【ぶんぶくちゃいな】「軟階層社会」ダウングレードする中産階級消費とその不安

8月に入った途端、中国の主要メディアに「家賃暴騰」というテーマの記事が並び始めた。なにがきっかけで一挙にその話題が注目され始めたのだろうかと、いくつかの記事に目を通したが、どの記事もそのきっかけには特に触れていない。例えば政府や業界の最新レポートが発表されたなどが特に引用されているわけでもなかった。

ふぅむ、と考えて、気がついた。

中国で新学期や学校を卒業して就職した人たちが移動し、新しい生活に望むのが8月である。欧米と同じように9月に新学期を迎えるし、学校を卒業した人たちも8月には新しい職場に入る。つまり、賃貸住宅の需要が最も高まるのがこの時期なのである。また、この時期に合わせて新しい家に引っ越す人もこの時期に大量に出現する。

そこで人びとは気がついたのだ、家賃がすこぶる値上がりしている!ということに。

大手仲介業者「鏈家地産 Homelink」(以下、ホームリンク)傘下のマーケティングラボによると、2018年7月における北京、上海、深センのトップ3都市の不動産賃料は前月に比べてそれぞれ2.4%、2.1%、3.1%と上昇した。また、二番手の都市のうち江蘇省南京市、山東省済南市でもそれぞれなんと前月比3.7%、2.4%の値上がりを見せている。また別のマーケティング会社の統計データによると、一部人気都市の人気地区では昨年同期の賃料に比べてなんと20%近くも値上がりしたそうである。

特殊な地域を除いて、基本的に賃貸料が安定している日本からは想像もできないが、このような相場の値上がりは、引っ越す予定もなかった人たちにも大きな影響をもたらす。

というのも、大家が「オレは儲けるために部屋を貸してるんだ」とばかり、「相場」を理由にぴゅーんと賃料アップを要求してくるからだ。だが、20%もの賃料値上げはさすがに店子も受け入れないだろう、と思えば、大家は奥の手を使う。

それは、「出て行ってくれないか。家族で戻ってきてこの家に住むことにしたんだ」と、店子に引導を渡すのである。

「え? 郊外の新築マンションで暮らしているって言ってませんでした?」などと疑問をぶつけても無駄。「新しい家は売ることにしたんだ。市況がいいからね」とか「子供が市内に進学するのに便利なように」などと、大家はきちんと言い訳も準備している。店子だって「自分の所有する家に自分たちが住む」と大家が言うのを無理やり拒絶するわけにいかない。結局のところ、出ていかざるを得ず、新しい部屋探しに参入することになる。

だが、そうやって泣く泣く部屋を明け渡しても、実際に本当に大家一家が住むケースかは稀だ。店子を追い出した後、大家はその部屋を再び賃貸物件として市場に送り込み、新しい借り手を見つけるのだ、新賃貸料を大幅に引き上げて。

最初は不動産仲介業者を通じて契約書を結んだ大家でも、仲介業者は最初の手数料をもらったあとはほぼなにも関知しないのが現実で、金にもならない紛争仲介役なんてつとめてくれない。契約書をタテに大家を「契約不履行」で訴える人もほとんどいない。一つは訴訟という制度が一般庶民にとって遠い世界のものであること、そして訴訟に持ち込むための手続きあれこれを考えたら、いくらはらわたが煮えくり返ろうともさっさと引っ越したほうが後腐れも面倒も、また支出も少なくてすむからだ。

中国の不動産賃貸契約は実質「契約」とは名ばかりで、お互いのこうした太極拳型(ゆっくりと相手と押しつ押されつしながら、どちらもケガをすることなく勝負がつく様子を例えたもの)で収束する。

●賃金の半額を占める「賃貸料」

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