その世界的進出のきっかけになったヒューゴー賞が昨年末から大揺れしている。この件については近く、簡単な事態の紹介記事が公開される予定だが、ここではもっと踏み込んで、事態を詳しく紐解いてみたい。


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