【読んでみました中国本】30年前のあの日は人々にとって何を意味するのか:安田峰俊「八九六四 『天安門事件』は再び起きるか」

「八九六四 『天安門事件』は再び起きるか」安田峰俊(角川書店)

「八九六四」。なんと刺激的なタイトルにしたものだ。

一般の日本人はほとんどぴんとこないだろうが、中国語のネット情報に触れている者なら一目見ただけで説明はいらない。1989年6月4日、あの天安門事件の日を意味している。

改革開放派だったが失脚したまま亡くなった胡耀邦・元中国共産党総書記の死がきっかけになって、政治改革を求めて天安門広場に座り込んだ学生たちが、最終的に軍隊によって鎮圧された事件、それを日本語や英語では「天安門」の名前を絡めて呼ぶが、中国ではその日付を取って「六四」と呼ぶ。

念のために付け加えておくと、嫌中感情まるだしの日本人ネットユーザーが、ネットで中国人と見られるユーザーとトラブルになった時に、「天安門って言ってびびらせてやれ」というアドバイス(?)がどこからともなく出現することがあるが、それを実行しても相手にとってはなんの意味ももたらさない。

「天安門」は今でも地図には堂々と載っているし、地下鉄でもそのまま駅名になっている観光名所であり、怒りに任せて「天安門」を中国人にぶつけても、それはまるで日本人に「富士山」と言うのと同じくらいのことで、ケンカの最中に意味不明の言葉を吐く「アホ」としてさらにバカにされることにもなりかねない。

とはいえ、天安門事件を思い出させる言葉を持ち出したからと言って一般庶民がビビることはほとんどない。彼らにとってそれは「政府に向けて口にしてはならないこと」でしかないからだ。

もちろん、「六四」という数字を目にしたとき、ある年齢層以上の中国人ならふっと思考がとまることはあるだろう。ただしその2桁だけでは数字が偶然重なっただけかもしれないが、「八九六四」と並べばほぼ意図的だと思われるはずだ。

そういえば、つい最近、香港のある集合住宅で入口ドアのパスワードが「8964」だったことに気がついた管理会社が、それを変更することを住民に通知している写真がネットに流れていた。見るところ、意図的ではなく一定期間ごとにランダムに変更していたら偶然そうなってしまい、後で気づいて慌てたようだが、香港では「考え過ぎでは?」「忖度しすぎ」のコメントもついていた。

「考え過ぎ」かぁ。

さて、この「八九六四」では何が語られているのか。

●「若者たち」の天安門のその後

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